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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第二章 錬金術師ネリア、師団長になる
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32.非常識な訪問

よろしくお願いします。

 その夜、わたしは師団長室から中庭にでた。


 師団長室と居住区で取り囲まれた中庭の小さな空にはふたつの月が浮かんでいる。


『ふたつの月の存在が魔力……つまり魔素の存在に影響を及ぼしていると思われる』


 グレン爺のちょっとした講義を思いだす。


「さあて、行きますか……ソラ!行ってくるね!」


「ネリア様お気をつけて」


 わたしは腕輪から『ライガ』を展開すると、空へ飛び上がった。中庭からソラが見送ってくれる。


 ぐんぐんと上昇して、王城全体が見渡せる位置まで来る。


(どこかな?)


 王城の裏手にポツンとある錬金術師団の『研究棟』と違って、魔術師団の『塔』は、竜騎士団と『天空舞台』のある大きな建物を挟んで反対側にあると聞いた。


 王城の両脇、向かって右側が魔術師団、左側が竜騎士団で、まさしくシャングリラを支える双翼と言えよう。


(きっとあれね!)


 魔術師団の『塔』は高さがある造りになっており、師団長は主に転移陣で移動して歩くことがないため、最上階に師団長室は作られていると聞いた。


「こんばんは!」


「……何しに来た」


 わたしがライガに乗ったまま、『塔』の最上階に取りつけられた窓から声をかけると、銀の髪と黄昏色の瞳をした人が、不機嫌そのものの顔で腕を組みわたしを睨みつけてきた。


 魔術師団の黒いローブは脱いでいて、白いシャツに黒のトラウザーズというシンプルなスタイルだ。シャツは腕まくりをして胸元も寛げているし、銀髪は邪魔になるのか紺色の紐で結んである。


 書類を片付けていたらしい彼が座っていた書物机の前に降り立つと、わたしはライガを畳んで腕輪に収納し、少し緊張して背筋をのばした。


「グレンの魔石を見せてもらいに。それとお礼を言いたくて。今回はいろいろお世話になりました。ありがとう!」


 レオポルドはしばらくわたしを睨んでいたが、ため息をつくと立ち上がった。


「非常識な時間に、非常識な場所から、非常識な来訪だな……」


「う……すみません」


 思い立った時に後先考えずにすぐ行動するのが、わたしの悪い癖だ。気になって気になってしょうがなくなったら、じっとしていられない。レオポルドが壁に手を当てると、何もなかった壁に小さな扉が現れた。扉を開けて小さな木箱を取りだすと、わたしの前に置く。


「これだ」


 ビロードが敷かれた木箱から取りだされ、コトリと置かれた拳大の魔石は、青みがかった鈍い銀色をしていた。


「……触っても?」


 レオポルドが黙って頷き、わたしは恐る恐るグレンの魔石に手を伸ばす。


 触れても撫でても何も感じられない……ただそこに力をたたえた石があるだけだ。


「記憶も想いも……全て残らないのね……」


 わたしはグレンの魔石をぎゅっと抱きしめる。


(ありがとう……グレン……わたしを助けてくれて……今まで本当に……ありがとう)


 目を閉じて、抱きしめた魔石に話しかける。


 しばらくそのままじっとしてから目を開けると、まじまじとこちらを見つめるレオポルドと目が合った。


「お前……グレンに惚れていたのか?」


「惚れ……ばっ、馬鹿言わないで!言っとくけどわたし、グレンの『愛人』なんかじゃないからねっ!」


 妙な誤解に慌てて言い返すと、レオポルドは顎に手を当てて、しげしげとこちらを眺める。


「確かに、色気はないな」


「一言余計だよっ!」


 今、頭のてっぺんから足の先までさりげに目を走らせた!きぃ!


 レオポルドはわたしから魔石を受け取ると、箱にしまって鍵をかけた。


「死んだ後の魔石までそうやって女に抱きしめてもらえるような奴だったか……?と不思議に思っただけだ」


「グ、グレンにはお世話になったの!死にかけてた所を救ってもらったんだから!」


「……死にかけてた?」


 扉の中に木箱をしまって、壁を元通りにしたレオポルドがこちらを振り向く。


「そうよ」


「デーダスで?」


 レオポルドはわたしの前までやって来ると、無表情にわたしを見下ろした。


「師団長室にあったのは、グレンが王都に居た時の研究資料だけだ。お前なら知っているだろう。デーダスの地で、グレン・ディアレスは何を研究していた?」


「息子さんなのに聞いてないの?」


「質問に答えろ。お前は間違いなくグレンの晩年の研究に関わっている……そうだな?」


「……」


「聞かれては困る事か?」


「レオポルド・アルバーン……あなたはわたしを信用していないのだろうけど、わたしもあなたを信用していないのをお忘れなく!錬金術師は簡単に自分の研究についてしゃべらないんだから!」


 レオポルドはわたしの上に屈みこむと、ぐっと顔を近づけた。長い銀髪がしゅるりと白いシャツを滑る。間近で見る黄昏色の双眸は、魔導ランプの明かりを受けて不思議な色に揺らめいている。触れなければ防御魔法は発動しない……たとえ至近距離であっても。わたしは必死に睨み返した。


「……もうひとつ。お前はグレンの弟子になる前どこで何をしていた、どこで生まれた?」


「デーダスに来る前の事は、プライベートな事なのでお答えできません」


「これも答えないつもりか?」


「な、何かするつもり?わたしにはグレンのかけた防御魔法が……」


 レオポルドはわたしの目を見据えたまま、ゆっくりとその端正な容貌に、綺麗過ぎる微笑みを浮かべた。


(怖っ……!なんか怖いっ!)


 こんな時でなかったら、見惚れてしまうだろうに。というか、笑ったところはじめて見た……滅茶苦茶……もの凄く!怖いんですけど!


 レオポルドが手を伸ばし、わたしに触れるか触れないかギリギリの所で手を止める。


(ひぅっ!今度はなにっ⁉)


「……グレンはお前に……優しかったのか?」


 レオポルドに反応したわたしの周囲の魔法陣が光を帯び始めると、レオポルドはわたしから視線を逸らさないまま、そっと撫でるように魔法陣に触れた。


 笑みを浮かべたまま、艶のある低い声でどこか楽し気に囁く。


「このわたしに……グレンの掛けた魔法陣の……術式が解けないとでも?」


(近いっ!近すぎるっ!心臓もたないっ!)


「あ、あのっ!もうひとつ頼みがあって……」


「何だ?」


「グリンデルフィアレンを燃やした時、杖を使っていたでしょう?あれを見せてもらえないかしら……」


「杖だと?」


 レオポルドが眉をひそめて身を起こしたので、至近距離にあった美貌が離れていく。魔法陣も警戒を解いて、光を失う。


(良かった……距離があいた。なんか変な汗かいた……)


「グレンがわたしに全てを譲る条件なの!頼まれたの!わたしに『魔術師の杖』を作るようにって」


 レオポルドは、その黄昏色の双眸を見開くと、動揺したように息を呑み、言葉を絞りだした。


「……『魔術師の杖』を作れと……グレンがそう言ったのか?」


 わたしは慌てて頷いた。


「そう!それであなたの杖を見せてもらえたらって」


「断る」


「……ですよね……」


 くぅ、予想はしてたけど、即断られたよ……。


「手を貸してくれないかな?わたし、グレンに頼まれた時にちゃんと話を聞いてなくて、『魔術師の杖』を作れと言われても、何をどうしたらいいのか……」


 レオポルドは緩く首を振ると、自分の銀の髪をかき上げ、視線を逸らして苦々し気に顔を歪めた。


「もう帰れ。……そしてその事は誰にもしゃべるな」


「え?どうして……」


 ぐにゃりと視界が歪んで、次の瞬間にはわたしは『塔』の外に出されていた。


 あぅ……追い出された……。うぅ……結局『杖』については手詰まりだ。


 でもすぐ追い出そうと思えばできたのに、少なくとも話は聞いてもらえたって事だよね……うん、それだけでも今は良しとしよう。でも……ほんとに……怖かった……。




 わたしは、グレンがデーダスで何を研究していたのか知っているし、晩年の研究にも関わっている。


 だって、わたしはグレンの『実験材料』だったのだから。


ありがとうございました。

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