対抗戦後日談 後編(レオポルド視点)
対抗戦後日談 後編です。
カーター副団長は自分の利益が絡めばきちんと仕事をする男だ。
訓練場に作業台を用意させグリドルの準備が済むと、そこへ生地を注ぐ。
カーター副団長が串でつつきながら丸く形を作ると、息をつめて見守っていた竜騎士たちからどよめきがあがる。
「このタコはマール川経由ではなく、マウナカイアから長距離転移魔法陣で直送させたのだ」
錬金術師団が絡むとムダに話が大きくなる。
すぐそばに置かれたテーブルにも皿が置かれ、深めのグリドルではぐつぐつと泡をたてるオイルのなかで、タコの足らしきものがいい香りをさせていた。
「カーター副団長、こちらに置かれた皿とグリドルの中身は何です?」
ベンジャミンが興味津々でたずねると、カーター副団長はもったいぶって返事をした。
「うちの師団長が『竜騎士のみんなはタコ焼きだけじゃ物足りないよね!』と作ったものだ。『たこきむち』とか『すだこ』とか『たこのあひーじょ』とかいっとった」
「なんとネリス師団長が?」
「そうだ、錬金術師団の好意なのだからちゃんと味わって食え」
竜騎士たちは料理に手を伸ばした。まずは『敵を知る』、そうタコを知らなければ!
……そして彼らはタコを知る。
「うまっ、何この肉厚な歯ごたえ!しかも噛むとしっかり甘い!」
「最初はタコをいれることに何の意味があるのかと思ったが、このふわとろアツアツの生地に弾力のあるタコ!まじでやべぇな!」
「ふん、『たこパ』にしてはぜいたくだが、お前らも自分たちでやればよい」
途中から焼くのが面倒になったカーター副団長は、竜騎士たちにタコ焼きの作りかたを教えた。
全種類のタコ料理を食べ終わると、なんとなくタコを制した気分になった。ちょっと酒も欲しい。
「これでもうタコ対策はバッチリですよ!」
ベンジャミンがいい笑顔になれば、レインはタコを噛みしめながら思いだしていた。
「そういえばさぁ、あれはビックリしたな、〝最高殊勲者ヴェリガン・ネグスコ〟」
夏に拘留したヴェリガンはどうしようもない男だった。
朝に叩き起こして訓練場を走らせれば、盛大にずっこけて捻挫した。食事をだせば食べながら寝る始末……屈強な竜騎士たちからみるとなんとも軟弱な男だった。
それが対抗戦では最高殊勲者として国王直々に表彰され、あまつさえプロポーズまでしている。
ヴェリガンあいつ立派になったな……しみじみすると同時に竜騎士たちはハッと思いだした。
そういえばウチの団長は?
対抗戦でミストレイにまたがってさっそうと活躍し、表彰された勢いでネリア嬢にプロポーズとか……団長こそやっちゃってもよかったんじゃないの?
竜騎士たちの視線がライアスに集中する。
「カーター副団長、タコ焼きの生地には海猫亭の出汁が使われているとネリアに聞いたのだが……」
「最初はそうだがマウナカイアで人魚たちの調理法も学んだのでな。いまは私が独自に作っておる」
真剣に話し合っちゃってるよ、ウチの団長!
レオポルドはといえば左手をあごにあてながら生地が焼けるところを見守り、右手に持った串でときどきヒョイっと生地をひっくり返してはうなずいた。
「気分転換にはいいな」
……どうやらハマったらしい。だがそれをみたカーター副団長の目がくわっとみひらかれた。
「ちがいますぞ!アルバーン師団長!」
ビュンッとレオポルドのそばに駆け寄ったクオードはサッと串をとりあげた。
「いいですかな、串は両手持ちです!まず右の串で刺す、そこを左の串でクルッと回転させる……これをリズミカルに!生地が焼けるところを見守り、好機を逃してはなりません!」
「……そうか」
「素材がかかっているのだ、適当なことを覚えてもらっては困りますからな!」
ヒョイヒョイと華麗にひっくり返していくカーター副団長の神業に、竜騎士たちからもどよめきがあがった。
後日、さっそく塔にやってきたカーター副団長は、ウキウキと輝雪結晶の極上品を選びだした。
最上階の師団長室に案内されれば師団長みずから書庫の鍵を開けてくれた。
ここに足を踏みいれる錬金術師はおそらく自分がはじめてだ。彼は深呼吸してから一歩踏み出した。
すぐにカーター副団長は夢中になった。
「これはっ、そうかこの術式は……ではあの魔法陣の発動条件はどうなって……」
ページを繰る時間すら惜しい……気候を操る秘伝の術式に、炎に付加する効能の数々……塔にいる魔術師のみに共有される知識は、いままで彼の手には届かないものだった。
やがてカーター副団長の前にコトリとティーカップが置かれ、おどろいた彼は顔をあげる。
レオポルドみずから淹れたお茶はとてもいい香りがした。
「わ……私に?」
「集中するのはいいが、休憩もとらねばかえって能率がさがる」
クオードはひとくち飲んで目をみはった。まるで一瞬で高原に連れてこられたようなすがすがしさだ。
「うまい……」
「カレンデュラの発酵させていない茶葉で甘味がある。軽くだが食事も用意させた」
淡々と無表情にかえすレオポルドの顔をみて、クオードはまばたきした。
(魔術師団長がわざわざ私のために茶を……?)
これで新人の魔術師はたいていやられるのだ。無関心にみえて本人はしっかり相手を観察しており面倒見がいい。
レオポルドにしてみればいつも塔に押しかけてくるアーネストと同じように相手をしているだけだ。アーネストとちがい酒を飲まないだけまだいい。
だがいままで王城内でそのような扱いをされたことがないカーター副団長は、それだけで感動した。
グレンをよく知っているだけに衝撃だった。
「どうも……さすがはグレン老のご子息……とと」
地雷を踏んだことに気づいてあせると、レオポルドは首を横にふる。
「かまわない、グレンの話も聞かせてもらおう。カーター副団長からみたあの男はどうだった」
ふっと笑ったレオポルドに、カーター副団長の心臓がドクンと跳ねた。
黒いローブに流れる銀の髪に、光の加減で色を変える黄昏色の瞳……銀髪の男など見慣れていたはずなのに、見つめられるだけで胸が苦しくなる。
気を紛らわすためカーター副団長は、グレンの話だけでなく聞かれてもいないネリアの話までしてしまう。
「……それでですな、ネリス師団長は『竜玉はもう手にはいったし戦う理由はないから、来年の対抗戦には参加しない』といっておりましてな」
「……そうか」
物憂げに空に目をやる魔術師団長からは妙に色気が感じられて、なぜかよりいっそうカーター副団長はドギマギした。
研究棟に戻ってきたカーター副団長はぼんやりと夢見心地でオドゥを呼んだ。
「オドゥ、ちょっとこい」
「何ですか、副団長」
何も知らず近寄ってきた一番弟子の顔を左右からつかみ、カーター副団長は遠慮なくみょーんと伸ばした。
「いでっ、いででで⁉何しゅるんれふか!」
クオードはオドゥの顔から手をはなすと、自分の胸に手を当てて拍動をたしかめた。
「うむ……心臓の動きは正常か、私が若い男にときめくようになったわけではないようだ」
「何なんです、いったい……」
「いやまて、アナの顔をみるまでは安心できん。私は早退する!」
ほほをさすって顔をしかめるオドゥはほっといて、カーター副団長はさっさと早退した。
カーター副団長はそれからも塔をおとずれた。
たいていは自分の自慢話だが、ときには錬金術師団やネリアの話をすることもある。
そのたびに素材を渡されたり師団長室の書庫でレオポルドに茶を淹れてもらう。
レオポルドはさして言葉もはさまず彼の話を聞いているだけで、研究棟内部の様子がだいぶわかってきた。
そして竜玉を欲しがっていたのが実は、ネリアではなくオドゥであるということも。
オドゥ・イグネル。イグネラーシェの生き残り……それと父親の形見だという黒縁眼鏡……。
レオポルドがそのことについて考えていると、マリス女史が話しかけてきた。
「それでネリス師団長とはお話をされましたか?」
そういわれてレオポルドは立ちあがった。
「……そうだな。魔道具ギルドにいってくる」
転移したレオポルドを見送り、メイナードとマリス女史は顔をみあわせた。
「この話の流れでさぁ、なんで錬金術師団じゃなくて魔道具ギルドにいくの?」
「師団長が出かける際にはきちんと『どこそこへ行く』といってくださいますから、それを言うのが恥ずかしいのかもしれません。それに言ったからにはそのまま魔道具ギルドへ行かれているのだと思います」
マリス女史の返事にメイナードはあっけにとられ、ついで頭を抱えた。
「うわ、そういうこと……こうなりゃ、こっちで用事を作ってあげるしかないかぁ」
マリス女史は苦笑いした。
「まぁあのかたらしいですよね」
「さてどうしたものか……」
レオポルドは五階建てになっている魔道具ギルドの建物をみあげてため息をついた。
「自分の目で確かめるしかないか……」
ちょうど調べたいこともある。それに彼女がよく出入りしているという魔道具ギルドなら彼女の話が聞けるかもしれない。
通常、会員証を持たなければギルドに出入りできない。持たない訪問者は扉の前に待機し、受付の者が出迎えて対応するのだが……。
「魔術師団長ですって⁉」
ギルド入り口にごうと風が吹き、ギルド長のアイシャがあわてたように二階から降りてきた。
これでイースターSSにつながる感じに。
SS好評でしたが、ストーリーは本編で進めます。
7章の見直しもだいぶ終わりました。
(改稿中のミスのご指摘ありがとうございます!助かります!)









