34.携帯ポーション
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防虫剤の次は『部隊遠征用の携帯ポーション各種』の準備に取り掛かる。
「ヌーメリア、部隊遠征用ってどんなポーションが必要なの?」
「こ……今回は第三部隊の魔物討伐の遠征用で……南の砂漠地帯に行くはず……回復用のポーション、コカトリスや黒鉄サソリ、砂蛇対策に麻痺や毒対応のポーションがあれば……」
「南の砂漠……エレント砂漠かな?」
わたしは〝地域別魔物図鑑〟を広げる。
ポーションかぁ……いいね!錬金術っぽいね!いや……錬金術だけど。
――『錬金術』は『変容』を起こす奇跡の技……『無』から『有』を生み、『不可能』を『可能』にする。――
さっき作った防虫剤は、錬金術の技術も使ったけど、正確には『錬金』とは言えない。薬草の成分を取りだして固めただけだ。
だけどポーションはただの薬草の抽出液じゃない。
錬金術は運命すらねじ曲げる。
あらゆる角度から〝死〟に向かって落ちていく〝運命〝に逆らい、〝生〟へと引き戻す。
傷つきし者に〝再生〟を。
目が見えぬ者に〝光〟を。
死にゆく者に〝生存〟を。
毒に侵され朽ちゆく体に〝浄化〟を。
力尽きた戦士に、みなぎる〝力〟とあふれる〝闘志〟を。
魔力を失いし魔術師に、高い〝集中力〟と澄みきった純粋な〝魔素〟を。
それが錬金術師の作る〝ポーション〟だ。
これはちゃんとレシピ通りに作る。素材の組み合わせでどうしてこんな効果がでるのか、わたしにはさっぱり分からないもの。
今度は師団長室の奥から、とっておきの素材を運びだす。
討伐地域に生息する魔物から受ける毒に対しては、討伐地域で採れる素材が有効な事が多い。
麻痺毒には砂漠薔薇、エレントアロエ、コカトリスの牙と爪、黒鉄サソリの干物、砂蛇の抜け殻……。
体力回復にはネコネリスの実、ユーリカの花の蜜、エリクシャンテの卵、輝雪結晶の雫……。
わたしは魔法陣を次々に発動して、錬金釜に放り込んだ素材に重ねていく。
魔法陣に刻んだ術式で、素材の持つ力を奪い取るためだ。
砂漠薔薇から、高い再生力を。
エレントアロエから、熱を奪う力を。
コカトリスから、麻痺を解く力を。
黒鉄サソリや砂蛇から、解毒の力を。
状態異常の回復には、効果反転の術式を仕掛けて作用を反転させる。
素材の力がうまく引きだせたかは、その力の性質によって魔法陣が赤く光ったり青く光ったり、さまざまな色に変わるので判断しやすい。
魔法陣を次々に発動するので、魔力はたくさん消費するのだけど。
錬金術師たる者、ここで魔力をケチってはいけない!
息切れしないように呼吸を整えながらも、魔素を一定のリズムで流し続ける。
素材は力を文字通り魔法陣に『奪い取られる』ので、錬金に使った後の素材はスカスカだ。何かに再利用できるといいんだけどな。
ソラに錬金釜をかき混ぜてもらいながら、それらが人間の体に馴染むようにさらに魔法陣を重ね掛けして調整する。
速やかに吸収されるように。
効果の反動で望まない作用がでないように。
ギャリギャリギャリギャリ……
魔法陣同士が反発し合い、干渉し合い、耳障りな不協和音を奏でる。
それをソラが丁寧に混ぜ合わせて、全ての術式が違和感なく馴染んで溶け合い、ひとつの波動となってゆく。
やがて魔法陣の奏でる音が、澄んだ音色に変わると、最後にぼわん、とポーション全体が光り、濁っていたポーションが透き通っていく。
「ひぃっ!も、もぅ……完成してる……」
横を見ると、ヌーメリアが、魔法陣を敷いて錬金釜をかき混ぜながら、呆然とこちらを見ている。
ユーリも!こっち見てないで手を動かそうか!ヌーメリアの手はちゃんと動いているよ!
「あっ、ええ……なんかもう神業っていうか……魔法陣の多重展開とかいろいろ凄すぎて……」
ポーションひとつに魔法陣の多重展開とかあり得ない……ていうか遠征部隊のポーションに素材つぎ込み過ぎだろ……とかなんとかユーリはぶつぶつと呟いている。
ああ……うん。ちょっと力技でゴリ押しちゃいました。素材はあるもの贅沢にぶっ込んじゃいました。てへ。
続いて一般的な体力回復のポーション作成にとりかかる。
ポーションはだいたい戦闘後に使うことが多いから、飲んですぐ動けるようにならなければ意味がない。
ひと雫で痛みを取り。
ひと口で怪我を回復し。
飲み干せば瀕死の重症でも立って歩きだせる。
材料を変えて、魔法陣で素材の力を奪い取りながら、さっきと同じように調整した。
ソラが並べてくれた携帯用ポーションの小瓶に、状態保存の術式をかけながら、次々に封入する。
移動中の破損防止に、瓶に何か術式を刻もうか……と考えて、工房の中をキョロキョロ見回す。
錬金術師団の紋章が目に止まる。錬金釜に天秤があしらわれた意匠だ。
そうだ!とひらめいたわたしは、破損防止の術式を組み込んだ紋章を、ひとつひとつ瓶に刻み込んでいく。
師団印の品質保証のポーションだ。おお、格好いいよ!これ!
ウキウキしながら箱に並べる。
なんか、こういうのも液体を小瓶に封入するんじゃなくて、カプセルや錠剤に成形できたら便利そうだなぁ。でもありがたみがないかな?
他にも脱水に備えて『水分補給』とか、砂嵐に備えて『幻惑回避』とか、ヌーメリアと相談しながら役に立ちそうなポーションを数種類……魔術師の詠唱速度を上げる『ペラペラキャンディ』とか戦士の攻撃力をきっちり二十五上げる『アタック二十五』……この辺はおまけだ……携帯ポーションセットが完成。
早速、第三部隊に届けてもらった。
んーっ!お仕事頑張った!そしてお腹もすいた!
「ソラ、そろそろご飯にしよう!皆も一緒に食べよ?」
二人を食事に誘い、師団長室でソラが用意した昼食をとる。
ソラはわたしが教えるレシピを一度で覚えてくれるので、今日はソラ特製のリーキのポタージュにピムルの冷製パスタだ。デザートにはなんとミルクレープもあるのだ!
ユーリもヌーメリアも食べる時の姿勢がよくて、食事の仕方も凄くきれいで品がいい。
だけどなんだか緊張している?
ソラが給仕をするたびにビクッとしている。
「二人ともどうしたの?」
「あ、すみません……師団長室でエヴェリ……ソラが横に居て食事とか、凄く慣れなくて」
「わ、私も……緊張します……」
などと言いながら、フォークでパスタを口に運ぶ。
「……これ、もしかして全部ソラが準備を?」
「うん!ソラの包丁捌きって凄いんだよ!手慣れてて……」
だから安心して任せられるの、と言おうとした所でユーリが激しくむせこんだ。
「ぐっ!ゴホッ、ゲホッ、ゴホッ!」
ソラ特製の冷製パスタなのに!ユーリ、大丈夫⁉
「……な、何でもないです……ゴホッ」
とうとうデザートにソラ特製のミルクレープとコーヒーが運ばれてきたところで、ようやく立ち直ったユーリがぽつりと言った。
「……ネリアって、天才だかボケだか分かりませんね」
(えっ⁉︎どうしてそうなるの?)
ようやくネリアの錬金シーンが書けました!
前話が化学っぽくなってしまったので、ファンタジーっぽくしたかった…。