324.カーター副団長、絡まれる
今回はクオードとオドゥです。
王城内でもひときわ目立つ白いローブ……錬金術師団のローブを身につけられるのはいまのところ師団長のネリア・ネリスを筆頭に七名いる。
そのなかの二人、オドゥ・イグネルとカーター副団長は本城の廊下を連れだって歩いていた。
カーター副団長は一人娘のメレッタがカディアン第二王子と婚約したことにより、王城内ではいま一躍時の人となっている。
「カーター副団長……王城内の魔道具の点検なんてネリアのいう雑用じゃないですか、わざわざついてこなくていいんですよ」
「何をいうか遠慮するな、お前の仕事ぶりをじっくりと見てやろうというのだ」
「はいはい……」
げんなりとした顔のオドゥとは対照的に、カーター副団長はギラギラとやる気に満ちあふれていた。そんな二人に声をかけてきたものがいる。
「おお、カーター副団長ではないか!」
ふりかえるとデゲリゴラル国防大臣が満面の笑みで近づいてくる。
「これは……デゲリゴラル国防大臣、遠征隊の出発式以来ですかな」
「聞かせてもらったぞ、まったくめでたい話だ!どうだろうか、うちの娘のライザはメレッタ嬢とは年もちかい……話があいそうじゃないか。こんどお嬢さんを連れてぜひ家に遊びにきたまえ!」
「……めでたいですと?」
いま一番触れられたくない話題にカーター副団長の目がギラリと光った。
けれど国防大臣のほうはそんな副団長のようすには気づかず、背をそらして自慢のあごヒゲをなでてつづける。
「そうとも!だが平民の身で王族の一員となれば気苦労もおおかろう。ライザもあれで心優しい娘だから『メレッタさんの力になりたい』と申しておってな」
「まだ婚約しただけです!王族の一員などと……!」
カーター副団長の抗議を、デゲリゴラル国防大臣は自分に都合がいいように誤解したらしい。
「なに、私も大臣のはしくれ……貴族には顔も効く。有力貴族に顔つなぎをするならひと役買ってやろう……まずはメレッタ嬢をうちに……」
「あら……デゲリゴラル国防大臣じゃございませんか」
話している途中で国防大臣の話をさえぎることができるのは高位貴族ときまっている。大臣とカーター副団長がふりむくとひときわ華やかな一団がいた。
「これは……アルバーン公爵夫人に、メイビス侯爵夫人……麗しき貴婦人がたがお揃いとはさすがに王城は華やかですな、ごきげんうるわしゅう」
デゲリゴラル国防大臣は爵位でいえば伯爵……貴婦人たちより位は低いため、うやうやしくあいさつをかえした。
だが彼の返事は気にも留めていないようすで、彼女たちの視線はカーター副団長に注がれていた。
「そちらの白いローブ……錬金術師団のかたたちかしら。大臣、紹介してくださらない?」
カーター副団長は眉をひそめた。いままで彼は王城内を歩いても、こういった貴婦人たちから話しかけられたことはない。
彼女たちは師団長には敬意をはらっても、一介の錬金術師には目もくれない。いまだって彼女たちはクオードに直接話しかけることはせず、国防大臣ごしに話そうとしている。デゲリゴラル大臣は目をまたたいた。
「おお、失礼しました。こちらは錬金術師団のクオード・カーター副団長、それと彼の弟子であるオドゥ・イグネルです。カーター副団長、こちらはアルバーン公爵夫人にメイビス侯爵夫人……王都の貴婦人たちのなかでも、ひときわ華やかなかたたちだよ」
「ごきげんよう、カーター副団長」
「わたくしのことはおわかりかしら?娘のディアがメレッタさんとは同級生ですの」
にっこりと笑うミラ・アルバーン公爵夫人の横で、メイビス侯爵夫人もほほ笑んだ。
クオードはダルビス学園長とは親しいが、メレッタの用事で学園に行くことはあまりなかったため重々しくうなずいただけだった。
「ごきげんようご婦人がた……では私はこれで」
きびすをかえしたクオードの背中にミラ・アルバーンの呼びかけが刺さった。
「お待ちなさいな、わたくしたちお嬢様の婚約をお祝いしたく思っておりますのよ」
どいつもこいつも……私はメレッタの婚約など認めておらん!クオードはそうさけびたかった。
たしかに第二王子が自分の弟子となることを認めた。メレッタも父とおなじ錬金術師になりたいという……その必死な訴えにほだされただけだ。
そうしたらあの王子が卒業パーティーにメレッタをエスコートするといいだし、妻のアナがそれを何よりも楽しみにしている。
アナに苦労をかけてきた自覚はあるだけに、「あなたと結婚して本当によかったわ」とまでいわれてしまうと、クオードはそれ以上口をはさめなかった。
不機嫌そのものといった顔つきでクオードはふりかえったが、もともとそういう顔立ちだったせいか貴婦人たちにそれをとがめられることはなかった。
「本当におめでたいことですわ、なんといっても国の慶事ですもの」
「ね、王太后さまからわたくしたちにもお声がかかりましたの。茶会でお嬢様にお会いできるのを楽しみにしておりますわ」
「……それはどうも」
眉間にシワをよせたまま返事をするカーター副団長に、ミラがゆったりと笑いかけた。
「カーター副団長にお願いがありますの。殿下がたお二人を魅了した〝錬金術〟とやらを、わたくしたちにも見せてくださらない?」
「……は?」
錬金術を見せろといわれてさらに眉間のシワが深くなった副団長に、ミラは小首をかしげて提案した。
「そうね……錬金術師なら黄金を創りだす研究もしているのでしょう?それでメレッタ嬢の身を飾ったらどうかしら」
「まぁ公爵夫人、素晴らしいお考えですわ。できた黄金をメレッタ嬢が身につけて王太后主催の茶会に出席すれば、だれもが錬金術のすばらしさを認めますわね!」
メイビス侯爵夫人もあいづちをうち、周りにいた貴婦人たちも「それはいいわね」「素晴らしいわ」と口々にうなずく。
「…………」
錬金術……古来よりだれをも魅了してやまなかった〝黄金〟を創りだす研究……だが研究が進んで素材のいろいろな性質がわかっても、〝金〟をその手から創りだすことに成功した錬金術師はいない。グレン老でさえも不可能だった。
「メレッタに……恥をかかせるつもりか」
ギリッとにらみかえすように問いかけると、ミラは困ったような顔で扇を口元にあてた。
「あら難しかったかしら、無理なさらなくていいんですのよ。錬金術師のご令嬢ならそれぐらい簡単かと……不勉強でごめんあそばせ」
「そうね、わたくしたちメレッタ嬢をひきたてたいだけですの」
「…………」
カーター副団長がいいかえす言葉を探して歯を食いしばりながらだまっていると、彼の後ろから目立たない中肉中背の錬金術師が声をかけた。
「失礼、副団長そろそろ作業にとりかからないと昼までに修理が終わりません」
話に割ってはいった無作法な錬金術師にミラは眉をあげた。
「んま、オドゥ・イグネル……これが研究三昧で婚約者をかえりみず、しびれをきらした相手に捨てられた男ね」
「それが正解ね……うだつのあがらない錬金術師など相手に選んでは苦労するだけですもの。殿下がたも酔狂だこと……でも男の子なら魔導列車に憧れる気持ちもわかりますわ」
口々に勝手なことをいって華やかな一団が去ったあと、デゲリゴラル国防大臣が気まずそうに手をふった。
「あ~なんだそのカーター副団長、がんばってくれたまえ。うちに遊びにくる話はまた今度でいいから、なっ?」
デゲリゴラル大臣はそれだけいうとさっさと逃げだしてしまった。公爵夫人たちににらまれてまでメレッタの味方になるつもりはないらしい。
「もとより遊びにいくつもりなどないわ!あのクソ大臣が!」
カーター副団長が毒づくと、後ろにいた彼の一番弟子が眼鏡のブリッジに手をかけた。
「研究棟にもどりましょう副団長、いまの話は師団長にも教えないといけません」
 









