325.父の決意
「え?『黄金を創りだせ』……アルバーン公爵夫人たちからそういわれたの?」
研究棟にもどってきたカーター副団長とオドゥから話をきいたわたしは目を丸くした。
錬金術っていうぐらいだから〝黄金〟を創りだすことは主要な研究テーマのひとつではあるけれど……。
ちょうど工房には錬金術師たちが勢ぞろいしていて、わたしは王城や貴族たちの動向にもくわしいユーリにたずねた。
「ユーリ、公爵夫人はどうしてそんなことをいったのかわかる?」
「……おそらくあてこすりでしょう。王太后主催の茶会であれば彼女たちは出席しなければなりませんし、出席すればカディアンの婚約を認めることになる。おもしろくないでしょうね。メレッタのドレスは王城の服飾部門が用意しますが、妃ではない彼女に宝石などはまだ用意されない……そこを突かれたのかと」
「メレッタは宝石など欲しがるような娘ではない!」
ギリギリと歯を食いしばるカーター副団長をなだめるようにユーリは手をあげた。
「もちろんです、それにこれは何というか……どう切り抜けるか反応を楽しんでいるんですよ。貴婦人たちには余興のひとつです……僕も彼女たちのそういうところが苦手ですね」
「余興……」
オドゥが眼鏡のブリッジに指をかけ、心配そうにわたしをみてきた。
「公爵夫人はきっとネリアにも茶会の席で『こんどの師団長は黄金も創りだせないのか』といってくるだろう。グレンだってそんなのできなかったのにね」
わたしはオドゥの心配そうな顔をじっと見かえした。どう切り抜けるか反応を楽しんでいる……それはオドゥ・イグネル、あなたもね。
カーター副団長を貼りつかせた意趣返しだろうか、眼鏡の奥からこちらをみる彼の瞳は底知れぬ淵のような濃い深緑色をしていた。
「うーん……茶会ってつまり参加者が楽しめればいいのよね。前にミーナたちから茶会にもいろんな形式があるって聞いたわ」
「もてなしとかは王城のスタッフが考えますから……今回はネリアとメレッタ嬢を紹介するだけだと思いますけれど」
王太后主催の茶会……こっちの世界では一番格式が上だろうけれど、日本にも茶道がある。
武将たちが武器をはずし狭い茶室につどう……それは外交の場でもあった。
そこでのふるまいが評価されるとしたら、わたしはともかくメレッタの評判をさげるようなことはしたくない……。
わたしが考えこんでいると副団長が決意したように顔をあげた。
「ネリス師団長、素材庫に眠っている素材を使わせていただきたい!」
「素材庫のって……まさか本当に〝黄金〟でも創るつもり?」
うちでの小槌にミダス王の金……ひとびとが憧れる豊かさの象徴……。
ざくざくとあふれる黄金が部屋を埋めつくす……そんな光景にひきつけられる人は多いだろう。でもこの研究棟で〝金〟を創りだす研究はしていない。
「あのようにいわれて黙っていられるか、それにやってみなければわからん……」
カーター副団長はカッカしていたけれど、その言葉はだんだん小さくなった。彼にも自信はないのだ。わたしは首を横にふる。
「ダメだよ……その研究は許可できない」
「不可能を可能にするのが錬金術師であろう!」
ギッとにらみつけてくる彼にひるんだらここで負けだ。わたしもグッとお腹に力をいれてにらみかえした。
「不可能だとはいってない……核融合や核分裂で新しく原子核を組みあげれば〝金原子〟を生みだすことはできるかもしれないけれど、ほかの物質から金を創りあげるよりも……金の鉱脈を探すほうがはやいわ」
「……不可能ではないと?いやそれより鉱脈など探している時間はありませんぞ!」
いいつのる彼にわたしはふたたび首を横にふる。〝黄金〟を創りだそうとすればドツボにはまる。それにみんなが欲しいのは豊かさの象徴だ。
「メレッタの身を飾ればいいのでしょう?錬金術師らしい方法で。それを参加者が楽しめればいいのよ」
「錬金術師らしい方法であいつらを楽しませる……だと」
カーター副団長はけげんそうな顔をした。
貴族たちが集まるサロンで錬金術師たちがデモンストレーションをやってみせるのはよくあることだった。奇想天外な実験で目をひき、パトロンたちに研究資金をださせていたのだ。
「ネリア……クリスタルビーズのことならすでにみな知っています。目新しさはないですよ?」
心配そうに口をはさんだユーリに「ちがうわ」と答えて、わたしは目をむいた副団長に自信たっぷりにみえるように笑いかけた。
「前々からやりたいと思ってたの。〝素材錬成〟……竜玉が手にはいるまではヒマでしょうし、オドゥも手伝ってね!」
そう呼びかけると眼鏡のブリッジを指でおさえたオドゥが、観察するようにこちらにむけていた深緑の瞳をすっと細めた。
「……仰せのままに。師団長はきみだ、ネリア・ネリス」
クオード・カーターはその日いつもどおり帰宅した。六番街にある市場に寄ってマール川から水揚げされた新鮮な魚を手にいれる。
彼が魔道具師をしていたころに手にいれた彼の家は、魔道具ギルドにほど近い三番街にあった。
こじんまりとした二階建ての家は玄関から通りまでの間に小さな前庭もついていた。ネリアがライガでアイリを連れて降りたった庭だ。
「ただいま」
「おかえりなさい、お父さん!」
家の奥からすぐにメレッタの元気な声が聞こえて、クオードはほっとした。
「かわりなかったか?」
彼をでむかえた娘のメレッタはいつもどおり元気いっぱいだった。
「だいじょうぶよ、魔道具ギルドから家まではカディアンが送ってくれたの。それに家に押しかけてきた人たちはみんな、お父さんが仕掛けた防犯具に撃退されたみたい」
「そうか……あとで仕掛けを見直しておこう」
メレッタはクオードがさげた包みに目をとめた。
「うん。きょうはお魚買ってきたの?」
「ああ、あとでさばいて塩を振っておく……明日の朝焼けばうまかろう」
「じゃあ明日はお魚ね、私お魚好きよ!」
にっこりと笑ったメレッタは、明るい室内にはいってきたクオードの顔をみてすこし心配そうな顔をした。
「だいじょうぶ?お父さん、なんだか疲れているみたい……」
クオードは首を横にふった。
「なんでもない、お前のことできょうは城でもいろいろな人に話しかけられてな。メレッタが学園の寮にもどるのはいつだ?」
クオードは魚をキッチンの収蔵庫にしまいお湯を沸かした。それをみたメレッタも心得たようにお茶の用意をはじめる。
「魔道具ギルドの実習も終わったし、秋祭りが終わったらもどるわ。でもその前に王太后様主催の茶会に出席するんだって。きょうリメラ王妃の補佐官さんが家にきて説明してくれたの」
人数分の茶器をそろえたトレイをメレッタから受けとりながら、クオードは眉をひそめた。
「その王太后主催の茶会とやらに……メレッタがでる必要はないんじゃないか?」
「うん、そうなんだけどね。ホープさんが説明してくれたの。茶会に出席さえすればあとはお妃教育とかもなしで、入団したらずっと研究棟にいていいって。だからそれぐらいはしてもいいかなって」
「だがお前はそのような場所にふさわしい装いなど何も持っていないだろう?」
メレッタはきょとんとした顔で父を見あげたあと、可愛らしくウィンクした。
「だいじょうぶ、私も学園生のローブでいいかなって思ってたけど、ドレスはお城で用意してくれるっていうし。それにお父さんいつもいってたじゃない、『アナ譲りの綺麗な紫の瞳がメレッタには何より貴重な宝石だ』って。私はこれだけでじゅうぶんよ」
「ああ、そうだな……何よりも貴重な宝石だ。アナを呼んできてくれ、リビングでお茶にしよう」
メレッタがアナを呼びにいき、クオードはひとり静かにならんだ三つの茶器にお湯を注いだ。魔法陣を使えばすぐに温められるが、わざわざお湯を注ぐのは儀式のようなものだ。
「婚約などする必要はない……だが」
たちのぼる湯気をにらみつけたまま、クオードはひとり拳を握りしめてつぶやいた。
「メレッタ……お前こそが何よりも素晴らしい宝石なのだと、錬金術師たる私が証明してみせる」
えっ、クオードがなんかカッコいい……。













