329.王都の秋祭り 前編
時系列的に秋祭りと対抗戦のどちらを先にするか悩んだのですが、対抗戦を後にしました。
秋を迎え国内各地から収穫された作物が王都に運びこまれる。
この季節は王都民も冬じたくの買いもので忙しくなるし、特産品を手に王都を訪れる各地の領主や商人も増え王都全体がにぎやかになる。
そうして魔導国家エクグラシアの王都シャングリラは秋祭りの季節を迎えていた。
「ネリア!」
四番街のポートで待ち合わせ……ということでそちらに転移すると、にこにこと笑うオドゥがわたしに手をふった。
いつも彼の錬金術師団の白いローブ姿を見慣れていたわたしは目を疑った。
髪はいつもどおりこげ茶で目は深緑……黒縁眼鏡をかけているのは変わらないのに、濃いめのズボンに深緑のベストを合わせ、茶色のジャケットをスマートに着こなしたオドゥは街並みにも溶けこんでいて違和感がない。
「うれしいなぁ、ネリアにはみせたいものがたくさんあるんだ。もちろん食べさせたいものだっていっぱいだよ!」
「えと、よろしくお願いします」
あいさつをするとオドゥは一瞬キョトンとしてからくすりと笑った。
「どうしたのネリア、いつもどおりでいいのに」
「いつもどおりといっても……なんかオドゥもいつもとちがうし」
べつに警戒するわけじゃないけれど、オドゥはいつもグイグイくるからこの距離感にはどうしても慣れない。
そのまま歩きだそうとして……人とすれちがったときにだれかの荷物がわたしにぶつかり、小柄なわたしがはじきだされるようによろけるとオドゥがスッとかばってくれる。
「あ、ありがとう……」
お礼をいうとオドゥは苦笑した。
「女の子にこれぐらいするのはあたりまえだよ。ネリアは王城だと師団長だから、あまり馴れ馴れしくするわけにもいかないしね」
あれでなれなれしくなかったんだ……。オドゥは眼鏡のブリッジをおさえると、本当に楽しそうにわたしに笑いかけた。
「まずは秋祭りを楽しもうか、フィランガの演しものはみたことがないだろう?」
そういわれてオドゥに連れていかれたフィランガは、街角でやる人形劇だった。話の題材は建国の祖、バルザム・エクグラシアの逸話がもとになっていた。
バルザムは仲間たちと険しい山をこえ、迷いこんだら二度とでられないといわれる広大な樹海をこえ、西の荒れ地に住まうドラゴンたちのもとへとたどりついた。
最初バルザムたちは何度も竜王に挑んでは負け、それでもついには竜王を打ち倒してトドメをさす場面で、バルザムは竜王と交渉した。
この地に人が住まうことへの許しと竜王の加護を得ることを。それを竜王が承諾すると契約を交わす場面になる。
こうしてみていると〝竜王神事〟はバルザムが竜王と交わした契約の儀式を再現したものだったらしい。
神事でも使っていた祭壇でバルザムが竜王に魔力を捧げると、彼の髪と瞳が一瞬で赤く変わった。どうやらそれがクライマックスらしく、赤い髪をなびかせ誇らしげに祭壇にたつバルザムにみな拍手喝采だった。
フィランガが終わって舞台にみいっていたひとびとが散ると、オドゥがわたしに話しかけてきた。
「どう?僕は何度も観てるけど、けっこう面白かったろ?」
「……うん」
王都全体が秋祭りの熱気に包まれている。フィランガは終わったけれど、通りのむこうから軽快な音楽が聞こえてくる。
わたしが音にひかれてそちらを見ると、すかさずオドゥがわたしの手をとった。
「収穫祭の踊りだ!踊ろうよネリア!」
「踊れないよ!」
ミーナの靴だってないのに!わたしがあわてていうとオドゥが明るく笑った。
「だいじょうぶ、ステップは簡単だから教えてあげる!」
フィランガがおこなわれていた街角からひとつ辻むこうでは、楽団が軽快な音楽を演奏していた。
「この季節は国内各地で収穫祭がおこなわれるんだ。王都にでてきたやつらもこのときは故郷の踊りを思いだすのさ」
見よう見まねで教えてもらったステップを繰り返すと、オドゥは手拍子を打ちながら「そうそう、その調子!」と楽しそうにうなずく。
オドゥも楽しそうに踊っていて、研究棟ではこんな彼はみたことがないから、わたしは踊りながらなんだかびっくりしてしまった。
『オドゥの案内なら間違いない、きっと楽しめるだろう』
レオポルドがそういっていたことも、いまなら納得できる。
メロディーに合わせて軽快なステップを踏み、笑顔をみせる快活な青年……もしかしてレオポルドがいっていたのは、こっちの彼のことなんだろうか。
体が慣れてきて音楽に合わせてスムーズにステップが踏めるようになると、オドゥがわたしの体を回すたびにスカートのすそがひるがえり、まわりから歓声と拍手が巻きおこった。
そしてオドゥはやはり踊りが上手くて、ソロで激しいステップを披露したときは見物していた女の子たちから黄色い悲鳴があがった、
やがて音楽がとぎれ、動かした体が汗をかいたところで彼はわたしを踊りの輪から連れだした。
「たのしめた?」
「うん」
素直にうなずくとオドゥは眼鏡の奥にある深緑の瞳をやさしく細める。
「よかった、でものどが渇いたろう?」
そういってオドゥはすぐに近くの屋台から、新鮮なティナという果物のジュースを買ってきてくれる。
「ほんとは船着き場があって市場もある六番街のほうがジュースの種類も豊富なんだけど……ティナはこの季節しか採れない果物なんだ。四番街の女優たちに『のどにいい』って人気でね、季節ものだから酒に漬けこんだりして保存するんだ」
「ありがとう!」
受けとったティナジュースに口をつけると、ミュリスよりも甘味が少なくてさっぱりしていた。のどがスッとする感じがして、『のどにいい』といわれているのもわかる気がした。
劇場や飲食店がたちならぶ四番街は華やかで、辻ごとに大道芸や剣劇、ショーなどもおこなわれていて見物客でにぎわっている。
どれも面白くて夢中になりやがて歩きつかれたころ、オドゥは屋台ではなく腰をおちつけてすわれるような静かな店に案内してくれた。
「ここは僕が学園時代に休日働かせてもらった店なんだ。まかない目当てでね」
わたしを席にすわらせてからそういうと、オドゥはカウンターの内側にまわり慣れた手つきでグラスや皿を取りだしはじめた。
「ネリアと屋台の食べ歩きも面白そうだと思ったけれど……あんまりネリアを連れまわすのも疲れちゃうだろうから、僕がごちそうしようかと思ってね」
「え……もしかしてこの店って……」
わたしはがらんとしてひと気がない店をみまわした。
「きょうは貸し切り。……っていうか店主が秋祭り見物にでかけるっていうから、使わせてもらうことにしたんだ」
そういうとオドゥは調理場で火の魔法陣を展開し、手際よく料理をはじめた。
「ここなら料理しながらでもネリアの顔をみて話ができるし……ネリアも僕にいろいろ聞きたいことがあるだろう?」
前にライアスがいっていた「オドゥは料理が上手い」というのは本当だった。
彼の手つきは本当にプロの料理人のそれで、すぐにわたしの前には魔法のように前菜を載せた皿と冷えたグラスが置かれる。
「マール川でとれた魚を酢とオイルで和えたものだよ。そのままだと脂っこいから塩を振って酢でさっぱりとしあげたんだ」
「いただきます」
おそるおそる皿に盛られた魚の切り身を口に運ぶと、さっぱりした風味のあとにねっとりした甘みが舌のうえにひろがり、かみしめる間もなくさっと溶けた。
「甘い!」
わたしがおどろいて声をあげると、オドゥは立ったままで自分もグラスを口に運びながら優しく目を細めた。
「よかった、ネリアって本当においしそうに食べてくれるから作りがいがあるよ」
「なんかオドゥってすごい……」
オドゥのことを知れば知るほど得体がしれない……けれど一緒にいると何もかもが心地いい……こちらが考えることをやめてしまいたくなるぐらいに。
考えることをやめて何もかも彼に任せたらどんなに楽だろう……そう思わせてしまう。
だからこそ気が抜けないのだけど……わたしは彼に質問した。
「あの……オドゥがグレンにであった頃の話を聞かせてくれる?」
その質問がくることはオドゥも予想していたらしい。すぐに答えがかえってきた。
「はじめてグレン・ディアレスの名を知ったのは魔術学園に入学した年だ。同じ学年にレオポルドがいておどろいたよ。魔力を高めるためとはいえ、自分の血をひいた息子の成長をとめたりするか……ってね。そう思うと同時に彼に興味をもった。研究のためならそこまでする男に」
楽しくてしかたない感じのはしゃぐオドゥを書きたかったのです。
このあとどんな会話が交わされるのか……。









