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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第八章 ネリアと秋の王都 続き

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332.魔術の痕跡

 そこまで話して彼はふとわたしの手元をみて眉をさげた。


「食事の手がとまってるね……こんな話は後にするべきだったな。デザートはやめとく?」


 わたしは自分の皿をみつめた。すっかり食欲は失せているけれど……。


「……食べる。ちゃんと」


 わたしは冷めてしまった炙りの皿に魔法陣を展開して、料理の皿を温めなおした。


「デザートもいただく、よ。オドゥが、わたしのために作ってくれた、から」


「…………」


 オドゥは無言でカウンターの内側にまわると、コーヒーのためにお湯を沸かし、収蔵庫から冷えた皿と木の実のタルトを取りだす。


 ティナのシャーベットを彼が銀のスプーンでよそっているところを眺めながら、わたしはもくもくとリンガランジャの炙りをかみしめた。


「おいしい、よ」


 かんで飲みこむ。ひたすらその作業をくりかえしているうちに、皿のうえは空になった。


 すかさずオドゥが皿をかたづけて、デザートの皿と湯気のたつコーヒーを置いてくれる。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 ふたたびわたしの前に座ったオドゥは、いつものように優しい眼差しで困ったような顔をしてわたしを見つめていた。


「……魔力暴走を起こしたあのときが僕にとってきみの体を手にいれる唯一のチャンスだった。レオポルドがいたからムリだったけどね」


 わたしはティナのシャーベットをスプーンですくう。


「竜玉……手にいれれば、あなたの目的に一歩近づくの?」


「カナイニラウで手にいれた命の水、さらに竜玉を手にいれれば、水と風がそろう。星の魔力を喚ぶために必要なものはあと二つ……火と土……」


「それまでは生かしておいてくれる、ということ?」


 ティナのシャーベットはほどよい甘さでやわらかな食感の氷が口のなかでしゅわりと溶けると、さわやかな果汁がのどを伝って落ちた。


「きみの体はひとつしかないからね……グレンは結局レイメリアの器としてきみを使わなかった。この世界の魂がちゃんときみの体になじめるのか……やってみないとわからない」


 オドゥはコーヒーカップを持ちあげた。


「生きて動いているきみを見るのも、僕にとっては面白いよ。それに……きみがこの世界で生きていくために僕は役に立つ、そう思わないか?」


 さきにシャーベットを食べ終えたわたしは、次にタルトにとりかかった。


 木の実のタルトは生地もおいしくて、バターの香りがするペーストのうえには、かみごたえのちがう数種類のナッツがならび甘いカラメルが絡めてある。


 わたしが居住区でカーター副団長にカラメルの作りかたを教えたときは、オドゥはわきで見ているだけだったのに……。


 こんなにわたしのために手間をかけて食事の準備をする彼が、まるで素材の話をするみたいにわたしの体について話す……そうか、彼にとっては素材なんだっけ……。


 それに返事ができるわたしの感覚もどこかマヒしているのかもしれない。


「……あなたがかなえてくれるという願いについては考えておく。役にたつかどうかは対抗戦をみてから判断する」


 わたしは湯気のたつ温かいコーヒーを飲み干した。


「なら、もういちど北の平原を見にいこうか」


 オドゥは柔らかく笑うと立ちあがって店の片づけをはじめた。





 店の外にでればまだそんなに時間は経っていないのに、秋だからか日はとっぷりと暮れていた。


 祭りの熱気と喧騒は昼間よりも増しているようで、通りの屋台では光をはなつアクセサリーが売られ、そろいのブレスレットをつけた女の子たちが手拍子を打つたびに光が舞った。


 大道芸も炎を使ったものや、光る衣装を身につけてさまざまな動きを見せるものなど……暗がりで映えるものがおこなわれている。


 わたしはライガを展開しオドゥを乗せてそこから一気に飛びたつ。何人か声をあげライガを指さしたけれど、祭りの演出だと思ったかもしれない。


 ライガを飛ばせば秋の夜空は雲がかるい。


 筋をひいて流れる雲が二つの月にかかり、おぼろげに光を散らす上空では風もあるけれど肌寒さはあまり感じない。


 ライガに魔力をこめればすぐに北の平原に着いた。わたしたちは上空から真っ暗な灯りひとつない大地を見おろす。


「オドゥ、あなたが考えた作戦を聞かせて」


 オドゥが聞いてきたのはべつのことだった。


「……ネリアはさっきの話を聞いても僕を殺さないの?きみの秘密を知るのはいまのところ僕だけだ。きみはここから僕を突き落とすことだってできるんだよ?」


「そんなことしても意味はないもの……グレンも手がけていた研究をとめる気はないわ。それに竜玉を手にいれなければあなたの目的は果たせない……そうでしょ?」


 ふりむいてオドゥの瞳をのぞきこめば、彼もわたしをじっと見つめかえしやがて地上に目をむけた。


「……まずは対抗戦のおさらいだ。ドラゴンのほうが攻撃力は高いが、基本的に魔術師団が攻めで竜騎士団が防御だ」


「魔術師団が攻めで竜騎士団が防御……?」


 わたしが繰りかえすとオドゥがうなずく。


「いったろう?バルザムと竜王の戦いをなぞっているんだ。魔術師団はいわば人間……竜王に挑戦する側だ」


 オドゥが術式をはなつと、地上に魔術師の幻影がいくつも浮かびあがった。


「もともと魔術師たちは接近戦むきじゃない……ドラゴンたちに攻撃する隙を与えないように魔法陣を展開して術式でどんどん攻撃をしかける」


 魔術師たちの幻影はそれぞれが魔法陣を展開し、こちらにむかって炎をはなってくる。幻影の炎はライガをすりぬけると上空に消えていった。


「対するドラゴンは上空に展開しつつ風の守りをつかい竜騎士たちと感覚共有して身体強化をおこなう。竜騎士が乗っているドラゴンは野生のものより強い……人間と共存するのはドラゴンにも得だってこと。竜王の縄張りは安泰となる」


 こんどは空中にドラゴンたちの幻影が描きだされた。魔術師たちはドラゴンを攻撃し、ドラゴンはその攻撃をふりはらい、魔術師にむかって急降下していく。


「魔術師たちの連携がうまくとれて、ドラゴンが地に落ちれば魔術師団の勝ち、逆にドラゴンが魔術師からの攻撃を防ぎきって、自分たちの攻撃を叩きこめれば竜騎士団の勝ちだ」


 オドゥがふたたび術式をはなつと、戦場にぽわりと小さな影がいくつかうかんだ。


「そこに今回は錬金術師団が参加する。つまり魔術師たちを叩きのめし、ドラゴンを地に落とせばいい……けれどそう簡単にはいかない」


 小さな影は黒蜂をあやつり、転送魔法陣を展開して爆撃具をそこにほうりこむ。ドラゴンや魔術師たちのまわりで閃光が走り爆音がとどろいた。


 影響を受けた魔術師もいたけれど、ドラゴンはそれまでの戦闘を中断して小さな影に一直線に突っこみ影をけちらした。


「もともと戦闘むきじゃないから個々の錬金術師たちは弱い。魔術師団と竜騎士団でつぶしあってくれればいいが、目障りな僕らを先に片づけようとするかもしれない。この状況で勝つとしたら……」


 オドゥが魔法陣を操作すると幻影たちがピタリと動きをとめる。


「攻撃をさせないこと、だろうね」


「攻撃をさせない……」


「そう、ドラゴンも魔術師も火力が高い……まともに攻撃をくらったらひとたまりもない」


 オドゥが腕をふると小さな影たちが平原の中央に集まった。その周りを魔術師たちが囲みドラゴンが上空を旋回する。


「ひとつはネリアの三重防壁……錬金術師はひとかたまりになってきみに守ってもらう。そこから転送魔法陣で爆撃具や黒蜂を送りこむとか……ま、地味でちまちました攻撃だけど連中は嫌がるだろうな」


 影たちの中央でひときわ小さな影が防壁を張り……小さいとこまで再現しなくてもいいと思うの!


「いまヴェリガンにメラゴやビビを大量に育ててもらってる。ヌーメリアに調整してもらってユーリが爆撃具に組みこめば、かなり刺激が強い戦いになるかもね」


 うわ……スパイス爆弾……目がチカチカして舌がビリビリして感覚が鋭敏になるのか……。想像してぞっとしていると、わたしの後ろでオドゥがくすりと笑う。


「もうひとつネリアに見せたいものがあってね……夜のほうが綺麗だからさ」


「え?」


「見るかい?魔術師団と竜騎士団が全力でぶつかりあった跡だ」


 そういってオドゥは自分の眼鏡をはずすと、わたしにかけさせた。眼鏡をかけたわたしはまばたきをして目をみはった。


「オドゥ、これ……」


 地に走る無数の魔術痕により真っ暗闇に浮かびあがる大地……肉眼では何もみえなかった平原は、渦巻く魔術の痕跡で光り輝いていた。

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[一言] 杖、お母さんじゃなきゃ駄目なんだろうか お父さんも石になってるのに
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