334.対抗戦の日・朝
よろしくお願いします!
目が覚めたらいつものようにエルサの秘法を使って身支度をする。
きょうは特別な日だから三枚の護符がついた首飾りを首にかけ、そっと金属のプレートをなでる。
最初にもらったとき「可愛くない」とグレンに文句をいったら、いつのまにか花のレリーフがあしらわれていた。指でその凸凹をたしかめているとグレンの言葉がよみがえってくる。
『約束する……そばにいる、だから生きろ』
(グレン……守ってね)
リビングに移動したら、アレクが駆け寄ってきた。
「おはようネリア、これ勝利のお守り!」
「わ、ありがとう!」
手首に結びつけるミサンガみたいな編みこみをした紐だ。せっかくなのでライガを装着する左腕とは反対側の右腕に結んでもらった。
アレクは真剣な表情でわたしの右腕に結び目をつくってから、そっと耳元でささやいた。
「ソラとつくったんだ……ヌーメリアとネリアのぶんしかないから、ほかのみんなにはないしょね」
アレク!ついお姉ちゃん気分になってぎゅっと抱きしめると、アレクが「うひゃあ」とさけび声をあげた。
ヌーメリアも左腕に結んだお守りにそっと手を添えて「うれしいわ、アレク」とほほえみを浮かべた。
「ヌーメリア」
「はい」
彼女の灰色の瞳がわたしにむけられる。
「わたしといっしょに戦ってくれてありがとう」
「……アルバーン師団長の炎には一度焼かれていますもの。どうということはありませんわ……それに」
ヌーメリアはうすく笑った。
「塔の魔術師には私を『ドブネズミ』と呼ぶ者もおります……そいつらの顔を踏んでやるのも面白そうですわね」
中庭が急ににぎやかになったので居住区から顔をだすと、師団長室の巨大なマホウガニー製の本棚が何冊も本をバラバラ落としながら、そろそろにじにじと中庭を歩いている。
「どうしたの⁉」
「あ……ネリア……ウブルグがその……」
ヴェリガンが説明するまもなく、師団長室からウブルグ・ラビルが顔をだした。
「おおネリア、立太子の儀ぶりじゃのぅ。まだ試作段階だが戦と聞いてな、ヘリックス三号の性能を見せびらかすのにちょうどよかろう!」
師団長室は本棚を追いだした巨大な虹色カタツムリに占領されていた……。北の平原でカタツムリが何の役にたつのだろう……。
「ウブルグこれ……」
わたしが口をひらこうとすると、ずいっと仕様書が目の前にさしだされる。わたしの親指と人差し指をぐっとひろげ、ようやく挟めるぐらいの厚みだ。
「こまかい性能や操作方法については、これにスッキリわかりやすく書いてあるでな。戦のまえに目を通しておくがよい」
「…………」
受けとってわたしはそれを、本を拾い集めていたヴェリガンが手に持っていた本のうえにそっと置いた。
「ヴェリガン、おねがい……」
「いっ⁉」
ギョッとした顔をしたヴェリガンにむかって、ウブルグはヒゲをなでつつほむほむとうなずく。
「わしはオートマタの操作があるでな。もったいないがへリックスの操縦はヴェリガンにやらせてやろう」
「いいっ⁉」
いつも悪い顔色がさらに悪くなったヴェリガンに、ウブルグは得意そうに説明する。
「カナイニラウの連中にも手伝わせて、深海でも移動できる耐圧性能を備えておる。殻のなかで爆撃具が破裂してもビクともせんぞ!人間は粉々になるがな!」
耐圧性能……そんなにじょうぶならまさしく〝シェルター〟として使えるかもしれない……。
「あとは新製品じゃ!動きのダイナミックさと力強さに魅せられてな!しかも変幻自在……ちょちょいと作ってみたのじゃが、なかなかいい出来だぞ。工房に置いてある」
「工房に?」
何だろうと思ったわたしは工房の扉をあけ……タコ墨の直撃をくらった。
工房では巨大なタコが何匹ものっしのっしとうにうに動き回っている。まさか機嫌の悪そうなタコ型オートマタがいるなんて思わないじゃん!
「どうじゃ、海洋生物研究所で〝たこパ〟をするために捕まえまくったついでにタコを研究したのだ。リアルじゃろうが」
「……すごいね」
わたしはタコ墨を顔から滴らせながらなんとか返事をした。エルサの秘法使ったばかりなのに!
浄化の魔法を使ってきれいにしていると、やってきたオドゥが目を丸くして「ここって水族館だっけ?」と首をひねっている。
「このさい何でも使うけどさ……ネリア、ユーリの研究室みにいってきなよ、おもしろいのが置いてあるよ」
「ユーリの研究室?」
オドゥにうながされたわたしは研究棟の三階にあるユーリの研究室にむかった。
「ユーリ、はいってもいい?」
すぐに返事があったけれど、研究室から顔をだしたユーリの顔色はさえない。なんだか寝不足みたい。
「ネリア……すみません準備してました、どうぞ」
研究室にはいったわたしは置かれていたものをみて目をみはった。前にみたことがあるけれど……だいぶ形が洗練されている。
「これ、マウナカイアでも飛ばしていたユーリのライガ?」
ユーリは肩を落としため息をつくと赤い髪をガシガシとかきみだした。
「マウナカイアで試運転した結果を反映して、また術式を組みなおしたんです。秋の対抗戦に間に合わせたかったんですけど……立太子の儀もあったからぜんぜん進んでなくて。操作に集中しようとすると魔力の維持がおろそかになるし、魔力を保って……となるとふわふわ飛ぶのがやっとで」
わたしはライガに近寄り駆動系の術式をチェックした。収納の機構は備えていないからたたむことはできないけれど、そのまま北の平原に運べば飛ばすことはできそうだ。
「ユーリ、わたしをうしろに乗せてくれる?」
「え?」
聞きかえしたユーリにむかってわたしは提案した。
「魔力の維持はわたしにまかせて、ユーリは思いっきり操縦してみたらいいよ。三重防壁を張るから落ちてもだいじょうぶ」
「本気ですか……?魔術師団と竜騎士団との戦いにいきなりこれを⁉」
「だってそのつもりで準備したんでしょ?」
「ええ……ドラゴンに対抗しうるライガ……それを意識して作りました。けれど自分の力じゃうまくまだ飛ばせなくて」
「駆動系に魔素を流すんでしょ、やってみる。安定して飛ばせると思うよ。ぶっつけ本番だけどユーリも操作に慣れることができるし」
わたしが笑顔で保証すると、ユーリは赤い瞳でこちらをじっと見てからため息をついた。
「つくづく思いましたよ……ネリアって化け物だなって」
「ひとこと余計だよ!」
「あはは」
いつもみたいに笑ってから、ユーリは赤い瞳を挑戦的にきらめかせた。
「わかりました、僕のライガにとってはデビュー戦だ。相手がドラゴンなら不足はないです」
師団長室にユーリと降りれば、カーター副団長もくわわりオドゥたちが打ち合わせをしている。タコ型オートマタとヘリックスは竜騎士団に連絡してドラゴンで運んでもらうことにした。
「みんな!中庭で簡単に食事をしたら北の平原に移動しよう!」
わたしたちはいつもどおり中庭でにぎやかに食事をして、時間になったら迎えにきたドラゴンたちに全員を北の平原へ運んでもらった。
草が生いしげる以外なにもない北の平原はなぜかデーダス荒野を思いださせた。
わたし、どうしてこんなところに居るんだろう……いつもそう思ってた場所だ。
高校二年の春休み……お好み焼き屋さんのバイトで貯めたお金を使って、同じ部活のみんなと東京近郊にあるテーマパークにバス旅行した。
楽しくて幸せで、その帰りのバスで事故にあった。
(事故にあったのがまだ帰りでよかったなぁ……できたら、お土産のキーホルダーぐらい持ってこれればよかったのに)
でもそうしたらいまでも、キーホルダーを握りしめて泣いていたかもしれない。
この世界に持ってこられたのは自分自身だけ。
それは心もとないようでもあり気楽でもあり。
ふと視線を感じて顔をあげると、レオポルドがその黄昏色をした瞳でこっちを見ていた。彼の瞳はなんだかわたしを落ちつかない気分にさせる。
黒い魔術師団のローブと魔石で作られた護符をいくつも身につけた彼は、ちっともグレンに似たところはなくて堂々としていて近寄りがたい。
けれどもしも二人が並んだら、意外と共通点が見つかるのかもしれない。
遠くからドラゴンのおたけびが聞こえたと思ったらすぐに、地平線のむこうシャングリラの方角からライアスが乗ったミストレイが、力強い羽ばたきとともに飛んできた。
ヌーメリア……顔を踏む気なのか……。













