SS 四本足のお茶会とサージ・スペシャル
イースターの日なので、うさ耳をつけたネリアを書きたくて。
後書きでアンケートのお知らせをしてます。
魔道具ギルド三階の休憩室でメロディとわたしがくつろいでいたら、ディアとベラがやってきた。
「メロディさん、ネリィさん、ようやくディアが単位をとれそうなので、私たち実習の打ち上げをしたいって相談したんです」
「打ち上げ?」
ベラが説明してくれる。
「グラコスに錬金術師団の打ち上げがそれは楽しかったと聞いて……メレッタとカディアンのお祝いも兼ねて、私たちもここの休憩室を借りて〝四本足のお茶会〟を開こうかと」
「〝四本足のお茶会〟って……令嬢たちが動物のしっぽや耳をつけて参加する仮装パーティーみたいなヤツ?」
「あら、ネリィさんご存知なんですか?」
「変身セットの実物をみたことがあって……」
七番街にある工房の倉庫でミーナに見せてもらったことがある。正式なお茶会とちがって社交に慣れていない子どもたちのためにやる、ちょっとしたお遊び……仮装パーティーのようなものだ。
何かへまをしたとしても「今日は四本足の日ですものね」ですまされる、気楽な集まりだと聞いた。その話をすると、勝ち気そうな顔をしたディアはうなずいた。
「でしたら話は早いですわね、お世話になったネリィさんやメロディさんにもぜひ参加していただきたいわ」
「わたしたちも?」
「ええ、ギルド職員のサージさんにも声をかけるつもりです」
そのとたん、メロディは目を泳がせた。
「あ~うれしいけど、私はお店の仕事がたまってて……ごめんね。ネリィなら参加できると思うわ」
えっ?
「ネリィさんホントですか?うれしいです!」
「う、うん……」
ディアがキラキラした目で迫ってくるので思わずうなずいてしまったけれど……ディアってこんなに素直な子だったかしら。そんなことを考えていたら、ディアがもじもじと恥ずかしそうに聞いてくる。
「じゃあサージさんにも声をかけたいので……ネリィさん一緒にいってくださいます?」
目的はそっちかぁ!苦笑いして手をふるメロディに見送られて、わたしはディアたちと検査部門のサージ・バニスをたずねた。相変わらずオレンジ色の髪を爆発させて、サージは壊れた魔道具をいじっている。打ち上げの話をしたら彼も乗り気になった。
「僕も参加していいの?やぁ、お茶会なんて久しぶりだなぁ」
「サージさん、お茶会にいったことあるんですか?」
「学園生は貴族の子も多いし学生時代はそれなりにね。就職してからはほとんどないよ」
そんなわけである日、ギルドの三階を借りて実習の打ち上げがおこなわれた。キノコの椅子に切り株のテーブル……秋の森で獣たちがお茶会をしているみたいで、雰囲気もバッチリだ。
お茶会とはいえ場所は魔道具ギルドだし、ネリィとして参加するのだから気楽なものだ。〝変身セット〟はディアが主催者ということで張り切って、わたしたちの分まで用意してくれた。
ニックは「なんで俺たちまで」と不服そうだったけど、グラコスは「子どものうちにしかできないからな、もうじき成人だし」と、ノリノリで黒狼の耳をつけている。
ベラは銀狐の耳をつけていたし、カディアンは赤獅子にしてたけど……それをみたわたしは〝獅子舞〟を思いうかべた。
レナードが「ふうん、貴族の習慣ってのも面白いな」と、縞熊の格好をしていたのが意外だった。
「レナードって貴族とか苦手じゃなかった?」
「商売相手ともなれば、そうもいってられないです。それに……『楽しんで食べる』って感覚、俺んちの魔道具にも取りいれられないかって考えてて。調理系の魔道具も術式を調べはじめると奥が深いです」
そういいながら真面目な顔でテーブルにならぶお菓子を眺めている。
「家に帰ったらお菓子がでてくる〝おやつ製造機〟ってのも面白いかもしれないな……」
レナードが手がけた〝おやつ製造機〟が世にでる日も……近いかもね!
サージの頭につけた耳の先はややこげ茶で色が濃くなっていて、いつも爆発していたオレンジ色の髪はすこし落ちついている。
「サージさん、赤狐ですね」
サージはふさふさとした尻尾をなでて照れくさそうに笑った。
「ギルドで検査をしたことはあるけれど……こうやって身につけるのははじめてだね。似合う?」
「似合いますよ、ディアも趣味がいいです」
サージの〝変身セット〟は、きっとディアがわざわざ選んだのだろう。
「耳やしっぽの動きで感情がわかるから……好かれているかどうかわかりやすいんです」と、こっそり教えてくれた。
「ネリィさんは紫兎だね、ウポポなんかも似合いそうだけど」
「ウポポは……はまりすぎてて封印なんです」
「?」
ウポポ耳はメレッタがつけた。ラベンダーメルはラベンダー色の長い耳が特徴だ。うれしくなってふわもこの丸いしっぽをピョコピョコ揺らしていると、黒い毛長猫の耳をつけたディアが不満そうな顔をする。
「ネリィさん……大人なのに可愛いってズルいです」
「わたしはむしろ、大人っぽいディアがうらやましいんだけどなぁ」
サージがきているからディアは精一杯おしゃれをしているんだと思う。高そうだけどそこまで華美じゃない茶系のドレスに、ピンクのストライプが入ったリボンが可愛らしくあしらってある。大人びた色なのにデザインはキュートだ。
彼女の長い髪にリールの耳が溶けこむように馴染み、同色のファーをあしらった手袋をつけて、後ろをむけば長い尻尾が誘うように揺れていた。小悪魔ちゃん風だね!
「そういえばディアに聞いたんですけど、サージ・スペシャルってどんなのですか?」
「あはは、気になる?飲ませてあげようか」
サージはお茶の用意をしにコーナーへむかう。
「たいしたものじゃないよ、僕はふだんツンケンしてるのに、ときたま笑顔をみせてくれる女の子に弱くてさ。好きな女の子とは何でもいいから話がしたいだろ?」
「それって……」
メロディのことだろうか……と思ったけど、ディアもいるし何もいえなかった。サージはいくつか並ぶ茶葉の缶を手にとっては吟味する。
「まぁツンケンしてる時点で好かれてはいないんだろうけど……とにかく相手と話をして、今日の体調はどうか、いまの気分はどんな感じか……とかを聞きだしてお茶を作るんだ」
「お茶を作る……」
サージは選んだ茶葉にさらにいくつかハーブを足していく。それにミルクを注ぐと加熱の魔法陣を展開した。ミルクで煮出すチャイのようなものらしい。
「ネリィさんのことをよく知っているわけじゃないけれど、リラックスして楽しめるように茶葉はカレンデュラ産のものにしたよ。ヴェルヤンシャの茶葉より甘味と色が濃いんだ。それに少し体を温める働きのあるハーブを足して、水ではなくミルクで煮出す」
「茶葉をいれてから加熱するんですね」
わたしが感心して手元をみていると、サージが苦笑した。
「姑息なんだけどね、お茶を淹れるのに時間をかければそれだけ相手と長くしゃべれる」
それを聞いたディアが、「まぁ」といって顔を赤らめた。
「はいどうぞ」
「いただきます!」
差しだされたカップに口をつけると、優しい甘さのなかにほのかにハーブの香りがしてまろやかな風味だ。お腹も温まってほんわかしていると、ラベンダーメルの耳がゆらゆらと揺れた。
「ギルドの休憩室でこうして話をしながら淹れるのが、サージ・スペシャルその一」
「サージさん、すごいです。ホントにおいしい!でもその一って?」
「サージ・スペシャルその二は僕の家じゃないと淹れられないんだ。お茶を淹れる魔道具を開発中でね」
「へぇ!」
「私も飲ませていただいて本当においしかったです。それでいつか、サージさんの〝キノコのお家〟でサージ・スペシャルをいただくのが私の夢なんです!」
一生懸命話しかけるディアにサージも笑顔でこたえた。
「それはうれしいな、ディアに喜んでもらえて何よりだよ。こないだは元気がなかったからね」
「はいっ、また後で私にもサージ・スペシャルを作っていただけますか?」
「喜んで」
サージの返事にディアはリールの尻尾をぴょこんとあげると、うれしそうにほほを染めてベラたちのところへ戻っていった。ディアはベラにからかうように肩をたたかれて、はしゃいだ笑い声をあげている。それを見送ってサージはポツリといった。
「どうやら僕はホントに好かれてるみたいだ」
「サージさん、ディアのことは何とも思わないんですか?」
「うーん……悪い気はしないし、ディアが僕のお茶を喜んでくれるのはうれしいよ」
サージはポリポリとレドルの耳をかいた。なんだかラベンダーメルの耳がピンと立ってしまう。反応が正直すぎるよ、この魔道具!
「大人だからこそ慎重なんだよ……ディアは可愛いけどただ恋に憧れてるだけで、実習が終われば熱も冷めるんじゃないかって」
実習生がはじめて接する社会人に憧れるというのはよくあって、サージは手紙をもらったこともあるらしい。
「もしも彼女が本気だとしても、僕が相手だと彼女の家族は喜ばないだろう。僕にだって心の準備が必要なんだよ……オドゥ・イグネルをみているからね」
「オドゥ・イグネル?」
聞き慣れた名前がでてきて思わず聞きかえすと、サージはちがう風に解釈したらしい。
「知らないか、僕らの学年より一つ上で、女子たちの間で取り合いだった先輩さ。たしか『婚約中はなるべく目立たないようにしてほしい』とかで、婚約者に頼まれて変な魔道具の眼鏡をかけるようになったんだ」
あの眼鏡にそんな理由があるなんて知らなかった。
「婚約者に頼まれたって……なんでそんなことを」
「とにかく彼はモテたから、婚約者も気が気じゃなかったんじゃ?そしたらホントに冴えなくなって。それだけオドゥ先輩が尽くしたのに『王子の呪い』の件で錬金術師団長の立場が悪くなると、貴族ってのは体面を重視するからね……婚約破棄も彼がすべて泥をかぶる形で決着がついたし、僕だって慎重になっちゃうよ」
婚約破棄も彼がすべて泥をかぶる形で……。
オドゥは何もいわない。
自分が酷いヤツだってことはまったく否定しないけど、婚約者だった相手を責めるようなことは一切口にしない。でも六年て……あっというまに過ぎ去る時間じゃなかったはずだ。
わたしがぼんやりとオドゥのことを考えていると、ディアが思いだしたように声をあげた。
「あ……そうだわ、休憩室を貸してくださったギルド長にも何かお持ちしようかしら」
「それならわたしが持っていくよ!」
「お願いします、ネリィさん」
わたしはラベンダーメルの耳をつけたまま、お菓子のお皿を持ってヒョイヒョイと二階に降り、ギルド長室のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
アイシャの返事が聞こえてドアを開け……わたしはビシリと固まった。
薄紫色をした瞳をもつ冴え冴えとした美貌の主が、ギルド長と話をしていたのかふり向いて、こちらをにらみつけている。銀の髪は相変わらず艶々だ。
「ご、ごきげんよう……レオポルド」
「ここで何をしている」
「えっと、魔道具ギルドでお手伝いを……」
彼の視線がわたしのピンと立った耳の先から、ふわもこに包まれた足の先まで移動する。そして手に持った菓子皿にも。眉をひそめたままじっくり見ないでもらえませんか!
「紫兎でか?」
「こっ、講師の助手ですぅ……」
説得力がないけども!
「ネリス師団長は当ギルドの会員でもあるんです。魔道具にも興味をお持ちで魔道具ギルドのことを知ってもらえるいい機会ですから、魔術学園の実習に参加していただきました」
アイシャさんが説明してくれたけれど、レオポルドの眉間のシワはますます深くなる。
「新しい魔道具を開発してギルドに登録しているのは知っていたが……」
もうとっとと差しいれを終えて立ち去るしかない。
「あのっ、今日は実習の打ち上げでっ、こちらギルド長に差しいれを……レオポルドもどうぞ」
「あら、ありがとう」
「それじゃ、お話し中お邪魔しました!」
そそくさとギルド長の前に皿を置いて跳ねるようにドアへ向かおうとすると、ラベンダーメルの耳をつかまれた。
「まて」
「ぴゃいっ⁉」
叫び声をあげたわたしにはかまわず、レオポルドはすっくと立つとアイシャに話しかける。
「ギルド長……部屋をお貸しいただけるか?このふざけた師団長と話がしたい」
「ええ、もちろん……隣の会議室でよければ。防音ですわ」
「感謝する」
レオポルドにむんずと耳をつかまれたまま、わたしはズルズルと引きずられるように連れていかれる。
「ちょっと!何すんの!これ借りものなんだから!」
「魔道具ギルドで何をしていたのか、とくと聞かせてもらおうか!」
「何もしてない!何もしてないってば!」
「それは聞いてから判断する!」
アイシャがあっけにとられている前で、二人の師団長は会議室のドアの向こうに消えた。
この続きに関して……アンケートをとりました結果、『1.レオポルドに迫られたい。』に決まりました!
なお、『2.いやむしろネリアの方から迫れ。』のほうも活動報告に掲載させていただきます。
ご協力ありがとうございました!









