327.北の平原
「レイン、気をつけていけよ」
「ああ」
出発準備をしていたベテラン竜騎士のレインに副官のデニスが声をかけると、紺色の髪をしたレインは重々しくうなずいた。それでもなおデニスは心配そうな顔をしていた。
「くれぐれも……あのことは錬金術師団にバレないようにな」
「わかっている、団長もあのとおりネリア嬢からは距離をとっているだろう」
竜王がネリアに腹をなでてもらいたがってる……などとバレたら竜騎士団は終わる。
錬金術師団の連中はともかく魔術師団のやつらにまで、腹をみせて寝っ転がるミストレイなど見られたらどんな冷笑を浴びることか。
錬金術師団が参戦すると聞いて、竜騎士たちの頭に浮かんだのはまずそれだった。
そう、竜王の威厳と竜騎士団の威信にかけても、ネリアに可愛がられてデレッデレになったミストレイを見せるわけにはいかないのだ!
こうしてそれぞれの思惑を胸に、錬金術師たちと竜騎士、それに魔術師をのせたドラゴンが大きく翼をひろげ、シャングリラ王城にある竜舎から空高く飛びたった。
ドラゴンの背に乗れば北の平原まではすぐだった。北のアルバーン領へむかう魔導列車の線路からもかなりはずれた場所にあり、周囲を流れる川もなくただ草ぼうぼうの平坦な土地がひろがっている。
蒼竜ミストレイの背には竜騎士団長であるライアスの前にアレクが、後ろにはヌーメリアが乗った。
マウナカイアにもやってきた白竜アマリリスの背には、竜騎士レインとヴェリガンとカーター副団長が、レオポルドが操る白竜アガテリスには魔術師団のバルマ副団長とユーリがそれぞれ乗った。そして……。
「へーライガの後部座席ってドラゴンよりも風当たりが強いね。ネリアはちっちゃいから風をさえぎってくれないしなぁ」
「ちっちゃいちっちゃい言うなー!」
ライガにまたがったわたしの後ろには、黒縁眼鏡をかけたこれといって特徴のない錬金術師、オドゥ・イグネルがすわっている。
「だいじょうぶだよ、ちっちゃくても抱きついていると温かいし」
「抱きつかないでください!」
「えーだって堕ちたらこまるもん」
こいつ……さっきまで青ざめてたくせに!
「作戦……たてるんだから、ちゃんとまわりを観察してよね!」
うしろにすわるオドゥをふりかえって文句をいうと、オドゥは眼鏡のブリッジに指をかけて周囲に視線をめぐらせた。
「まわりねぇ……ドラゴンが三体飛んでいる、眼下には草原がひろがっている……以上だね」
「それ、わたしでもわかるんですけど……」
唇をとがらせたわたしにむかって、オドゥが眼鏡の奥から優しく笑いかける。
「せっかく二人で飛んでいるんだしさぁ、秋祭りにどんな屋台をまわるとかそんな相談でもよくない?」
「よくない!」
それぐらいならいいかと思い、秋祭りにはオドゥと出かけることにしたけど……。
まじめにやる気がなさそうなオドゥは放っておいて、わたしは北の平原を見おろした。まわりに人家もなくただひたすら茫々とした草原になっている。
その光景はどこか荒涼としたデーダス荒野を思いださせた。
「ここで毎年〝秋の対抗戦〟をやるの?」
「そう、毎年。草は焼かれ大地はえぐられ……ここは戦場になる。だからそれ以外に使われることはない土地だよ」
「こんなに広くて平坦な土地なのに……」
王都シャングリラにもほど近くて開発すればほかにいくらでも使い道はありそう……それがただ戦場として使われているということが不思議な気がした。
「そっか……ネリアにはそれが不思議なんだ……僕らにとってはあたりまえのことだけどね」
「あたりまえなの?」
オドゥは気持ちよさそうに風に当たりながらうなずいた。
「だってこの場所で五百年前にバルザムと当時の竜王が戦ったんだ。対抗戦をやるとしたらここ以外ありえないだろう?」
「そっか……ここで実際にドラゴンと人間が戦ったんだね……」
もういちど平原を見おろしていると、ライアスからエンツが飛んできた。
「ネリア、下に降りよう。対抗戦の開始となる場所を教えておきたい」
地表にむかって下降したミストレイから飛び降りながら、ライアスは風の魔法を発動して周囲の草を円形に刈りとった。うわ、ライアスってばミステリーサークルもつくれそう!
ミストレイの後につづき二体の白竜と、ライガに乗ったわたしたちが地上に降りたつ。なぎ倒されたばかりの草からは鼻がむずがゆくなるような枯草の香りがした。
ライガを降りて草を踏んだオドゥは、ライガを収納するわたしに声をかけた。
「ライアスが草刈りしてくれてよかったね、ちっさいネリアだと草に埋もれちゃいそう」
「ちっさいちっさい言うな!」
けれどたしかに……上空からはただ草が風になびいていると思えた草原は、草丈が高くて大人の胸ぐらいまであり、小柄なわたしだとすっぽりと隠れてしまう。
「ここでどんな風に戦うの?」
「竜騎士団は上空、魔術師団は地上に展開する。そのままだとドラゴンが有利だが数は魔術師たちのほうが多い。錬金術師団はネリアのライガがあるとはいえ、展開するのは地上だろうか」
「そだね……」
ライアスに教えられてわたしが空を見あげていると、レオポルドが冷たい視線を寄越した。
「ライガで空を飛んだとしても格好の的だろうな……三重防壁を保ちつつ飛びまわるのは骨が折れるだろう」
「…………」
ライガは当然警戒されるだろう……オドゥはライガに乗っていたときとはうって変わって、眼鏡の位置を調整しつつ無言で周囲を見まわしていた。
『観察せよ』
わたしは研究棟にそろった錬金術師たちに、グレンがよく使っていたその言葉を伝えた。
観察せよ。
事象を読み解け。
すべてを根本から作り変えるために。
この平原を巨大な錬金釜にみたて、戦場となる空間を支配する。
錬金術師団で勝利をつかみ竜玉を手にいれる。
そのためにアレクも連れてきた。誰だっていい、何だっていいから気づくことがあれば教えてほしい……そういって。
アレクは面白そうに草のうえを走り回っていたかと思うと、いまはしゃがみこんで地面を見つめていた。
(師団長……ちょっと!)
魔術師団副団長のメイナードは、ぐいっとレオポルドが着るローブの袖をひっぱると遮音障壁を展開する。
「なんだ」
そして眉をひそめる自分の上司に注意した。
(なんだじゃないですよ、ネリス師団長ともっと会話してください!竜騎士団長だって彼女のすぐ近くにいるじゃないですか!)
「……は?」
(マリス女史から『くれぐれも』と念を押されてるんですから。錬金術師団の目的とか狙いとか、どういう攻撃をしかけてくるつもりなのかとか、師団長のあなたが探りをいれなくてどうするんですか!)
「しかし……」
いいかえそうとしたレオポルドに、いつもとちがい表情を消したメイナードが真顔でたたみかける。メイナードの目がすわっている。
(しかしもへったくれもないです。魔法結界の構築に夜中までかかったの、忘れたわけじゃないでしょう!ウチの被害を最小限に抑える……すでに戦いは始まっているんですよ!)
「…………」
そう、戦いはすでに始まっている。
ライアスはネリアにぴったり張りついて彼女の質問に答えながら、彼女が何に興味を持つかを探っている。
たがいの師団にとってはメンツをかけたこの戦いに負けるわけにはいかないのだ。
レオポルドはため息をついた。
「……努力しよう」
「努力ではありません……師団長なら求められることぐらい、おわかりでしょう」
メイナードの目がマジですわっている。自分の苦手とするところではあるが、本気で挑んでくる竜騎士団や錬金術師団から塔の魔術師たちを守るためには、ネリアに話しかけることぐらい簡単だ……そういいたいのだろう。
メイナードが遮音障壁を解くと、レオポルドはすこしだけためらってから、ライアスと話をしているネリアに近づいていった。
こいつら……戦いとなると目の色が変わりやがる。
今回ネリアを乗せれなくてミストレイはちょっとしょんぼりです。
 









