340.対抗戦・結着
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ゴッチーン!
「…………!」
レオポルドは体勢をくずし無言で額をおさえると、すごい形相でわたしをにらみつけた。そんな顔したって怖くなんかないんだから!
「髪の長いあんたが悪いのよ!いろいろ言いたいことはあるけれど、これでチャラにしてあげる!」
わたしだって痛かったんだからね!
「…………っ!」
わたしを射殺さんばかりににらみつけたレオポルドの口が動き、彼の指先から魔法陣が紡がれようとしたがそれは形にならなかった。
「はい、勝負あり」
いつのまにかレオポルドの背後に転移したオドゥが彼の体にふれた瞬間、レオポルドはあっけなく地にくずれ落ちた。
「つぎは最初から本気でこいよ……レオポルド。つぎがあればだけどな」
地面に倒れたレオポルドの背中をふみつけて話しかけるオドゥのそばにわたしはかけよった。
「竜王が空から墜ちて魔術師が地に沈む……これで錬金術師団の勝ちなの?」
「そうだよ」
倒れたレオポルドのそばに転がる杖をひろいあげると、それは思ったよりも軽くて小柄なわたしでも振りまわせそうな大きさだ。
もちあげて太陽にかざすと組みあげた柄の部分に、光沢のある緑玉が隠されるように埋まっているのがみえた。これが核なのかな……。
「ネリアがこいつのガチガチにつけてた護符、すべて壊してくれたおかげだよ。レオポルドはどちらかといえば攻撃重視で、守りのほうは護符まかせにしてわりと適当なのはよく知ってるからねぇ。先にこいつの補佐をする魔術師たちをつぶしたのは正解だったな」
地に倒れふしたレオポルドの背に足をのっけて、くすくすと楽しそうに笑うオドゥはまるで魔王みたいだった。
エクグラシア国王アーネストが北の平原に到着したときにはすでに、秋の対抗戦は終わっていた。
「えっ、もう?」
毎年、竜騎士団と魔術師団の戦闘は激しく、巻きこまれないよう形勢がはっきりしてから国王は勝敗を見届けにやってくる。
何時間も……場合によっては日没までかかる場合もあるのだ。
それが今回はなぜか竜騎士たちやドラゴン、魔術師たちがすっかり戦意を失いうなだれて治療をうけている。
はじっこで激しく言い争いをしている魔術師たちがいるが、それはどうやら夫婦ゲンカらしい。
ケルヒ補佐官が汗をかきながらアーネストに説明する。
「そ、そうですね……錬金術師団が開幕してすぐに竜騎士団、魔術師団の双方を一気に叩きのめして戦闘不能に追いこんだようです」
「たった七人の錬金術師で?」
十体のドラゴンとそれに乗る竜騎士たち、それにレオポルドたち二十名の魔術師を?
「何をどうやったらそうなるんだ?」
首をひねるアーネストにむかって説明するケルヒ補佐官もだいぶ混乱しているようだ。
「それがどうやらタコとカタツムリを使ったらしく……」
「タコとカタツムリ……タコとはあのタコで、カタツムリとはあのカタツムリだよな?」
「まさしくあのタコと、あのカタツムリです」
たしかに平原の中央にどでかく目立つカタツムリがいる。
あれは輸送用で動きののろさから「実用性がない」と採用されず、カナイニラウとの交易用にかろうじて研究を続けることが許されたものではなかったか?
そして両師団とも戦闘が続けられなくなったあと、ネリス師団長が「じゃあ足りないぶん補充しとくね!」となにやら地面に魔法陣を展開し、カッと光らせて終了したらしい。
「して、各師団がこうむった被害の状況は?」
「ええと、それがそれほどでもなく……ただ全員口をそろえて『夢でうなされそうだ』と。竜騎士団長は無傷で魔術師団長は額にコブを作りました」
「コブ?」
レオポルドが額にコブを作ったぐらいでなぜ魔術師団が負けるのだ……どうにもわからないが、対抗戦ではもうひとつだいじなことがある。
勝者の師団から〝最高殊勲者〟を選び表彰するのだ。
「それで今回の〝最高殊勲者〟は……」
ひょっとして俺の息子かな……なんて親バカのアーネストは期待したが、ケルヒ補佐官の告げた名前はユーティリスではなかった。
「最高殊勲者は錬金術師ヴェリガン・ネグスコです。陛下、表彰の準備をお願いいたします」
「ヴェリガン・ネグスコ……そんなヤツいたか?」
アーネストはケルヒ補佐官が「あれがヴェリガン・ネグスコです」と教えてくれた男をながめたが、紺色の髪と瞳をもつやせ型のひょろっとした男でどうにもパッとしない。
国王は対抗戦をみていなかったことを悔やんだが、たとえみていたとしてもきっとよくわからなかったにちがいない。
地に墜ちたミストレイはしょんぼりと落ちこんで、そのまま大地に横たわっていた。
ネリアにカッコいいところをみせたかったのに、無様なところしかみてもらえなかった。
冷静になったいまでは赤いライガが生きものではないことも理解しているが、竜王の縄張り意識をあれだけ刺激しておいてそれはない。
あんなに必死に追いかけたのに追いつくことすらできなかった。
竜王としての誇りはズタズタになって、ミストレイは身を起こす気力すらなくなった。
そんなミストレイのようすにほかのドラゴンたちも意気消沈している。
ライアスはミストレイに言葉をかけることもできず、そばに立ち尽くしていた。
「最高殊勲者は錬金術師ヴェリガン・ネグスコ!栄誉をたたえこれを表彰する!」
アーネスト国王が高らかに宣言して首にメダルをかけてもらった錬金術師は、そのままひざまづいて同僚の錬金術師にそれを捧げていた。
どうやらプロポーズしたらしく、おめでたいことなのでその場にいた全員で祝福する。
それをみて金切り声をあげた魔術師がいたが、ほかの魔術師たちにとり押さえられて運ばれていった。
表彰式を終えて湧きたつ錬金術師団からひとり、小柄な影が抜けでてミストレイのそばに走ってきた。
「ライアス、ミストレイの具合はどう?」
「あぁネリア、たいしたことはない……落ちこんでいるだけだ」
「そう……ごめんねミストレイ、誇り高い生きものなのに……だいじょうぶ?」
ぴと。
ネリアの小さな手が寝そべるミストレイの首にあてられた。
「がんばったねミストレイ、すごくカッコよかったよ!」
なでなでなで。
その瞬間、ミストレイの頭のなかはお花畑になった。できたら首筋ではなくお腹をなでてほしいけど、いまは動く気力もない。
ネリアに首筋をなでてもらえるだけで、ミストレイはじゅうぶん幸せだった。
「キュウ……」
甘えた声をだすとネリアはにっこりして、さらに優しくミストレイをなでてくれる。
「団長、だいじょうぶですか?」
心配して声をかけてきた副官のデニスに、ライアスは自分の首筋をなでながらうなずいた。
「……感覚共有を切っておいてよかったな、ミストレイはしばらくここに置いておこう」
秋の対抗戦の結果に王都中が騒めいた夜、オドゥは魔術師団の塔へやってきた。
エンツを先に送っておいたから、塔の入り口から最上階まではすんなり登れた。
オドゥ・イグネルはいちおう師団長室の扉をノックしてから、返事を待たずに入室する。
「よぉレオポルド、薬の材料を持ってきてやったよ。無茶したのはわかってたからな」
ずかずかと師団長室を横ぎって仮眠室をのぞくと、ベッドにはつややかな銀髪がひろがっていた。
眠っているようにみえた部屋の主は、閉じていたまぶたをもちあげ顔をしかめて返事をする。
「お前のせいだろう……」
「薬の調合は自分でやる?それとも僕が?」
レオポルドの抗議は無視してオドゥが彼にたずねると、うめくような声で返事がかえってくる。
「たのむ。頭が……割れるように痛い」
「はいよ」
オドゥは持ってきた袋を机のうえにおき、作業しやすいようにそのへんをかたづけた。
慣れたようすで棚から瓶や乳鉢をとりだし、ふと気づいたように部屋をみまわす。
「ていうかお前、ここで暮らしてんの?」
ただ寝るだけの部屋だったはずだが私物が増えている。
ふたつの月がよくみえる窓のある簡素なベッドが置かれた石壁の部屋……部屋の雰囲気はそれほど学園の寮とかわらない。
寝ているレオポルドがでかくなっただけだ。
「公爵邸をでようと思っている……ただ家がみつからない」
「ふぅん、ようやく独立かぁ」
手際よくすりつぶした素材に油分をくわえて練りあわせ、オドゥはレオポルドが寝るベッドに近づいた。
「動くなよ」
ベッドに腰掛けてレオポルドの額にかかる髪を、オドゥはコブに触らないようにそっと小指でどかした。
ひとさし指ですくった膏薬を額にのせると、レオポルドがその冷たさにびくりと身を震わせる。
「……っ!」
レオポルドが眉をしかめるのもかまわずオドゥは薬を塗りつけ、ペシンと被膜を貼りつけた。
「これでよしっと」
浄化の魔法で使った器具を綺麗にしていると、息をついたレオポルドが被膜に指をあてて口をひらく。
「かわらないな」
「何が」
「私が寝こむといつもお前がやってきて世話を焼く」
「そうだっけ?」
オドゥは世話焼き。
現実の戦争を見てしまうと、対抗戦はタコが飛ぶぐらいでちょうどいいのだと思います。
 









