閑話 オーランドの衝撃
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今晩、SSでグレンとカイの出会いのエピソードを投稿します。
……っていうか、しょっぱながオーランドでごめんなさいぃ!
ある秋の休日、王都十番街のゴールディホーン邸の庭では、長兄のオーランドがさわやかな汗を流していた。
筋肉は裏切らない!
痛めつけ、鍛えあげ、そして栄養を補給する……すべての動作を淡々とおこない、オーランドは満足した。
変わらない王城勤めの毎日で、最近の彼に喜びを与えるもの……それは第二王子のカディアン殿下だ。
(さすが陛下ゆずりの骨格に筋肉、それと風の魔力……すべてがライアスを超えうる逸材とみた!)
もちろん自分がつきっきりで鍛えたライアスの肉体も素晴らしい。だが弟とは年も近く、オーランドも鍛錬については父ダグを真似したにすぎない。
だが大人になった今ならば。二番街のミネルバ書房でしいれた最新の知識もあるし、八番街の古書店で探し求めた武術指南書も手元にある。
(ロイヤー氏が提唱する方法も試してみたいし、バロー法もいいかもしれない……カディアン殿下なら裂空斬烈波をも習得できるだろう!)
試してみたい鍛錬法が山のようにある。
カディアン殿下ならどれもこなしてくださるだろう……甘やかすことなくお育て申しあげねば!
オーランドは両の拳をガッと打ちつけた。
何よりも自分が育てあげた最強の竜騎士ともいえるライアスを打ち倒す……震えるほどの興奮が湧きあがる。
そのためならば文官としてのどんな雑事もテキパキと片づけるつもりだった。
(そういえばヴェリガン・ネグスコのコールドプレスジュース……ネリス師団長によると効率的な栄養補給にもなるとのことだったが、殿下のお食事にとりいれるのもいいな)
ネリス師団長に手紙を書いてみよう……と思いたち、浄化の魔法をサッとかけてオーランドが邸内に戻ると、リビングには王都新聞を読んでいる母マグダしかいない。
「ライアスはでかけたのですか」
テーブルにあった水差しから空のグラスに水をつぎ、オーランドはマグダにたずねる。
「どうやらネリィさんちでバーベキューパーティーをやるらしいわ。でもライアスったら用意していた食材がすごい量なのよ、ネリィさんって大家族なのかしら」
ネリィさんち……では居住区の中庭だろうか、ついていけばよかった……と思いつつ、オーランドは返事をした。
「……大家族といえばそうかもしれないな。めんどうを見ないといけない人間が多い」
「あらそうなの?ネリィさんも苦労してるのねぇ……ライアスもほっとけないのかしら。ところでオーランドのほうはどうなってるの?」
オーランドにはちゃんと学園時代からの彼女がいる。卒業パーティーにもエスコートした女性と交際が続いているのはマグダも知っていた。
オーランドはしばらく考えてから、生真面目に返事をした。
「彼女にはしばらく待ってもらうつもりです。補佐官に就任したからには、カディアン殿下を立派な竜騎士にお育てするのが目下の責務!」
オーランドは両の拳をガッと打ちつけた。マグダは眉をあげる。
「そんなことをいって……カディアン殿下はまだ十六歳でしょ、いつまで待たせるつもりなの」
「そうですね……第一王子筆頭補佐官のテルジオとも話したのですが、彼も『自分のことは殿下のお相手が決まってから』という意見で、なるほどなと思いました」
「そりゃアルチニさんは王太子殿下の補佐官だもの……考えることが山のようにあるでしょうよ。あなたがついているのはカディアン殿下だし、いまのところ学園の卒業と竜騎士団入団ぐらいではなくて?」
「ぐらい……ではありません。第二王子といえ殿下がどの令嬢をエスコートするかで、貴族の勢力図が変わりかねません!」
それはそれで悩ましい問題なのだ。筆頭補佐官を任されたばかりのオーランドにしてみれば、自分のことまで考える余裕はない。マグダがため息をついて口をひらこうとしたとき、彼にエンツが飛んできた。
「ゴールディホーン補佐官、休日にすまないがすぐに王城へ出頭を!」
「ケルヒ補佐官、どうされました?」
アーネスト国王付きであるケルヒ補佐官の声はだいぶあわてていた。
「カディアン殿下が〝婚約の契約呪文〟を発動された。とにかくすぐに王城へきてくれ!」
パリーン!
オーランドの左手にあったグラスが砕け散り、マグダはビクッとした。
オーランドは一瞬目をつむってから、つとめて平静な声でケルヒ補佐官に呼びかけた。
「失礼、ケルヒ補佐官……いま『カディアン殿下が〝婚約の契約呪文〟を発動された』と聞こえましたが……」
「そうだ。その件について両陛下がオーランドにも説明を求めておられる!」
どうやら知らなかった……では済まされないようだ。オーランドは息をついた。
「かしこまりました。いまわかっていることを簡潔にお聞かせください」
「さきほどカディアン殿下が錬金術師団のカーター副団長宅で、息女のメレッター・カーター嬢と婚約なされた。殿下は同時に錬金術師団に入団を希望され、副団長に弟子入りされた」
こんどはオーランドの右手にあった水差しがバリーン!と割れ、破片とともに水が床にしたたり落ちた。
メレッタはよくケラケラと笑う少女で、アレクという小さな男の子と元気にビーチで水遊びをしていたという印象しかない。
たしかにネリス師団長が行方不明になったりカナイニラウとの交渉が始まったりして、オーランドもいつも第二王子につきっきりだったわけではないが……二人に恋の予感があったかというとそんな気配はまるでなかった。
(いったいいつのまに?いや、いまは魔道具ギルドでの実習期間だ……そのときかもしれん)
そういえばカディアン殿下はメレッタの母アナとも話がはずんでいたし、父クオードといっしょに魔道具を修理していることも多かった。
(待て、それよりも……錬金術師団だと⁉)
衝撃から立ち直ったオーランドは「すぐにむかいます」とだけ答え、エンツを打ち切るとそばにいたマグダに話しかける。
「母さん、王城へでかけてくる。場合によっては遅くなるかもしれない」
「オーランド」
新聞を置き彼のようすを見守っていたマグダは彼を呼び止めた。このぐらいの破壊でオロオロしていたら、竜騎士の妻はつとまらない。
「まずは手の手当てを。それにきちんとこの破片を片づけなさい。あと、その水差しは私のお気にいりだったのだけど?」
うっ……となったオーランドはあわてて母に謝った。
「もうしわけありません、つぎの休みに七番街で探してきます」
オーランドとライアス、二人の男を育てあげた母マグダはようやくにっこりした。
「ならいいわ、それにこれであなたも自分の彼女を待たせる必要はなくなったわね。『自分のことは殿下のお相手が決まってから』……だったかしら?」
陛下ゆずりの骨格に筋肉、それと風の魔力……すべてがライアスを超えうる逸材であるはずの、カディアン第二王子が錬金術師団に入団。
筋肉は裏切らない……だが筋肉は錬金術の役には立たないだろう。
裂空斬烈波をマスターした究極の竜騎士団長育成計画は?
いやそれよりオーランドが組み立てた毎日の鍛錬メニューは?
王族の婚約ともなればやらねばならぬことがたくさんある。
それらを粛々とこなしつつも辞表を書くことも考えはじめたオーランドに、テルジオが記録石を差しだしてきた。
「オーランドさん、ユーティリス殿下のときに使うかも……と私が調べていた式次第や引き出物などの資料です。よろしければどうぞ」
「助かる。すまないな……アルチニ補佐官」
礼をいって受けとると、テルジオが苦笑いした。
「いいえぇ、ユーティリス殿下もこれくらいやらかしかねませんからねぇ……バルザムの血をひく者はだいじなことほど口にせず、目的のためには手段を選びません」
「だいじなことほど口にせず……」
「そうです。選べる手段をより平穏なものに増やして差しあげるのが、補佐官たるわれわれの役目です。さっ、まずはカディアン殿下が卒業されるまでの計画を立てましょう」
「そうか……そうだな、われわれの仕事は殿下の補佐をすること……ならばすべきことは山のようにある!感謝するぞアルチニ補佐官!」
オーランドがぐわしっ!と両の拳を打ちつけたため、テルジオは「ひっ⁉」と身をすくめた。
ありがとうございました!












