32.非常識な訪問
よろしくお願いします。
その夜、わたしは師団長室から中庭にでた。
師団長室と居住区で囲まれた中庭から見える小さな空には、ふたつの月がぽっかりと浮かんでいる。
『ふたつの月の存在が魔力……つまり魔素の存在に影響を及ぼしていると思われる』
グレン爺がしてくれた講義を思いだす。しんみりした気分を振り払うように、わたしは元気よくソラに声をかけた。
「ソラ、いってくるね!」
「ネリア様、お気をつけて」
わたしは左腕につけた腕輪から、ライガを展開すると空へ飛びあがった。中庭からソラが手を振って見送ってくれる。
「ふふっ、こんなときも無表情なんだ……」
王城全体が見渡せる高さまで、ぐんぐんと上昇するとライガを空中に停めた。
(どこかな?)
王城の裏手にポツンとある錬金術師団の研究棟と違い、魔術師団の塔はたしか、天空舞台のある大きな本城をはさみ、竜騎士団と向き合うように建っているはずだ。
王城前広場から見れば、向かって右側に魔術師団の塔、左側に竜騎士団の竜舎や訓練場があり、それぞれ王城の両端に位置している。
まさしく魔導国家エクグラシアを支える双翼といえるだろう。
魔術師団の塔はのっぽな尖塔で、内部はぐるぐると続く螺旋階段に、各部屋が面しているらしい。
魔術師たちが螺旋階段を使うことはあまりなく、主に転移陣で移動するため、師団長室は最上階に造られていると聞いた。
(きっとあれね!)
まるでお姫様が囚われていそうな、石造りの尖塔の最上階には、窓枠にステンドグラスがはめこまれた小部屋がある。運よく窓は開いていて、わたしはそこから部屋にいる人物に声をかける。
「こんばんは!」
「……なにしにきた」
ライガにまたがるわたしを、魔術師団長のレオポルドが腕組みをして、不機嫌そのもののといった顔でにらみつける。
師団長の黒いローブは脱ぎ、腕まくりした白いシャツの胸元もくつろげているし、黒のトラウザーズを履いたシンプルなスタイルだ。
じゃまになるのか、長い銀髪を紺色のヒモで結んでいて、耳につけられた金属製の護符が、魔導ランプの光を反射してキラリと光った。
レオポルドは書類を片づけていたらしく、彼が座る机の前にライガで滑りこむと、わたしはそれを腕輪に収納して床に降りたつ。
「…………」
無言で見守る彼をまえに、わたしは少し緊張して背筋を伸ばした。
「グレンの魔石を見せてもらいに。それとお礼を言いたくて。今回はいろいろお世話になりました。ありがとう!」
レオポルドはしばらく腕組みをしたまま、わたしをにらんでいたけれど、やがてため息をついて立ちあがった。
「非常識な時間に非常識な場所から、非常識な来訪だな……」
「う……すみません」
思いたったら後先考えず、すぐ行動するのがわたしの悪いくせだ。気になってしまったら、じっとしていられない。
レオポルドが石壁に手を当てると、なにもなかったところに小さな扉があらわれた。
「隠ぺいの魔術?」
「…………」
好奇心にかられて聞いたわたしに、彼はなにも答えず扉を開け、小さな木箱を取りだした。
「これだ」
彼が机に木箱を置いてフタを開けると、ビロードの上に青みがかった鈍い銀色をした、拳ぐらいの魔石がはいっている。
「……触っても?」
レオポルドが黙ってうなずき、わたしは恐る恐るグレンの魔石に手を伸ばす。
つるりとした表面に触れてなでてみても、魔素の残滓を凝縮した石があるだけで、なにも感じられない。
「記憶も想いも……すべて残らないのね……」
わたしはグレンの魔石をぎゅっと抱きしめた。
(ありがとう……グレン……わたしを助けてくれて……今まで本当に……ありがとう)
目を閉じて魔石に話しかけ、しばらくそのままじっとしていた。
お別れを済ませて顔をあげれば、レオポルドが無表情にまばたきをして、わたしをまじまじと見つめている。
(あれ?なんかソラに似てる……)
ふとそんなことを考えたら、彼がとんでもないことを口にした。
「おまえ……グレンに惚れていたのか?」
「惚れ……ばっ、バカ言わないで!言っとくけどわたし、グレンの『愛人』なんかじゃないからねっ!」
妙な誤解にあわてて言いかえせば、レオポルドは自分のアゴに手を当て、わたしをしげしげと眺めてから、ひとりで納得したようにうなずく。
「たしかに色気はないな」
「ひと言よけいだよっ!」
今、頭のてっぺんから足の先まで、さりげに目を走らせてた!きぃ!
わたしから受け取った魔石を、彼はふたたび箱にしまって鍵をかけた。
壁に木箱をしまって扉を閉じ、レオポルドが指を振るだけで、もとどおりの石壁になる。
「死んだあとの魔石まで、そうやって女に抱きしめてもらえるようなヤツだったか?……と不思議に思っただけだ」
「グ、グレンにはお世話になったの!死にかけてたところを助けてもらったし!」
「……死にかけてた?デーダスでか?」
レオポルドがこちらを振り向いた。
「そうよ」
レオポルドは机を回りこんできて、無表情にわたしを見下ろす。黄昏色の瞳に魔導ランプに照らされた、わたしの顔が映りこむ。
「師団長室にあったのは、グレンが王都にいたときの研究資料だけだった。おまえなら知っているだろう。あの荒野でヤツは何をしていた?」
「息子さんなのに聞いてないの?」
質問に質問で返せば、彼の眉間にぐっとシワが寄る。
「質問に答えろ。おまえはまちがいなく、ヤツの研究に関わっているはずだ」
どう答えればいいのかわからなくて、わたしはぎゅっと唇をかんだ。
「…………」
「聞かれては困ることか?」
「レオポルド・アルバーン……あなたはわたしを疑っているのだろうけど、わたしもまだ完全に信用したわけじゃないから!それに錬金術師は自分の研究について、かんたんにしゃべったりしないわ!」
背の高い彼がわたしに近づき、ぐっとその身をかがめる。
長い銀髪がしゅるりと白いシャツを滑り、整った美貌に影を落とすと、それだけで迫力が増す。
間近で見る黄昏色の瞳は、魔導ランプの明かりで神秘的な光を放っている。彼の薄い唇が開いて、静かに問いを重ねる。
「……もうひとつ。おまえはグレンの弟子に拾われ
るまえ、どこで生まれて何をしていた?」
「プライベートなことにはお答えできません」
「答えないつもりか?」
たとえ至近距離であっても、触れられなければ防御魔法は発動しない。わたしは必死にレオポルドをにらみ返した。
「……グレンは……優しかったのか?」
彼はその端正な顔立ちで、わたしの目を見すえたまま、きれいすぎるほほえみをゆっくりと浮かべる。
(怖っ……!なんか怖いっ!)
こんなときでなかったら、見惚れてしまうだろうに。笑ったところ、はじめて見たのに……ものすごく!怖いんですけど!
レオポルドは伸ばした手を、わたしに触れるか触れないかギリギリのところで止める。
「な、なにかするつもり?わたしにはグレンのかけた防御魔法が……」
わたしの言葉に呼応するように、展開した魔法陣が光を帯びはじめる。
するとレオポルドは笑みを浮かべ、わたしを見つめたままで、長い指をそっと滑らせるように魔法陣に触れた。
彼は艶のある低い声で、どこか楽しげにささやく。
「魔術師団長であるこの私に、グレンがかけた防御魔法の術式が解けないとでも?」
(近いっ!近すぎるっ!心臓もたないっ!)
わたしは彼から視線をそらさず、必死で用件を口にした。
「あ、あのっ!もうひとつ頼みがあって……」
「なんだ?」
「グリンデルフィアレンを燃やしたときに使っていた杖、あれを見せてもらいたいの」
「杖だと?」
レオポルドが眉をひそめて身を起こし、至近距離にあった美貌が離れていくと、魔法陣も警戒を解いて光を失う。わたしは胸をなでおろした。
(よかった……距離があいた。なんか変な汗かいた)
「グレンがわたしにすべてを譲る条件なの!わたしに〝魔術師の杖〟を作るようにって頼まれたの!」
無表情だったレオポルドに、はじめて感情の揺らぎが見えた。
彼は黄昏色の双眸を見開き息をのみ、動揺したようすで言葉を絞りだした。
「……〝魔術師の杖〟を作れと……グレンが言ったのか?」
わたしはあわててうなずく。
「そう!それであなたの杖を見せてもらいたくて」
「断る」
「……ですよね……」
くぅ、予想はしてたけど即断られたよ……。
「手を貸してほしいの。グレンに頼まれたとき、わたしちゃんと話を聞いてなくて。〝魔術師の杖〟を作るには、どうすればいいの?」
レオポルドは銀の髪をかきあげて緩く首を振ると、わたしから視線をそらして苦々しい顔でため息をつく。
「もう帰れ。そして、それは誰にもしゃべるな」
「え?どうして……」
ぐにゃりとわたしの視界がゆがんだ次の瞬間には、塔の外にだされていた。見上げれば最上階にある師団長室の窓も、ぴっちり閉ざされている。
「あぅ……追いだされた……」
うぅ……結局、杖については手づまりだ。
でもすぐ追いだそうと思えばできたのに、少なくとも彼に話は聞いてもらえた。
うん、それだけでよしとしよう。でも……ホントに怖かった。わたしは自分の体を両手で抱きしめる。
今夜は勇気をふりしぼったのだ。帰ったらゆっくりお風呂に浸かろう。
グレンがデーダスで何をしていたのか、わたしは知っているし、晩年の研究にも関わっている。
だって……わたしはグレンの〝実験材料〟だったのだから。









