336.容赦ないヌーメリア
誤字報告ありがごうございます!
ブクマ&評価も感謝です。
カイラ、マイク、リズリサは書籍には収載されていない『63.ヌーメリアの帰郷』ででてきます。
ターリ、スーリ、ミルヒは『253.レオポルドの個人指導』にでてくる美魔女たちです。
「バルマ副団長……」
いつにも増してキリリとしたマリス女史に話しかけられて、魔術師団のメイナード・バルマ副団長はびくりとした。
「な、何かな……?」
ふだんのゆったりとした室内用のローブとちがい、戦闘用の黒いローブに身をつつんだマリス女史は、師団長どうしがさっき交わしたやりとりを嘆いた。
「ひどすぎませんか?『いい天気だな』と『ああ』と『いや、私は』って……もうすでに文章じゃないですよ!」
「うちの師団長がそういう人だってのはさぁ、マリス女史も知ってるじゃない?」
マリス女史は頭痛がするようにこめかみに手をあてた。
「このあいだの現地視察でわかったのが『ネリス師団長はとくに何も考えてないみたいだ』って、それだけだったときはもう……ついてこなかったことを悔やみましたとも!」
そばにメイナードがついていながら何をやっていたのだといわれても、メイナードもレオポルドには注意したのだ。
ほんとについてきてその努力をみてもらいたかった……とメイナードは思った。
マリス女史はイライラした様子でザシュッと自分の杖を地面に突き刺した。
「錬金術師団に痛い目にあわされても知りませんからね。それに二年連続で魔術師団が敗北したら、訓練場の壁を補強する計画が進まないんですよ!」
対抗戦の賞品は各師団が望むものがもらえる。あるとないとでは大違いなのだ。真新しい黒いローブをきっちり着こんだ魔女が声をだした。
「マリス女史、錬金術師たちは私たちにおまかせくださいな。動きののろいあのカタツムリでしょう?」
「カイラ……あなた職場復帰したばかりじゃない、だいじょうぶなの?」
「だいじょうぶですわ、こちらにはマイクもリズリサもいますもの。ねぇあなた?」
「え……あ、ああもちろん!」
どちらかといえば優男のマイクは、気が強い妻のカイラにひきずられる傾向がある。今回もカイラの顔をみてからあわててうなずいた。
「それならターリやスーリにミルヒ……ほかの魔術師たちはドラゴンにむかわせるわ。あなたたちだけで本当にいいのね?」
本来なら対抗戦は竜騎士団との戦いなのだ。錬金術師団の参入は余興程度……そう考えるとそれほど戦力も割きたくない。
もういちどマリス女史が念を押すと、カイラは自信たっぷりにうなずいた。
「魔術師団にもはいれない変人たちが集うのが錬金術師団ですもの。グレン老もいないし戦力的にもたいしたことはありません。王太子にケガをさせないよう気をつけますわ」
カイラの横で錬金術師たちをみていたマイクがホッとした声をだす。
「それならだいじょうぶそうだよ、王太子はドラゴンにむかうみたいだ。人数が少ないのに戦力をわけるなんてよくやるな」
リズリサが心配そうな顔をした。
「ヌーメリアもいるわ。よく彼女こんな戦いにでてこられたわね……いつもひきこもっているのに」
虹色カタツムリは殻が透き通っていて、なかにすわる錬金術師たちがよくみえた。
仮面をつけていても灰色の髪をしたヌーメリアはよくわかる。カイラの視線がするどくなった。
「ほんと目障り……顔をみるたびに腹がたつ。この機会に叩きのめしてやるわ」
「カイラったら」
リズリサはあきれたけれどそれ以上口を挟まなかった。嫉妬深いけれどふだんのカイラは仕事熱心で面倒見がいい。ヌーメリアに怒りがむいているうちは、自分たちは平和なのだ。リズリサとマイクはそっと視線を交わした。
対ドラゴンの戦いではレオポルドの魔力だけで対抗するのは不安がある。昨年はそれで押し負けたのだ。
錬金術師団の戦力として警戒すべきは総大将だというオドゥ・イグネル、カーター副団長、それに軍用魔道具の開発者ウブルグ・ラビルだろう。
あとの二人はヘリックスにのせられているとはいえ、縮こまっているにちがいない。
そう判断したマリス女史は錬金術師団の相手を三人にまかせ、レオポルドを補佐するべくほかの魔術師たちを配する陣形を選択した。そしてその采配が思わぬ結果をもたらすことになる。
空全体に竜王の咆哮がひびきわたる。いつも夕暮れどきに聞こえる縄張りを主張するものとちがい、怒りをこめた戦いの合図だ。
そして一直線にむかう先は赤いライガだった。
「きた!」
ユーリがすかさずライガを発進させた。うしろにすわるネリアが魔素を思いっきり駆動系にたたきこんだため、次の瞬間にはもうライガは風になっていた。
「うわっ……くっ!」
とつぜんやってきた衝撃にユーリは身体強化を発動した。ドラゴンではない……自分のライガがもたらしたものだ。
(こんなスピード……ドラゴンでも体感したことがない!)
一直線に飛ぶライガをミストレイが怒りのおたけびをあげながら追尾する。
筐体を赤くしたのはなんとなくだが、これだけミストレイの関心をひけたのなら成功だろう。捕まったらひとたまりもないから逃げるしかないが。
ヴォオオオオオ!
一瞬たりとも気がぬけない。風の力にたよらず魔素のみで自由自在にライガをあやつり、地表スレスレに飛びこんで竜の鉄槌とよばれる衝撃波をかわすと、地表に展開していた魔術師たちがあおりをくらってふっとんだ。
(できるだけ地上をまきこむように……けどミストレイのやつ、本気すぎないか⁉)
こっちは王太子なのに……と思ったが、いぜん竜騎士団で体験した職業体験の内容を考えると、赤が狙われるのもなんとなく納得いく。
それはゾクゾクするような快感だった。ネリアの助けを借りているとはいえ、なりふり構わずこちらを追いかけているのは竜王のほうなのだ。
(バルザムと竜王の戦い……五百年前に竜王に挑んだのは僕の祖先だけど、いままさに竜王は僕のライガに挑んできている……!)
ユーリは歯を食いしばって方向転換の術式をすばやく操作し、ライガを機敏にあやつった。
ミストレイが追うものだからそれにつられるドラゴンもいる。竜王ミストレイがみずから自分たちの陣形をくずし、ライガひとつでドラゴンたちの動きがバラバラになった。
地上の魔術師たちもドラゴンたちのそんな様子にざわついたが、数人の魔術師がヘリックスのほうにむかいあとはドラゴンへの攻撃に集中するらしい。
「爆撃具、転送」
眼鏡のブリッジに指をかけたオドゥが合図すると、カーター副団長が転送魔法陣を展開し、ウブルグがそこにぽいぽいと爆撃具を放りこんだ。地上と空のあちこちで閃光とともに爆発が起こった。
このぐらいはドラゴンも魔術師たちも防壁で防げる……それぐらいは予想済みだ。
爆発とともにガスのような煙がたちこめる。竜騎士たちは風を呼んで煙をはらい、レオポルドもきちんと結界を張ったようだが、多くの魔術師たちは衝撃を防ぐほうに気をとられすこし反応が遅れた。
「ヌーメリア……効果はどれぐらいででる?」
オドゥの問いにヌーメリアが白い仮面のむこうから答えた。ヘリックスの近くで爆発した爆撃具もあったが、ネリアの用意したこの仮面をつけていればガスの影響はない。
「経皮吸収を促進する物質をくわえています……目やのどの粘膜から瞬時に吸収されます。浴びると同時に浄化するぐらいでないと防ぐことはむずかしいですわ。それに即効性と遅効性……二段構えの配合です。即効性の毒に対処しているあいだに、遅効性の毒がすこしずつ中枢にまわります」
……つまり?魔術師たちがヌーメリアの言葉を真の意味で理解するのにそう時間はかからなかった。
メラゴの根でしびれた舌はろれつがまわらず、うまく呪文が唱えらない。魔法陣を構築しようにも頭のなかでその陣形をきちんと描けない。
「かんたんに解毒できないよう代謝阻害剤も添加しています。ララロア医師との共同研究が役にたちましたわ。呪文も詠唱できず魔法陣も構築できない魔術師など……何の役にもたちませんわね」
静かに戦場をながめながら淡々と説明するヌーメリアにオドゥもうなずいた。
「いいね、そのえげつない感じ」
容赦ないヌーメリア。













