351結晶錬成
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サブタイトルを『素材錬成』→『結晶錬成』に変えました。
翌日わたしはカーター副団長から、アナに授けられた作戦を聞いてうなずいた。
「そうよね、メレッタといえばやっぱりあの花飾りがついたカチューシャだもの」
「アナはさっそく糸を選んで編みはじめるといってましたが……本当にうまくいきますかな」
副団長は不安そうだ。わたしは元気よくうなずいた。
「もちろんよ、では錬金術師団の準備をはじめましょうか」
工房にはすでにオドゥがきていた。人のよさそうなほほえみに油断しちゃダメだ。
「土属性を持つオドゥと炎属性を持つカーター副団長が協力しあえばなんとかなるわ。オドゥもよろしくね!」
「……きみの望むままに」
黒縁眼鏡のブリッジに指をあてたオドゥにうなずいて、わたしはソラが持ってきた紙をひろげた。
「まずは鉱物の結晶構造を理解してほしいの」
「結晶……構造?」
紙にかかれた図形をのぞきこんだ二人にわたしはたずねる。
「石墨とダイヤモンド……このふたつが同じ物質だということは知ってる?」
「知っとるわ!ダイヤモンドは燃えるからな」
「そうね、ダイヤモンドは炭になる。では錬金術師なら炭もダイヤモンドに変えられるでしょう?」
「なっ……炭からダイヤモンドなど……そんなことは不可能です!」
副団長は目をむいた。けれどこれはだいじな話だ。
「ただの化学反応ならムリね、それはただの電子のやりとりだもの。結晶構造を変化させることでまるでちがう性質を持つ、べつの物質に変えられる。それは〝金〟をつくるより簡単だわ」
石墨はそのままで安定した物質で、とても柔らかく電気もよく通す……鉛筆の芯にもなる素材といえばわかるだろうか。その結晶構造は層状だ。
ダイヤモンドは石墨と同じ炭素が八個集まり二つの面心立方格子をつくった結晶構造のひとつで、それは地中深くで高温高圧になっているマグマが急速に冷えたときに生成される。
つまりその状態をつくりだせばいい。
「これは〝必要な技術〟よ……覚えて。ダイヤモンドの生成には火山の溶岩よりももっと高い温度と圧力が必要なの。それにこれができれば……コランダムだって難しくない」
わたしはあらかじめつくっておいた硬玉をとりだした。
「ほんのわずかな金属元素が混じることでさまざまな色合いのコランダムが作れる。これはルビー……そしてサファイア……熱処理や化学処理をすると自由自在に色も変えて宝石がつくれるの」
オドゥがいつもの人のよさそうな笑みを消して、コランダムを手にとった。
「そんな簡単に作れるのか?」
「もちろん簡単じゃないわ……簡単に見せるのよ。さっきもいったとおり高い温度と圧力が必要でとても難しいの。それを錬金術師ならば簡単にできる……そう見せるの」
ハッタリならいつも予算をぶんどってきたカーター副団長の得意技だ。彼の目がギラリと光った。
「錬金術師ならば簡単にできる……そう見せるのですな」
「そう、メレッタの身を飾る宝石をあなたの手で作りだして。研磨はクリスタルビーズを作る工房に依頼しましょう。ダイヤは硬いから時間はかかるけれど、カッティングの技術は職人技だもの」
「カッティング?」
わたしはもう一枚、三種類の図形が描かれた紙をひろげる。
ダイヤモンドに使われるブリリアントカットは、その屈折率を計算したベルギーの数学者が考案したものだ。上からはいってきた光がすべて内部で屈折し、上に抜けるように計算されている。
「つくるのに成功したとしてもそれはただの石ころで、人の手で加工してようやく宝石として価値がでる。ダイヤモンドはカボションではなくファセットカットがいいわ。これが反射光を最大限に利用したブリリアントカット……これでメレッタの身を飾るのよ」
「ですがアナはレース編みの花飾りを準備しておりますぞ!」
「もちろん使わせてもらうわ、だいじな小道具として……それにメレッタに似合うのはギラギラしたダイヤモンドよりも、花飾りのついたカチューシャだもの。けれど花飾りをひきたてるためにはこれが必要なの。ひとめ見ただけで魂が奪われるほどの輝き……それが貴婦人たちに錬金術師の〝価値〟を教えるのよ」
「錬金術師の〝価値〟ですと……?」
「何もないところから〝金〟は創りだせない。けれど錬金術は変容をつかさどる奇跡の技……目の前にある価値がないものから、〝価値〟を生みだすの。それはカーター副団長、オドゥ……あなたたち錬金術師にもいえる」
わたしは二人の錬金術師をみた。硬いダイヤを磨くためにもダイヤが必要だ……工業用ダイヤモンドだっていろいろ使い道がある。融点が高く硬度九のコランダムだって……。
「師団長として二人に命じます。〝結晶錬成〟を習得し、メレッタの身を飾る宝石を創造し、王太后の茶会で錬金術師の価値を知らしめなさい。そのあとはあなたたちがその手で好きなものを創りだせばいい」
二人はしばらく動かなかった。オドゥが黒縁眼鏡に手をかけた。
「好きなものを創りだす……魔素の干渉を受けるのはミスリルだ。そのほかの金属も熱や酸でさまざまな形態をとるのは知っていたが……」
「金属を処理するのは主に酸化還元……ただの化学反応だもの。そうではなく結晶構造に干渉してほしいの。星が大地の奥深くでやっている化学処理を自分たちの手でするのよ。カーター副団長、できるかしら?」
カーター副団長が重々しくうなずいた。
「……やるしかなかろう、たのむぞオドゥ」
「……わかりましたよ、副団長。これは錬金術師団だけで秘匿すべき技術かもしれませんね……こんな技術は世界中が欲しがるだろう」
そうだ。こんな技術は世界中が欲しがる。
超臨界流体出法もだけれど、それを覚えた錬金術師たちの価値ははかり知れない。カーター副団長やオドゥの〝価値〟がこれであがる。
最初はなかなかうまくいかなかった。どんどん茶会の日は近づくけれど、物質を支配する錬金術師といっても限度がある。
天然ダイヤモンドは地上ではありえないほどの高圧で、どろどろのマントルが急速に冷えたときに生みだされるのだ。それと同じ条件を魔力で作りださないといけない。
石墨を魔法陣に置き、その周囲の空間を完璧に支配する。わたしもいっしょにやったけど、装飾品にするにはそれなりの品質がいる。
簡単にできるのなら、わたしだってクリスタルビーズを作る前にやってた!
オドゥとカーター副団長で、まだ試行錯誤が必要みたいだ。
メレッタのためにもがんばれ、副団長!













