358.王太后の茶会
6月29日で、『魔術師の杖』は連載開始2周年を迎えました!
まさか書籍になり4巻まで刊行できるとは……当時は想像もしていませんでした。
本当にありがとうございます!
でかける前にレオポルドが指摘した。
「最初は仮面をつけていたほうがいい、おひろめするメレッタ嬢と背格好が変わらないから貴婦人たちが混乱する」
「それもそうだね、ソラ、仮面もってきて」
わたしは彼にいわれた通り、グレンの白い仮面をつけた。
茶会の会場は王城の奥宮で王太后の私的な集まりに、孫であるカディアンが婚約者を連れて顔をだした……という体をとるらしい。
カディアンにエスコートされたメレッタが緊張したように背筋をのばすと、レオポルドが彼の左腕に置いたわたしの手に右手でトン、とふれてささやく。
「こうして私が合図をしたら仮面をはずせ。そうしたらほほえみを浮かべ会場にいる全員の顔をひとりひとり見ろ」
「わかった、合図をしてくれるのね」
レオポルドはこういった茶会には慣れているし、タイミングは彼にまかせたほうがいいだろう。
「アルバーン公爵夫人にアンガス公爵夫人……それぞれに派閥もある。対抗戦で勝利をおさめた錬金術師団の師団長として、相当注目されていると覚悟しろ」
王城の転移門にみんなそろって移動すると、リメラ王妃付きのホープ補佐官が待ちかまえていた。
「ようこそお越しくださいました。会場にご案内いたします」
奥宮を進み、いぜんリメラ王妃がお茶会を開いていた……と思われる場所にきた。扉が開くとそこはやはり天国の花園か……と思えるような場所だった。
綺麗に飾りつけられた室内にはお菓子の甘い香りだけでなく、香水と思われる花の香りもただよう。
凝ったレースやフリルをあしらった色とりどりのドレスを着た貴婦人たちが、くつろぐようにソファーに座っていた。
中央にいた白髪の女性がわたしたちをみて声をあげた。
「まぁカディアン、待ちかねたわよ!」
カディアンたちの背後に立つわたしたちをみて、貴婦人たちの間にざわめきが走った。
カディアンの婚約者をおひろめする……とは聞いていたものの、レオポルドの登場は予想外だったらしい。カディアンが一歩前にでた。
「こんにちは、お祖母様。ご歓談中のところにお邪魔いたします。私の婚約者、メレッタ・カーター嬢をご紹介させてください」
「メレッタ・カーターと申します。よろしくお願いします」
緊張した顔でメレッタがあいさつをすると、王太后陛下はにっこりと笑った。
「えぇ、メレッタさん……お会いできてうれしいわ。カディアンをよろしくお願いしますね。レオポルドもよくきてくれました」
王太后に目を向けられたレオポルドは、銀髪を編みすっきりしたサイドに魔封じの耳飾りをきらめかせ、よく通る低い声でそれにこたえる。
「王太后陛下、ご無沙汰しております。王都三師団の新しき師団長とそれを支える錬金術師を私からご紹介を。こちらが故ディアレス師団長より後継者として指名されたネリア・ネリス錬金術師団長、そしてメレッタ嬢の父君であられるクオード・カーター副団長です」
「そう……ネリス師団長、カーター副団長、こうしてお会いするのははじめてね、私のお茶会にいらしてくださってうれしいわ。楽に過ごしてくださいな」
「ネリア・ネリスです。よろしくお願いします」
レオポルドからの合図がないので仮面をつけたままあいさつすると、王太后陛下はそれにも笑顔でこたえた。
レオポルドに聞いたとおり、気さくなかただというのは本当のようだ。
そしてアルバーン公爵夫人はというと……殺気をこめた目でわたしをにらみつけていた。うひぃ……。
「公爵夫人、機嫌悪そうだね……」
小さな声でレオポルドにささやくと、彼は涼しい顔でこたえた。
「挑発したからな」
「えっ、何したの?」
「ネリス師団長をエスコートすると報告した。彼女の度肝を抜くのだろう?」
ちょっと!よけいなことしないでもらえませんか⁉
でもアルバーン公爵夫人は……ちょうどいい具合に、首に十カラットはありそうな大きなダイヤモンドをぶらさげている。
わたしたちの紹介が終わるとすぐ、筆頭公爵家夫人であるミラ・アルバーンは扇をひらめかせて口火を切った。
「王大后陛下、このたびはカディアン第二王子殿下と、錬金術師団カーター副団長のご令嬢メレッタ様とのご婚約おめでとう存じます」
「ありがとうアルバーン公爵夫人……」
王太后が穏やかにうなずくと彼女はたたみかけた。
「メレッタ嬢は本当に愛らしいお嬢様ですこと……でも残念ですわ、私どもカーター副団長に『錬金術をみせてくださいな』とお願いしたのですけれど。メレッタ嬢は〝金〟をまとっておられませんのね」
それを聞いた副団長がグッと拳をにぎり前にでる。
「これは異なことを申される……アルバーン公爵夫人、私はメレッタの身をきちんと『錬金術』で飾りましたぞ。〝金〟はたいした価値がございませんからな。メレッタの身を飾るこのダイヤモンドひとつひとつが、私がこの手で創りだしたもの」
ざわりとしたどよめきが貴婦人たちから起こった。
メレッタのカチューシャはいつもの花飾りだが、ブローチとイヤリングは副団長とオドゥが必死に作ったダイヤモンドでできている。
さすがに数はそろえられなかったので首飾りはできなかったけど、公爵夫人を黙らせられればそれでいい。
「ごらんになって……ミラ様の『アルバーンの星』よりも大きいのではなくて?」
「それにあの輝き!」
ひそやかなささやきが貴婦人たちのあいだで交わされ、公爵夫人が血相を変えた。
「な……ダイヤモンドを創ったですって?いくらなんでもそんなことできるわけが……」
「ダイヤモンドだけではございません。ルビーにエメラルド、サファイヤも……ほらこの通り」
カーター副団長が誇らしげに袋をかかげ、トレイを持ってこさせるとそこに中身をひろげる。こぼれ落ちた宝石の輝きに貴婦人たちが息をのんだ。
「トレイを回してどうぞみなさま、ご自分の目で確かめられるといい」
スタッフがトレイを持ってテーブルを回ると、みな石を手にとっては透かしたりして口々にいいあう。
「まぁ……私どもがつけているものと変わりませんわ……」
「ごらんになってこのエメラルド……濁りがまったくないわ!」
青ざめたサリナがそっと自分の首飾りのエメラルドにふれた。公爵夫人は悔しげにいいつのった。
「これが本物だという証拠はございますの?最近質のいい〝クリスタルガラス〟なるものが出回っているとか……」
それを聞いたカーター副団長はニヤリと笑った。
「ほぅ……素人には見分けはつきませんかな?ルビーはこれこのように……」
さっとテーブルに炎の魔法陣を展開し、カーター副団長はそこにルビーをほうりこむ。
メラメラと燃える炎のなかでコロコロと転がったルビーを、長い火ばさみでつまんでまたとりだした。
「燃えませんからな。ガラスのように溶けることもない。ですがダイヤモンドは……メレッタ」
声をかけられたメレッタがブローチとイヤリングをはずし、それを副団長に手渡す。
それを手に持ちカーター副団長がまだ燃えている炎にむきなおると、公爵夫人が目をみひらいた。
「何をなさるの……まさか!」
ためらいもなく炎に投じられたブローチとイヤリングは、炎のなかで黒くすすけ……やがて燃えだした。
「このように燃やせます。アルバーン公爵夫人の首飾りも炎にくべられてはいかがかな?ふはははは!」
こういうとき、カーター副団長の悪人顔は役にたつ。
目の前で家宝にもなりそうな大きさの見事なダイヤモンドが灰になったのだ。
貴婦人たちは言葉を失った。公爵夫人だけが気丈にもカーター副団長に言い返した。
「ふん……それが本物のダイヤモンドだったとして……どうやってそれを創りだしたというのよ!」
「〝結晶錬成〟……錬金術は変容を司る奇跡の技……それは運命すらも変えてみせる」
レオポルドにエスコートされたわたしに、全員の視線が集まった。
茶会なのに茶ぁしばいてないよ……。
2周年ということで色々準備してはいるのですが……平日はバタバタしているので、週末にでもやります。よろしくお願いします。









