319.総大将はオドゥ・イグネル
オドゥは師団長会議の間、ずっと副団長につかまってました。
研究棟にもどるとオドゥとカーター副団長はオドゥの研究室にいったきりだった。
「昼食にしましょう、二人を呼んできてくれる?」
やがて妙にギラギラとしたカーター副団長となんだかヨロヨロしているオドゥがやってくる。
「あらオドゥ」
「『あらオドゥ』じゃないよ……こってり朝から副団長に絞られて僕はもうフラフラだよ……」
さすがのオドゥもげんなりした顔をしていた。
「もう副団長がしつこいのなんのって……『この素材はどこから手にいれた』だの、『何の研究に使った』だのネチネチ聞かれたうえに、『研究ノートをすべて見せろ!』だって。ノートが欠けていたら『どこに隠した!』とかって僕がコーラで呼びよせるまで粘るし……」
うわ、副団長……容赦ない取り調べっぷり……。オドゥのあとからついてきた副団長は重々しくうなずいた。
「当然だろう、予想外にオドゥの部屋には素材や資料が多くてな……あと二~三日はたっぷりかかりそうだ」
「うげ……副団長、ほかにすることないんですか?」
副団長はもうギラッギラに目を光らせてオドゥに返事をする。
「朝っぱらから『もう雑用はしなくていい』とネリス師団長にいわれたばかりだ、お前も聞いていただろう」
「あ~そうでした……」
ぐったりとテーブルにもたれるように席についたオドゥに、ソラがかまどにかけていた鍋からシチューをよそって持ってくる。
ライアスのかまどはさっそく大活躍だ。パンといっしょにディウフやトテポのはいったポポ鳥のシチューを、カーター副団長はもりもりと食べながらオドゥに質問した。
「弟子が研究でいきづまっているのなら、師としてはほうっておけんからな……してオドゥ、竜玉をどのように使うつもりだ」
「あーいや、まだ手にはいってない素材のことをアレコレいってもしょうがないですし」
うんざりとした様子でこれまたパンをもくもく口に運ぶオドゥにわたしは話をきりだした。
「そのことなんだけどね、ユーリ説明してくれる?」
「はい、錬金術師団は〝秋の対抗戦〟に参加することになりました。勝利した場合の賞品は竜玉です」
「……は?」
オドゥの黒縁眼鏡がずり落ちかかって、彼はあわてて指でそれをおさえた。
「秋の対抗戦……っていった?」
「うん」
わたしがオドゥにうなずくと、テーブルの端っこで食べていたヴェリガンが「ヒグッ⁉」っとパンをのどにつまらせた。
ソラがすかさず差しだした水をごきゅごきゅ飲んでから、ヴェリガンはあえぐように聞いてくる。
「ぼ……僕ら……が⁉」
「そう、わたしたちが」
うなずくとヌーメリアも「まぁ、それでは決まったんですね」と声をあげた。オドゥはヌーメリアにたずねる。
「ヌーメリアは知ってるの?」
「ええ、昨夜ネリアにすこし話を聞きました」
「……どういうことですかな」
カーター副団長がギラリと目を光らせ、そこでユーリがみんなに師団長会議で話しあったことを説明した。勝てば竜玉をもらえるということも含めて。
「魔術師団と竜騎士団がおこなう〝秋の対抗戦〟に錬金術師団も参加する……だと?」
「うん、それでね……総大将はオドゥにお願いしようと思うんだ」
「ネリアじゃないんですか?」
ユーリがおどろいた顔で聞いてきたのでわたしは説明する。
「わたしは王太后主催の茶会にもでなきゃいけないし……それにオドゥはライアスやレオポルドのことをよく知っているでしょう?」
オドゥは眼鏡をおさえたまま表情を消して問いかけてきた。
「……僕にあいつらと戦わせたいの?」
「オドゥにじゃないよ、錬金術師団みんなで戦うんだよ。だけどあの二人をよく知っているオドゥなら、いざというときの判断を任せられると思うんだ。ねぇオドゥ、作戦を考えてくれないかな」
それを聞いたオドゥは、はりきるどころか微妙な顔をした。
「……ネリア」
「なあに?」
「もしかして……作戦も何もなしであいつらにケンカ売ったの?」
「ケンカを売ったつもりはないけど……オドゥは竜玉が欲しいんでしょ?」
首をかしげて返事をするとオドゥは確かめるように聞いてくる。
「それで秋の対抗戦に参加を?」
「うん。何もいわれずに堂々と竜玉を手にいれる方法は……って考えてて」
オドゥの顔色が変わった。
「ユーリ!なんで止めないんだよ!あいつら勝負事になると目の色変わるからな?相手がネリアだからって手加減してくれるヤツらじゃないぞ!」
「それはそうですけど……オドゥは竜玉欲しいんでしょ?」
「うわ、ネリアとおなじこといいやがって……」
顔をゆがめたオドゥはおいといて、わたしとユーリはうんうんとうなずきあう。
「ねぇ、オドゥのために考えたんだもんね?」
「ですよね」
オドゥはイライラしたように口をはさんだ。
「わかってんの?人数だって全然足りてない……秋の対抗戦にでてくるのは魔術師団から二十、竜騎士団から十……ドラゴン一体に魔術師が二人がかりで戦いを挑む」
「へぇ、そうなんだ」
「ふむふむ」
「…………」
わたしとカーター副団長がオドゥの説明を感心しながら聞いていると、無言になったオドゥが額をおさえてうなだれ、がっくりと肩を落とす。
「それすらもわかってないのかよ……」
「あきらめましょうオドゥ、ネリアですし」
ユーリが声をかけてもオドゥは首をふって深くため息をつくだけだ。
「あとね、オドゥに総大将をやってほしい理由はもうひとつあって、わたしを駒として使ってほしいの」
オドゥが眼鏡に手をやってわたしに視線をむけた。
「……ネリアを?」
「そう、魔力だけはあって転移魔法も使える……あとは三重防壁、けれどわたしは戦いで何の役にたつ?魔術師や竜騎士たちをおさえて勝つにはどうしたらいい?わたしだけでなくほかの錬金術師たちの活用法……それもオドゥに考えてほしいの」
「錬金術師たちを使えと?あいつらに勝つために……いや無理だろ」
首をふるオドゥにわたしはたたみかけた。
「不可能を可能にするのが錬金術師だもの」
「いや、それにしたって……」
オドゥは眼鏡のブリッジを押さえるとしばらく無言でだまりこんだ。
「あーもう!」
オドゥは眼鏡をはずすと前髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。乱れた髪のむこうから鋭い眼光が宙をにらんだ。
「あいつらに勝つ方法か……まずは戦いがおこなわれる北の平原をみんなで見にいく。作戦を考えるのはそれからだ」
「ひきうけてくれるの?ありがとうオドゥ!」
オドゥはちょっと苦笑してから、眼鏡をかけなおすと指で位置を調整した。
「ひきうけるからさ、ネリアも僕にごほうびくれる?」
「国王が竜玉くれるよ?」
オドゥは首を横にふった。
「そーいうんじゃなくて、秋祭り……僕といっしょにでかけようよ」
「王都の?」
「そう、王都の秋祭り」
眼鏡のむこうから、オドゥは人のよさそうな笑みをうかべた。
書籍ではわりと動きがあるオドゥ、3巻は1・2巻のSSから十年経ち成長した3人のシーンが増えています。男同士のやりとりが増え、バランスをとるためにネリアのエピソードも追加しました。









