330.王都の秋祭り 後編
題名にふさわしくない感じの内容です。
オドゥは下ごしらえを終えた食材を、手早くバットにならべてかまどにいれた。
「まだ学園生だった僕はグレンに会えるよう、レオポルドにたのんで彼への紹介状を書いてもらった」
「レオポルドに?よく書いてくれたね」
「……あいつわりと面倒見はいいから、必死にたのみこんだよ。僕を研究棟で出迎えてくれたのは入団したばかりのクオード・カーターで、そのまま彼につけられた」
「それでカーター副団長の弟子になったのね」
オドゥは思いだすように宙に視線をむけた。
「弟子というか……学生バイトみたいなものかな。器具を洗ったり片づけたり……素材を集めてきてその整理をしたり。頼まれれば雑用をなんでもやったよ」
学生のころからだったら、オドゥは十年以上研究棟に出入りしていたことになる。
「クオードも魔道具師から転職したばかりだったから、彼からは主に魔道具のことを教わり、錬金術はグレン・ディアレスの手伝いをしながら覚えたんだ」
そのうちに火の魔法陣にかけられた鍋からは、ぐつぐつという音と香ばしい香りがただよってくる。オドゥは軽く味見をして塩やスパイスをふってから皿によそった。
「ネリアにとっては何でもはじめての味だろう?魚はマウナカイアでもたくさん食べたからね、今回は僕の故郷カレンデュラの料理が多いかな。秋の実りをふんだんに使ってる」
「カレンデュラの……」
目の前に置かれた皿にはいっているのは、数種類の木の実とキノコのスープだという。コクと甘味があるとろりとしたスープに、キノコの食感がアクセントになっていた。
「すごく……おいしい!」
わたしの前にすわってスプーンを手にしたオドゥが、それを聞いてホッとしたような顔をした。
「口にあったみたいでよかった。ネリアの料理はどれも美味しいけど独特だからね」
「……わたしの料理、そんなに変わってる?」
不安になってたずねると、オドゥは首を横にふった。
「いいや、中庭では焼くだけとか煮るだけとかシンプルな料理しかださないからね。それに自分が食べたいものを作ることで、ネリアは精神的にも落ちつくみたいだし。故郷の料理を再現しているのかなって……。マウナカイアにいく直前はかなり不安定だったろう?」
「……うん」
それはきっと魔力暴走を起こしたころの話だ。うまくなじもうと気を張りすぎてバランスをくずした……みっともないところをレオポルドにもみられてしまった。
「僕もそうだったからね。ここの店主はカレンデュラ出身で、収蔵庫をあけると見慣れた野菜が並んでて……それだけでホッとする。だから給料はたいして高くないけど、ここでのバイトはずっと続けてたんだ」
湯気でくもった眼鏡をはずして脇におき、オドゥもスープを口に運ぶ。
「味の記憶なんてどれもたいしたものじゃないんだ。川で釣って塩を振って焼いただけの魚、山で集めたキノコや木の実……ふかしただけの芋……それなのに、いざ王都で食べたいと思うとどれも難しい。こんなに何でも手にはいる街なのに」
「うん……わたしもこのあいだ市場でアマ芋をみつけたの。それが知っている味によく似てて」
「ネリアがしばらくライアスのかまどに張りついてた原因はそれかぁ」
オドゥはかまどの近くに置いて温めておいたパンを皿にのせてくれる。
「僕の家は山里にあって……食べるものはほとんど自給自足だった。山の恵みもあるし川で魚も捕れたけど……体を動かさなきゃならないし幼い弟や妹のぶんもあるから、子どものときは腹をすかせてた」
パンをちぎってスープに浸しながら、オドゥはため息をついた。
「だからいまでも素材をみるとつい『これ食えるのかな』って考えちゃうんだよねぇ。グレンの目を盗んで素材庫にある素材をかじってみたこともあるよ」
「えっ、素材庫の素材をかじったの⁉」
わたしがびっくりして目を丸くすると、オドゥは「いきなりじゃないよ」と苦笑した。それから皿にのったパンのかけらをつまむと目の前に持ちあげた。
「まずこうやって見るだろ?つぎに臭いをかいでみる。それでだいじょうぶそうかな……と思ったらとりあえず舐めてみる。かじるのはそのあとさ」
そういってオドゥはパンをパクリと食べてしまうと、わざとらしく顔をしかめる。
「……かじって後悔するのが大半だけどね」
「それはそうだよ」
オドゥは立ちあがってかまどにいれた食材の様子をみにいった。
折りたたんだ布巾を手にバットをとりだし、肉汁を回しかけてから皿にとりわける。わたしの前にホカホカと湯気をたてる皿が置かれた。
「リンガランジャの炙り。かまどで焼いたから皮がパリパリでうまいよ」
「ありがとう……あの、オドゥにこんなにもてなしてもらえるなんて、わたし思ってなくて……」
オドゥから秋祭りに誘われたときわたしは深く考えずにうなずいたけれど、オドゥはこんなにもしっかりと準備をしていた。
それだけでなく祭りをみてまわるときも、のどが渇いたり歩き疲れないかと気を配ってくれた。
「ネリアだっていつも僕たちの食事のことまで気をつかってくれるだろ。それにネリア、僕はきみのことが好きだからね」
ふいにオドゥがいって、わたしの手がとまる。美味しいはずの料理の味が急にわからなくなった。
「僕が長年……どうしてもかなえたいと思いつづけた願いを、あきらめてもいいと思うぐらいにはきみが好きだ」
「オドゥ?」
わたしの前にすわる彼の目はどこか虚空をみつめていた。
「きみが僕のことを愛してくれて……空っぽな僕を埋めてくれたらよかったのに」
彼がどんなに孤独なのかひしひしと伝わってくる。
けれど同じようにひとりぼっちなわたしには、彼がいだく空虚な隙間をたとえ自分自身のすべてを使ったとしても、埋められるとはとても思えなくて。
「それは無理だよ、わたしにはできない。オドゥの……いなくなってしまった家族のかわりなんてできないよ」
「ははっ、残念……でも僕はきみのそばから離れないよ」
〝魔力持ち〟は死ぬときに自分たちの体を残さない。魔素が凝縮してできる必要な魔石だけを残し、そうやってすべてが星に還っていく。
わたしは……死んで体からすべての魔素が失われたとしても魔石にはならない。異界の者である証の死体が残るだけ。
グレンとおなじように研究を進めていたとしたら、彼が必要なのはおそらく……。
「僕はきみの体が欲しい……喉から手がでるほどに。グレンが命をかけて召喚した〝異界からきたこの世のものならざる肉体〟……この世界で唯一のもの」
彼は深緑の瞳をわたしからそらさずにゆっくりと細める。それは落ちたら二度と浮かびあがってこられない深い淵のようで。
「だからきみを守るためなら僕はどんなことでもする」
いつかオドゥの願いを叶えるために。
「わたし……わたしは簡単に死んだりしない……」
「わかっている、きみにはグレンのほどこした三重防壁もソラの護りもある。それにさっきいったとおり、僕はきみのことが好きだ。きみの瞳がこうして僕を映しきみの唇が僕の名を呼ぶ……それが僕の魂をどれだけ震わせるかきみは知らないよね。僕はまだ……きみを見ていたい」
そういってオドゥは静かにわたしをみつめた。
「魔力持ちは相手選びがシビアなんだ。魔力がないやつにはわかりにくいけれど、相性の悪い属性だとおたがい不快に感じるからね。その点きみのは〝星の魔力〟だから、だれとでもうまくやれる」
「えっ?」
急に〝星の魔力〟について話しだしたオドゥの、いった意味がわからなくてわたしは聞きかえした。
「魔力が強ければ強いほど、きみに惹きつけられるはずだ……〝星の魔力〟にはすべての精霊がしたがう。光り輝く透き通った泉をのぞきこんでいるような感覚で、きみのことをもっと知りたくなる」
もしかしてミストレイがわたしに懐いているのも、ライアスやユーリがわたしに好意的なのも……。言葉を失ったわたしの耳にオドゥのささやきが聞こえた。
「ライアスかユーリにしておけよ、あいつらならちゃんとした家庭で育ってる。けれどレオポルドはダメだ、〝魔術師の杖〟をつくろうとするな」
ハッとして顔をあげたわたしに、オドゥがグラスのむこうからほほ笑んだ。
「もしもきみがヘマをして命を失うことがあれば……きみの体は僕がもらう。もともとこの世界のものではない死体の所有権なんてだれにも主張できない……早い者勝ちだ」
オドゥはグラスの中にある酒をゆっくり飲みほすと、コトリと置いてたちあがる。
「デザートも期待してて。木の実を使ったタルトにさっぱりしたティナのシャーベットだよ。それから対抗戦の作戦を考えよう」
本当は魔力暴走かマウナカイアの辺りでオドゥにこの話をさせたかったのですが、なかなかこの二人がサシでじっくり話す機会がなく今となりました。












