356.後片づけを終えて
本日、二投目。よろしくお願いします!
椅子の背に押しつけられたわたしは逃げ場がない。悲鳴をあげそうになるのを押し殺して、わたしは必死に言いかえした。
「そんなたいした作戦じゃないよ!カーター副団長を認めてもらって、メレッタに文句を言わせないように公爵夫人の度肝を抜こうと」
「度肝を……」
レオポルドは光の加減で微妙に色をかえる黄昏色の瞳をあやしく輝かせ、わたしの顔を探るようにみつめた。
ハッ!しまったあああ!何いってんのわたし、自分で墓穴掘ってどうすんの!
「ほんとに何でもないの。メレッタは可愛いから、ちゃんと装えば公爵夫人も見直すかなって」
うふっ。ちょっと愛想笑いもいれてみたけど、彼は険しい表情でわたしの肩から手をはなすと身を起こした。
「ともかく……お前は何をやらかすかわからん。王太后の茶会には私も出席する」
「えっ、でも基本的に女性しか参加できないって聞いたよ?それにレオポルドはお茶会とかそういうの嫌いじゃん」
「たしかに面倒だが……」
銀の髪をかきあげ顔をしかめてため息をつくレオポルドに、わたしはダメ出しをしようとした。お茶会は貴婦人だけが集まるのだ。カーター副団長たちが出席するのは〝余興〟のためだ。
「何もしないよ、それにレオポルドは男の人じゃん。貴婦人たちがいやがるよ!」
それを聞いたレオポルドは背すじが凍りつくような笑みを浮かべた。
「ほぅ……私の参加を貴婦人たちがいやがると思っているのか?」
そういうとレオポルドはエンツを唱え、ふだん聞いたこともないような穏やかな声をだした。
「王太后陛下、ご無沙汰しております。カディアン殿下の婚約者をお披露目する茶会が開かれるとか……私もぜひ参加して言祝ぎを」
すぐにやわらかな女性のはしゃいだ声が返ってくる。
「まぁあレオポルド!社交嫌いのあなたが参加するなんてうれしいわ、みながどんなに喜ぶか……すぐに招待状を送らせるわね!」
そしてすぐに空中に展開した転送魔法陣から、わたしも見覚えのある金の箔押しがある綺麗な封筒がひらりと降ってくる。
レオポルドはそれを手にとり、文面にちらりと視線を走らせてからわたしにもよくみえるようにした。
「アーネスト陛下の母君だからな、気さくなかたで物わかりもよくていらっしゃる」
「レ、レオポルドもくるってこと?」
青くなったわたしにたたみかけるようにレオポルドは口の端をもちあげた。
「そうだ、師団長のよしみで茶会のマナーも徹底的にみて、お前をエスコートしてやるから感謝しろ」
「そんな感謝の押し売り、いらないわよ!」
わたしは絶望感に打ちひしがれながら叫んだ。
マリス女史が戻ってきてようやく解放されたわたしが研究棟に帰ると、メレッタとカディアンがユーリといっしょに師団長室のテーブルに座り、ライガの術式を囲んでいた。
聞くとオドゥとカーター副団長はヴェリガンも駆りだして、中庭の片づけに参加しているらしい。ちゃんとやってくれているようでよかった。
「あ、ネリス師団長、おかえりなさい!」
「ただいま……」
メレッタの元気な声に返事をすると、彼女はペコリと頭をさげた。
「なんだか工房は父とオドゥ先輩が使ってるんですって。だからこちらにおじゃましてます」
「そっか……」
メレッタのアクセづくりについては、まだ本人には秘密にしている。ソラが持ってきたお茶を受けとると、メレッタはうれしそうに話しかけてきた。
「うふふ、お茶会が終われば寮にもどって期末試験を終えたら冬期休暇でしょ、年が明けて卒業パーティーをこなせば晴れて錬金術師団に入団です!楽しみだなぁ……」
「うん、わたしも楽しみ」
にっこりと笑うメレッタはやっぱり可愛い女の子だ。
こんな可愛い女の子の笑顔を守れるなら、何だってやろう……という気分になる。
そう思ってカディアンの顔をみると、一瞬目があった彼は軽くうなずいてまたメレッタに視線をむけた。
(いつのまにかイイ顔になったな……)
女の子も変わるけれど、男の子もどんどん成長する。
いきなりグンと背が伸びて大きな手にしっかりした声……その目は遠くまで見通しているように見える。
彼がしっかりとメレッタを見ていることが伝わって、わたしはちょっとだけうれしくなった。
レオポルドまで参加することになったけれど、茶会でやることは変わらない。
主役はメレッタとカーター副団長だし、わたしはそれを見守るだけだ。
ネリアを送りだしたレオポルドは中庭に向かった。バルマ副団長とマリス女史から報告を聞き、片づけに参加しているオドゥに話しかけた。
「オドゥ、お前がやったのか?」
こげ茶の髪に鋭い深緑の瞳をもつ、かっての同級生はめずらしくいつもの黒縁眼鏡をかけていなかった。
「あぁ、まあね……やりだしたらとまらなくなっちゃって」
かるく肩をすくめる彼はめずらしく興奮しているようにみえた。
「ゴーレム……創生の巨人たちか……」
「そんなんじゃないよ、オモチャみたいなもんだ。もう動かないし……」
すぐそばにあった岩の塊をけとばした彼は、すこし残念そうだ。
レオポルドが中庭に駆けつけたときには、ヒトガタのような動きをしていたという岩たちは、ただ地面に転がり散らばっていた。
その動くさまを自分もみたかった……と思いながら、レオポルドは口をひらく。
「彼女がせっかくだからゴーレムの研究をしたいと」
深緑の瞳がレオポルドにむけられた。
「……とめないの?」
「とほうもない話だが……土属性をもつお前が中心になるのだろう?」
「そうだね……やりたいと思ってるよ。あぁ、クソッ!彼女にしてやられた気分だ……僕が夢中になれるものをサラッとかんたんに投げてよこすんだ」
オドゥは顔をゆがめてこげ茶の髪をかきあげた。
「どうしたらいいんだろうね。命があることがうれしくなる……取り組める時間が僕にあることが……僕のなかはからっぽだったのに。彼女があらわれてからどんどんそれが埋まっていく」
表情ひとつ変えずにオドゥの言葉を聞いていたレオポルドはぽつりといった。
「……私は彼女とデーダス荒野へいく」
デーダスと聞いて深緑の瞳が細められた。
「そう……それをなぜ僕に?」
「ライアスにも断りをいれたから、お前にもいちおう断っておきたいと思った」
オドゥは頭をふると大きく息を吐きだした。
たとえオドゥがダメだと言っても、こうと決めたらレオポルドは必ずやる。
ならば自分がするのは別のことだ。
「……いけよレオポルド。行って見てくるといい……彼女が〝何者〟なのかを」
どうにか中庭を人が歩ける状態まで回復させ、魔術師団のバルマ副団長が塔に戻ると、師団長室にいたマリス女史が入り口で声をかける。
「おかえりなさいバルマ副団長、お疲れさまでした。師団長がお茶を淹れてくださってますよ」
「マジで?いやぁ、それはありがたいなぁ……あのひと、むすっとしてるけど淹れるお茶はおいしいんだよねぇ」
「そうですよね、せっかくですからネリス師団長にも淹れて差しあげればいいのに」
マリス女史がため息をつくと、バルマ副団長は目を丸くした。
「え?淹れなかったの?あのひとの数少ない長所なのに。きっとネリス師団長も見直すと思うよ」
「まぁ、そんな雰囲気ではありませんでしたしねぇ……」
『そんな感謝の押し売り、いらないわよ!』
マリス女史がいったん師団長室に戻ったとき、彼女は叫んでいた。
背が高いレオポルドの前だと、小柄で華奢な彼女はぷるぷる震える子犬みたいで、元気いっぱいに言いかえすところは生意気というよりむしろ可愛らしい。
中庭で彼女の肩をがっしりつかんでいたレオポルドを思いだし、メイナードは苦笑した。
「あー……それで機嫌が直ったんだ。まぁ中庭は滅茶苦茶になったけど、むこうから話しかける用事を作ってくれたのはよかったね」
「ほんと素直じゃないですよねぇ……」
マリス女史は仕事を終えるとさっさと公爵邸に帰っていったレオポルドを思いだした。
茶会の役者がそろいました。レオポルドは予定外だったんですけど……(汗
 









