357.彼女の身を飾る宝石
よろしくお願いします!
ユーリが昼休憩で師団長室にやってくると、そこにはヴェリガンとヌーメリア、それにアレクしかいない。
「ずいぶん人が少ないですね。副団長やネリアたちは……?」
ヌーメリアが顔をあげた。
「カーター副団長とオドゥは工房にこもってますし、食事もそちらでとると……ソラが運んでますわ。ネリアは特訓だそうです」
「特訓?」
ユーリが首をかしげると、ヌーメリアが説明した。
「王太后が主催される茶会までに、マナーを徹底的にたたきなおすと……塔に呼ばれています」
「えぇ?おばあ様は気さくなかただし、そんなの気にしなくていいのに……」
ユーリはヴェリガンがつくった、ディウフとタラスのジュースをグラスにつぐと椅子にすわった。
「魔術師団長が……『師団長にふさわしい立ち居振る舞いを身につけろ』と」
「あぁそっか……仮面もはずすんじゃ、彼女のまわりもこれから騒がしくなるだろうしね。にしてもレオポルドがマナー講師かぁ……想像するだけで恐ろしいですね」
わたしは塔にある会議室のような部屋で特訓にはげんでいた。
部屋の規模やテーブルの大きさが、王太后陛下の茶会に近いから……ということで選ばれた場所だ。
そしてお茶会だというのにわたしはお茶を一滴も飲めてない!
「茶器は両手で持つな!右手でカップをもち食事は左手を使え。そしてすべてのしぐさは流れるように優雅に!」
「そんなのいっぺんにできないわよ!」
いいかえせばそれにもダメ出しをされる。
「どなるのではなくほほえみを浮かべていえ!」
「そういうレオポルド様こそ、どなるのをやめられたらいかがかしら!」
レオポルドは頭をふるとため息をついて椅子に身をあずけた。
「優雅さと気品……いちばんいいお手本はリメラ王妃だ。茶会のマナーは相手に敬意を払い、不快感をあたえないように身につける。もういちど最初からゆっくりやろう」
「こんなの……お菓子の味もわかんないよ」
マリス女史が用意してくれたお菓子の皿は目の前にあるけれど、それに手をつけるたびにレオポルドの厳しい指摘がとんでくる。
わたしはすっかり食欲をなくしていた。レオポルドは淡々という。
「王太后陛下は気さくなかただ。とくにマナー違反をしてもとがめられはしないが、公爵夫人たちの視線は厳しい。魔術学園に通っているメレッタ嬢とくらべても、きみのほうがなってない」
「う……」
レオポルドは立ちあがると、机のうえに置かれたティーセットにさっと浄化の魔法をかけ、ティーポットを温めはじめた。
「茶会まで日がない……それでも何もしないよりはやったほうがいい。いいか、茶会では主催者……つまり王太后陛下が参加者をもてなす。ほほえみを浮かべるのは『楽しんでいます』という意味だ。どなったり顔をしかめれば、王太后陛下のもてなしが不十分ということになる」
「そんなつもりじゃ……」
「すべての動作に意味がある。一挙手一投足を見守られている……その自覚をもて。たとえ仮面をしていたとしても、きみのすべては見られている。へまをすれば貴婦人たちの餌食にされるぞ」
唇をかみうつむいたわたしを、レオポルドはその黄昏色をした瞳でじっとみつめた。
「貴族の正餐にくらべればそれでもまだましだ。どうする……やめるか?」
「やるよ、メレッタのためだもん」
研究棟に錬金術師を増やしたい……そのためにメレッタは〝婚約〟というカードを切ってまで飛びこんでくれた。
それに王城のはずれにある研究棟……錬金術師たちが地位を獲得していくには、これからのわたしの振る舞いにかかっている。
わたしは立ちあがり、差しだされたレオポルドの手をとった。
冷たい美貌を持つ人なのに、わたしの手をすっぽりと包む手は大きくて温かい。茶会に彼がいてくれるのは、なんだかんだいって心強い。
静かな会議室で彼はささやいた。
「型を覚えるだけだ……覚えたとしてもお前らしさ、伸びやかな自由さは損なわれたりはしない」
「なんですって⁉レオポルドも茶会にでるというの?」
公爵邸の居間で娘のサリナとくつろいでいた、ミラ・アルバーン公爵夫人はあわてた声をだした。
「まぁ……あ、そんな急に。サリナのエスコートはうれしいけれど、カディアン殿下の婚約者をおひろめするのよ?」
なかなか思い通りにならないものの、見た目だけは極上の青年は公爵邸に戻るなり、スタッフに茶会の衣装を用意するよう命じた。
せっかく作らせても袖を通さないままほうっておかれた衣装ならいくらでもある……スタッフたちも色めきたったのがわかった。ミラも内心の興奮を隠しきれない。
「あなたを連れていったらどう思われるかしら……サリナのドレスと色合わせもしないと」
サリナのためには大粒のエメラルドを十個もあしらったネックレスが用意してある。
サリナとレオポルドが並べば、まだ学生の二人など霞んでしまうだろう……茶会はレオポルドとサリナのおひろめになるのだ。
だが甥はあいかわらず、彼女の思い通りにはならなかった。ミラの喜びを淡々と切って捨てた。
「色合わせは必要ありません。私はそういう場に不慣れな知り合いをエスコートするだけですから」
「不慣れな知り合い?」
王太后の茶会に招かれているのは上級貴族の貴婦人たちで、幼い頃からそういう場には慣れ親しんでいる。
眉をひそめた公爵夫人を、レオポルドは平然とみかえした。
「ええ、私はネリス錬金術師団長をエスコートします。茶会当日には叔母上にもご紹介しましょう」
ミラの顔色が変わった。ふだんの優雅さはかけらもなく、彼女は怒りに身をふるわせて立ちあがった。
「錬金術師……あなたまで錬金術師にみいられたというの、レイメリアだけでなくあなたまで……!」
「お母様……?」
居合わせたサリナが心配そうにみあげたが、彼女はそれどころではなかった。
「許さないわ、あの忌々しい錬金術師のせいでレイメリアは永遠に失われたのよ!」
そして茶会当日。居住区でしたくをおえて師団長室にやってきたわたしは、待っていた人物をみて目を丸くした。
「レオポルド?」
いつもの彼だけど彼じゃない……魔力封じの耳飾りをつけているぐらいなのに、薄紫色の衣装に銀糸の刺繍……明るい色調の服を着ているせいなのか、ふだんの数倍増しで光り輝いているようにみえた。彼もわたしを見かえす。
「ドレス……ではないのだな」
「師団長のローブ……グレンのためにデザインされたものだったから、わたしに合わせて作りなおしてもらったの」
すっきりした形と女性らしいやわらかなシルエットが特徴の、装飾が多い式典服とふだんの仕事着であるローブの中間ぐらいのデザインだ。
白地に銀糸で刺繍がしてあり、錬金術師団の天秤と錬金釜のマークは胸元に小さくいれてもらった。ユーリが口をはさんだ。
「まぁ、ドレス姿だったらネリアのエスコートは僕が予約済みですけどね」
メレッタは工房で研磨してもらった、人工ダイヤモンドで作られたアクセサリーを身につけている。
カーター副団長が努力の末に作りだしたいちばん大きな石は、ブローチとして彼女の胸にかがやいている。
「メレッタ……すごく綺麗!ドレスが引き立っているね!」
「ありがとうございます!まさか父がこんなものを用意してくれているなんて……」
レオポルドがメレッタと話す彼女の横顔をみつめていると、オドゥが話しかけてきた。
「お前ほんと歩く宝石みたいなヤツだな……公爵夫人もよく連れて歩きたがったもんな。でもどういう風の吹き回しだ、茶会なんてうんざりだと嫌っていたくせに」
銀の魔術師が静かに返事をした。
「……もしも私が死んだら魔石となって彼女の胸に抱かれたいと思った。彼女の身を飾る宝石になるのも悪くない」
「は……⁉お前、それって……」
絶句したオドゥを置いてレオポルドは歩きだすと、メレッタという少女と笑いあっている白いローブの女性に声をかけた。
彼女が振り向くのを待つのももどかしかった。
「いこうか、マイレディ」
赤茶色の髪がふわりと踊ると黄緑色の瞳が彼をみつめ、輝くようなほほえみを浮かべた。
どのタイミングで変えようかなーと思ってましたが、茶会を機にレオポルドがネリアのことを「お前」→「きみ」呼びに変わります。












