326.現地視察
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エクグラシアが誇る双璧のひとつ、魔術師団の塔では最上階にある師団長室で作戦会議がおこなわれていた。
「ですから!対策の立てようがありません!錬金術師団が参加するなんて想定外です!」
メイナード・バルマ副団長が訴えると、マリス女史も困りはてた顔でうなずく。
「錬金術師団ならば……戦闘用オートマタや爆撃具なども繰りだしてくるかもしれませんね」
「それだけじゃありません、あのとんでもない錬金術師団長に、わが魔術師団の精鋭たちが紡ぎあげた魔法結界を粉々にぶっ壊されたのは忘れられませんよ!事情を聴こうとしたら彼女……『え?そんなのあったっけ?』なんてキョトンとしてたんですよ!」
「…………」
腕組みをしたままで二人の話を聞いていたレオポルドの眉間にも、そのときのことを思いだしたのか深くシワが寄る。
あのときあれはとつぜん目の前にあらわれた。一方的にまくしたて、レオポルドが返事をすると満足したのかすぐに転移していったが……その勢いにのまれるように、まったく動けなかった自分にも腹がたつ。
『あ、それと秋の対抗戦ですが錬金術師団も参加します。勝った師団には賞品が与えられるのですよね。その賞品として錬金術師団は〝竜玉〟を要求します』
わりと軽い口調であの娘はそういった。
対抗戦はエクグラシアの祖バルザム・エクグラシアが〝竜王〟と契約する際に、己の力を示すために三日三晩ドラゴンと拳で語りあった……とされる故事に由来する。
勝った師団には望む賞品があたえられる……ならば竜玉が欲しいのだと。
北の平原はまさしくバルザムと〝竜王〟が戦った場所で、毎年そこで魔術師団と竜騎士団は激しい戦いを繰りひろげる。
昨年おこなわれた〝秋の対抗戦〟は、新しい竜騎士団長ライアスを迎えた竜騎士団の圧勝だった。
若き竜騎士団長にドラゴンや竜騎士たちのテンションが爆上がりし、嬉々として鬼気せまる猛攻撃を魔術師団にたたきこんだのだ。
プライドの高い魔術師たちはなによりも〝負ける〟ことを非常に嫌う。彼らが昨年の雪辱に燃えているところにもたらされた、錬金術師団が参加するという知らせ……。
なかには「錬金術師団?はん、余興にもならないわね」と錬金術師たちをバカにする者もいたが、崩された魔法結界を必死に構築するハメになった魔術師は一様に青ざめた。
あれが北の平原に現れる……だと?
完璧な三重防壁を誇り、どれほど優れた魔術師が時間をかけて強固に築きあげた魔法結界であろうと、一瞬で砕いてしまうほどの魔力の塊……そんな非常識な存在が対抗戦に乱入してくるとは。
「錬金術師たちの情報もですが、ネリス師団長についても謎だらけなんですよ?」
メイナードの指摘はもっともだが、あの娘は人懐こいようでいて人を寄せつけないところがある。
アーネスト国王は出自がハッキリしないグレンを王城に迎えたときと同じように考えているようだが、あの娘は何かが決定的にちがう気がする。
それはきっとあの娘自身、ライアスにも明かせないでいることなのだろう。
(何を隠している……)
だがそれを暴いたところで、師団長室で崩れ落ちたときのようにあの娘は消え去ろうとしてしまうかもしれない。
『ひとりぼっちだよ……わたし、いつまでたってもこの世界の人間にはなれない……』
あれはどういう意味なのか……。
そのとき竜騎士団長のライアスから、レオポルドあてにエンツが飛んできた。
「レオポルド、ネリアたち錬金術師団を北の平原に案内するのだが……お前もくるか?」
そのとたんバルマ副団長とマリス女史からレオポルドへ、すがるような視線がむけられた。
(師団長、お願いです!)
(錬金術師団の情報を!すこしでも多く!)
二人から視線で必死に訴えられたレオポルドは眉間にシワをよせ、ため息をつくとライアスからのエンツに返事をした。
「……わかった、いまいく。アガテリスの用意をたのむ」
わたしたちはライアスに頼んで、北の平原を見るためにドラゴンたちに連れていってもらうことにした。
総大将はオドゥに任せたけれど、作戦をたてるのは対抗戦がおこなわれる北の平原を見てからだ……と彼がいったからだ。
錬金術師たち全員で竜騎士団に転移すると、緑の髪をした副官のデニスさんがにこやかに出迎えてくれる。
「ネリス師団長!エンツをいただいてお待ちしてました。ミストレイも待ちきれないようですよ」
「こんにちはデニスさん、竜騎士のみなさんもきょうは本当にありがとうございます!」
お礼をいうとレインさんやヤーンさんたちが手をふってくれたけれど、デニスさんは心配そうに眉をさげた。
「ですが……本当に対抗戦に参加するおつもりですか?その……ドラゴンに踏まれたり、魔術師の炎に焼かれたりするかもしれませんよ?」
「う……どっちもイヤですけどがんばります。ねっ、オドゥ?」
そういってオドゥを見あげると、彼は青ざめた顔で胃のあたりをおさえている。
「僕は無謀だ……と思っているよ。正直もぅ竜玉欲しくなくなってきた……」
それをみていたユーリは、オドゥの横で腕を組み苦笑している。
「そうですか?僕は面白いな……と思っています。魔術師団、竜騎士団ともにエクグラシアが誇る双璧ですし、胸を借りるつもりで暴れたいです」
「ふん、私はあのキラッキラの甲冑を身につけた竜騎士どもを地にたたき落としてやりたいわ。あやつら私が調整した装備を雑に扱いおって……」
カーター副団長が竜騎士たちのキラキラした甲冑をにらみつけてぶつぶつ言うと、副官のデニスさんがもうしわけなさそうな顔をした。
「雑に扱っているつもりはないのですが……戦いに集中しているとどうしても気が回りませんで……」
「ふん、勝てば竜玉をいただくからな、キッチリ用意しておけ!」
そういってカーター副団長はデニスさんをギロリと見すえたけれど、そこはさすがにデニスさんも「いえ、勝つのは竜騎士団ですから。そこはゆずれませんよ」とにっこりと笑顔をかえした。
なんだかもう前哨戦がはじまっているみたい。
グオオオオオオオゥ!
竜舎の前でミストレイはきょうもひときわ元気なおたけびをあげていた。
「ライアス!ミストレイの調子はどう?」
ミストレイの横にいたライアスが眩しい笑顔をみせる。
「バッチリだ。むしろネリアがくるので張りきりすぎていないかと心配になるぐらいだ」
わたしがミストレイを見あげると、ミストレイは金の瞳をほそめて嬉しそうにしている。
「ミストレイ、お願いがあるの。きょうはアレクとヌーメリアをのせてあげてくれる?」
「グオッ⁉」
ミストレイの口が叫びとともにパカーンとあき、口にならんだするどい牙が丸見えになる。背が低いわたしは牙にむかって話しかけた。
「ミストレイの背中は大きくてとっても安定感があるもの。エクグラシアの竜王に乗れるなんてアレクには一生の記念になるよね!」
「グ……グォ……」
ミストレイは小さくうめき声をあげたかと思うと、いきなりライアスにむかって硬そうな尻尾を振りあげた。
ライアスは瞬時に風の盾をひろげ、ガシっとその攻撃を受けとめるとミストレイにいい笑顔をみせた。
「ミストレイ……ネリアの〝お願い〟だぞ。聞けないのか?」
「グ……グルゥ……」
「えっ、ミストレイなんだかようすがおかしくない?」
「だいじょうぶだネリア、ちょっとした八つ当たりだ。気にするな」
「そう?」
なんだかしおしおとした感じでミストレイが腹ばいになると、ライアスはテキパキとアレクとヌーメリアをミストレイに乗せた。
錬金術師たちが竜騎士たちの手を借りてそれぞれドラゴンに乗りこむと、入り口からレオポルドと魔術師団のバルマ副団長が連れだってやってくる。
「レオポルドたちもいくの?」
「ああ……一年ぶりだからな。北の平原をみておきたい」
レオポルドはいつもどおり不愛想にうなずき、横にいた紫の髪をしたバルマ副団長が穏やかな笑みをうかべた。
「よろしくお願いしますネリス師団長、今年は錬金術師団も対抗戦に参加されるとか……どうかお手柔らかに」
「あ、勝つつもりなのでそれはムリです」
そう返事をしたらバルマ副団長の表情がピキリと固まった。
「そ、そうですか……勝つつもり……つまり魔術師団をコテンパンにすると……」
「できたら……ですけど、そうしたいと思ってます!」
にっこり。固まったバルマ副団長の横でレオポルドの冷気が高まった気がした。
現地視察のはずが現地まで行っていないのは、最初予定になかったレオポルドをねじ込んだから。
彼が加わってもにぎやかにはならないのでバルマさんも連れてきた。












