350.師団長もどきのアナ
9章『デーダス荒野のネリア』開始です。
師団長室にいたわたしのところにソラがやってきて、カーター副団長をとりついだ。
「カーター副団長がネリア様と話をされたいと。どうされますか?」
「通してくれていいよ。なんだろ、あらたまって」
彼は二階にある自分の研究室にいることが多くて、わざわざやってくるのは珍しい。
たいていの報告はエンツか中庭で休憩しているときですむ。
師団長室にはいってきた彼の雰囲気から、ただごとでないのはすぐにわかった。
いつもキチンと整えている髪はボサボサで顔色も悪い。ふだんなら副団長らしい威厳を保っているのに。
「こちらにどうぞ、カーター副団長。仕事は順調?」
彼はローブの襟に手をあて形をととのえると、緊張したようすで椅子に腰かけた。
「まぁ順調ですな。グリドルづくりの工房へ技術指導とオドゥの研究……雑用はしなくていいといわれましたが、断りきれない修理もあります」
「うわぁ、モリモリ仕事してるね!」
彼の仕事を減らしたのはオドゥの目をそらすためだから、彼が自分の判断でやるのはかまわない。
残業をやめて帰宅時間を守るようになったし、ベテランだからちゃんとバランスをとるだろう。
一瞬無言になった彼は、机のうえに置いた両手の拳をギュッとにぎりしめると口をひらいた。
「……ネリス師団長に知恵をお貸しいただきたい!」
「知恵?」
「私には魔道具は作れてもメレッタの身を飾るものは作れん。メレッタは自分の身ひとつでいいというし、私とてそう思う。メレッタこそがかけがえのない宝玉だと。だが王太后主催の茶会ともなれば、親として娘に恥ずかしくない装いをさせてやりたい気持ちもある」
「王太后主催の茶会かぁ……綺麗な箔押しの招待状がわたしにも届いたよ」
公爵夫人たちのあてこすりの件もある。カーター副団長がピリピリしているのはわかった。
「あれから……素材庫にある素材も試したが、私の手では何ひとつ生みだせん……ネリス師団長がいっておられた〝素材錬成〟を、どうか私にご教授願いたい!」
カーター副団長は最初わたしの申し出をはねつけた。
彼のそばにはオドゥ・イグネルがいるから、わたしとしてもあまり手の内はさらしたくない。
なのでそのままにしていたけれど……。
「そんな堅苦しく考えないで……要は余興だもの、参加者が楽しめればいいのよ。それに世の中には〝金〟よりも価値があるものがあるわ」
「それではっ、私は何を創ればいいのですか!」
ダンッ!……と、机に拳を打ちつけて副団長は声をふるわせた。わたしは大きなグレンの椅子にすわったまま背筋をのばして彼をみかえす。
「メレッタこそかけがえのない宝玉……あなたはそういった。ならば宝玉の〝価値〟を示せばいい。メレッタは可愛いけれど、ただの少女……公爵夫人たちにとっては何の価値もない。彼女たちは言ったのでしょう?『錬金術師の娘ならそれぐらい簡単』と」
「そうだ、だから私はどうしてもそれが我慢ならん……!」
「ちがうわ、カーター副団長」
わたしはグレンの椅子から立ちあがると机をまわりこみ、カーター副団長に近寄ってその目をみすえた。
「アルバーン公爵夫人たちが見くびっているのは、カーター副団長、あなたの価値よ」
虚をつかれた彼がゴクリと唾をのみこむ。
「私の……」
「ああいうオバさんたちが気にするのは、その子にどんな男の人がついているかってこと。夫でもお父さんでもいいけど……彼女たちが認めるしかない男の人がいたら、態度なんかコロッと変わっちゃうわよ」
そうだ。先日の公爵夫人たちの態度は、王城スタッフに対する態度と同じだった。
ちょっとした用を頼むような気軽さで、彼女たちは「メレッタを金で飾れ」といってきたのだ。
「カディアン殿下ではまだ力不足……つまり、私を認めさせろということですか」
「そういうこと。この研究棟で〝土属性〟を持つのはオドゥよね、そしてカーター副団長は〝炎属性〟……」
「そうですが……」
いきなり魔力の属性について聞かれた彼はとまどっている。
わたしは自分のあごにひとさし指をあて、ちょっとだけ考えた。
オドゥの目をわたしからそらすには……何かしら仕事を与えるのがいいかもしれない。それもかんたんにはできそうにないこと。
「うん、やっぱり二人に協力してもらうことになりそう。でもそのまえに……カーター夫人の手も借りたいわ」
「アナの……ですか?」
カーター副団長が眉間にシワをよせけげんな顔をした。
「ええ。公爵夫人のセリフをそのまま彼女に伝えて、メレッタの身を飾るものに困っていることを相談してみて」
「こんな話、聞かせられるか!」
「いいえ、伝えなくてはならないわ。メレッタがどんな環境に置かれることになるのか……知らせなくては。それから彼女の知恵を借りて作戦をたてるの。カーター副団長、あなたが自分で彼女たちを黙らせ、〝錬金術師〟を認めさせるのよ」
その晩、メレッタが夕食のあと自分の部屋へいったのを見計らって、クオードはアナに話しかけた。
「アナ……すこし相談したいことがあるのだが」
「あら、なあに?」
クオードはネリアにいわれたとおり、アナにことの次第をぶちまけた。
最初はおそるおそる話をきりだしたのに、話しはじめたらとまらなくなった。
自分の怒りや悔しさまで交えて、めずらしく感情的に話してしまった気がする。
だまって話を聞いていたアナの顔色も変わった。
「なんですって⁉メレッタが平民だからとよくもそんなことを……」
「私は『こんな話、聞かせられるか!』とネリス師団長にいったのだが……」
「いいえ、話してくれてよかったわ……なんてこと……知らずにいたらとんでもないことになっていたわ!」
よかった……アナは思ったよりショックを受けていない。クオードは眉をさげて彼女の顔色をうかがった。
「それでネリス師団長はきみの知恵を借りて作戦をたてろと……」
「んまぁ、責任重大だわね!」
「どうしたらいいだろう、何かいい知恵はあるだろうか……?」
困ったようにたずねてくるクオードに、アナはびっくりして目をまたたいた。
(あらやだ。なんだかクオードが可愛くみえる……私、可愛いものが大好きなのに困っちゃうじゃないの。でもいつもとちがう彼もなんだか新鮮ねぇ)
ひとことの相談もなく錬金術師団にはいってからは強情なところばかり目につくが、魔道具師だったころの彼は人に頼まれて修理ばかりしていた。
修理代だけではたいした稼ぎにもならないのに、動くようになった魔道具をみては満足していた。
結局、工房用の魔道具作りなど大きな仕事は先輩にとられてしまったが。
その彼が途方にくれて困ったような顔をしている。しかも悩んでいるのは娘であるメレッタの幸せを考えてだ。
アナの目からみたクオードの魅力ゲージがぐーんとあがった。他人にはさえない中年男性にみえたって、その魅力をアナがわかっていればじゅうぶんだ。
(それにたまには私も、ネリス師団長っぽく決めてみるのも悪くないわね)
ネリス師団長ならここで立ちあがり、目をキラキラと輝かせて自信たっぷりに宣言するのだ。
「私にまかせて。近所の公園でつちかった処世術と同じよ。子連れでいく公園で人生のすべてが学べるってほんとね。いい考えがあるの!」
いきなり師団長もどきになったアナを、クオードがぽかんとした顔でみあげた。









