SS 唯一の恋
SSの続き『レオポルドに迫られたい』のさらに続きです。
今回は特別編ということで……ネリアはメル耳つけたまんまだし(汗
イルミエンツは、4話『イルミエンツ』や6話『旅立ち』にでてきます。
「しがみつけって……できないよそんなの……!」
声をあげても腕の力は緩まない。
「あのとき……言葉こそ投げやりでもお前自身は強い力で私にしがみつき、全身全霊で必死に生きようともがいていた」
「生きようと、もがいていた……」
必死に記憶をたどろうとしたら、彼の顔が苦しげにゆがむ。
「ライアスがいるからか?」
ライアス……?
「ちがっ、そうじゃなくて……」
夜会で踊ったときよりももっと……黄昏色の瞳が信じられないほどわたしのすぐ近くにある。
すっぽりと腕の中にわたしを抱えこんで、レオポルドの透きとおるような銀の髪がわたしの肩をすべり腕に落ちた。
彼の呼吸にあわせて上下する胸の動きの奥から、彼の鼓動がわたしに伝わってくる。
精霊のように綺麗な人だけれど、抱きしめてくる体にやわらかさはなくて、ほのかに男性的な香りがした。
なんだか彼の腕からこのまま逃れられなくなりそうで、わたしはふりしぼるように声をだす。
「あなたはわたしの名前を呼ばないじゃない……!」
口をひきむすんで精一杯にらみつけると、彼がまばたきをして長いまつげの奥で黄昏色が揺らいだ。
「名前……」
「そうよ、わたしの名前……あなたはいつも『お前』呼ばわり。あなたがわたしの名を口にしたのは、イルミエンツを使ったときと天空舞台ではじめて会ったときだけ」
「…………」
無言になった彼にむかい、わたしは心の底にしまっていた想いをぶつける。
「わたしはあなたに会うために王都にきたのに!」
「私、に……?」
けげんそうな彼の表情に、がっかりしている自分がいる。
彼にとっては忘れてしまうような、ささいなできごとだったにちがいない。
いまならわたしにだってわかる。
エンツとおなじ、ただの業務連絡だ。
……それでも。
「あなたが呼びだしたんじゃない!あなたがわたしを……っ!」
デーダス荒野の家にひとりいたとき、初夏だというのにとつぜん暖炉に火がついた。
青から赤、そして緑に色を変えてゆく炎のなかから聞こえたのは、しっかりした男性の声だった。
『私は魔術師団長のレオポルド・アルバーン』
びっくりすると同時にあわてた。
グレン以外にわたしに呼びかける人間がいるなんて思わなかったから。
あんなに急いで王都にくる必要はなかった。
しっかり準備を整えて、ゆっくりデーダスの家を出発してもよかった。
それなのにイルミエンツの声が聞こえたその晩、すぐにわたしはライガで飛びたった。
王都で暮らすつもりではあったけど、あわてずもっとゆっくり向かうつもりだったのに。
『至急王城へ出頭されたし』
魔術師団長レオポルド・アルバーン……どんな人かもわからない。
けれどその声がわたしを呼んだ。
だからわたしは彼に会うために、ドラゴンの背に乗せられて王都にやってきた。
待っていたのは失望と怒り。
ようやく会えたその人は、自分を凍りつくような目でみおろした。
話をしようとしてもなかなかできず。
遠くから眺めているほうがいいのだと、いつしか自分を納得させた。
それなのに自分から腕をのばして彼にしがみつくなんてできるわけがない。
わたしはこぶしを握りしめると、抗議するように彼と自分の間にグッと差しこむ。
こぶしがふれたとたん、彼が胸につけた煉獄鳥の魔石に内包された遊色の輝きが増した。
「レオポルド?」
「…………」
踊るような遊色の揺らぎにあわせ、彼自身から力強い魔力の波動があふれて部屋全体にひろがっていく。
彼の変化にとまどっていると、ようやく口を開いた彼の声は信じられないほど穏やかで。
「……そうだったな。会いにきてくれたのか、イルミエンツを送った私に……」
「そうよ!」
わたしの抗議に怒ったようすもなく、彼の腕はしっかりと背に回されたままだ。
さきほどまでの強い光がやわらいで、黄昏色の瞳がわたしを静かにみおろしていた。
「だが……『ネリア・ネリス』はお前につけられた本当の名ではない」
「え……」
彼は手を動かし指の節をわたしのほほにあてると、そのまま顔の輪郭をたしかめるようになぞる。
「たしかにイルミエンツに反応はあった。だがそれはただの符号だ……『ネリア・ネリス』『錬金術師』『グレンの後継者』、それらに呪文が反応した。私の態度も悪かったが……お前の名を呼ばぬのは本当の名を知らぬからだ」
「どうして本当の名じゃないと……」
「名づけは親が贈る言祝ぎだ。子の幸せを願ってつけるもの……親がいなければなおさら願いと祈りをこめた名を贈る。『誰だ?誰でもない』などというふざけた名はつけぬ」
「それ、は……」
「グレンか?その名をつけたのは」
答えられないでいると、ほほをすべり落ちた彼の指があごにかかり、わたしの顔を持ちあげた。
のぞきこむようにした黄昏色の瞳がまっすぐにわたしをみつめる。
「私が『教えてほしい』と頼めば……お前は私に真の名を教えてくれるのか?」
〝真の名〟
〝唯一の恋〟
わたしの名前……奈々の『奈』は花梨という木のことだ。
バラ科の愛らしいピンクの花を咲かせる花梨、その花言葉は〝唯一の恋〟。
名前の話になったとき、みっつ上の兄貴が鼻で笑った。
『奈々ぁ?そんなのラッキーセブンの七だろ。お前ヘンなとこで運いいじゃん』
『ちがうもん!お母さんがちゃんと教えてくれたもん!奈はカリンていう木のことで花言葉は〝唯一の恋〟なんだって。豊かで実りある人生を送れますようにってつけてくれたんだよ!』
『へっ、お前が〝唯一の恋〟なんてガラかよ、ガラガラヘビが聞いてあきれらぁ』
『もうっ、アニキのバカ!サイテー!』
ガラガラヘビ……なんだかどうでもいいことまで思いだしちゃったよ……。
「どうした?」
「なんでもない……」
わたしを抱いたままでいぶかしげに眉をひそめたレオポルドに首をふる。
彼をみあげるわたしの唇は動かなかった。
『奈々、です』
そう答えられたらいいのに。
彼はきっと〝奈々〟を覚えている。
名を告げるのはあれがわたしだと……彼に教えるようなものだ。
答えるかわりに目を伏せたわたしを、彼はしばらくじっとみおろしていた。
「…………」
やがて息をつくとわたしを腕のなかから解放し、身を離した彼は気持ちを切りかえるように、髪をかきあげゆるく首をふった。
「先ほど話しかけたことだが……」
「……うん」
「サルジアの魔道具のように複数の機能、それも隠された機能をもつ魔道具に……ひとつ心当たりがあった。ひどく身近で、それでいて不自然な……」
そうだ、彼はそれで魔道具ギルドにやってきたといっていた。
話がそれたことに、ホッとするような残念なような気持ちになる。
「それは……?」
聞きかえすと彼は少しだけためらって、それでもハッキリとした口調でいった。
「オドゥ・イグネルがいつも身につけている黒縁眼鏡だ」
さすがにストーリーは本編にて進めたいので、SSはこれにて終わります。













