315.紛糾する師団長会議(おもにネリアが怒られます)
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「それは……!」
あわてて声をあげたユーリを陛下が制した。
「ユーティリス、彼女たちには彼女たちの理屈がある。ここで我々が口をだせばかえって厄介なことになる……メレッタ嬢を第二王子の婚約者として認めさせねばならぬ。それはユーティリス、将来お前の伴侶になる女性についても同様だ」
「ですがネリアは今のところ関係ないではありませんか!」
「だから昨日わざわざリメラが頼みにいった。メレッタ嬢の立場を固めるついでに、ネリア・ネリスをきちんと認めさせたいと」
「まさか母上はそれで……?」
ユーリは目をみひらいた。リメラ王妃がそんな行動にでるとは考えもしなかった。彼女は毅然としているが控えめで、自分の意志をはっきりと表にだすことはない。
「自分から動きたいと俺に告げた……自分が嫁いできたときのことを思いだしたらしい。あのころもっとリメラの話を聞いてやればよかった、と俺はいまさらながら後悔している。俺はリメラに甘えていた。カディアンもお前もそのようなことがないように動けよ」
「……はい」
ユーリが神妙な顔でうなずくと、アーネスト陛下は腕組みをして小会議室の天井をにらんだ。
「エクグラシアは新しい国だ。そこに住まう民の身分にたいした違いはない。だが人は自分たちで上下を作りたがる……当人が好きな相手と結ばれれば親としては一番うれしいが」
アーネスト陛下はそういって顔をしかめると、太い指で眉間のシワをもみ深いため息をついた。それからぐっと前をにらみつけるように顔をあげると円卓をみまわす。
「先んじて動け、今回カディアンがしでかしたことについては驚いたが、あれは王籍離脱してもいいという覚悟を示した。それに我々は〝血〟ではなく〝約束〟を伝える者だ。それを師団長たちが支える。今回はネリス師団長に面倒をかけるが、ほかのふたりも彼女を支えてくれ」
「はい」
「承知」
ふたりの師団長が短くこたえる。それでもまだ心配そうなユーリの顔をみてアーネスト陛下はふっと笑った。
「そう案じるな……ご婦人がたは敵にすれば手ごわいが、味方になればこんなに心強いものはない」
すぐに会議はつぎの議題にうつった。
「では先日おこなわれた〝謁見の儀〟で、サルジア皇国の使者が持ってきたサルジアへの招待についてだが」
「ユーティリス王太子と師団長たちのうちだれかひとりを招きたい……という内容でしたね」
腕組みをしたライアスが難しい顔をして考えこむと、アーネスト陛下もあごをなでた。
「あくまで親善が目的だが、いままでサルジアからそのような働きかけはなかった。竜王は縄張りからでない……それに竜騎士団長と竜王が別々に行動するのはあまりよろしくない」
「ならこの三人のなかでは私が適任でしょう」
レオポルドがわたしをちらりとみてから発言すると、アーネスト陛下はガシガシと赤い髪をかき乱すようにした。
「それはそうなのだが、サルジアの目的はユーティリスではなくレオポルド、お前かもしれぬ」
「私ですか……?」
レオポルドが眉をひそめると、アーネスト陛下は真剣な顔をしてそこにいるみんなを見まわした。
「これはここだけの話にとどめてもらいたい。先の錬金術師団長グレン・ディアレスはおそらくサルジア出身だ。それも皇帝一族に近い……」
グレンの名前がでた瞬間、レオポルドは無言のまま眉間にぐっとシワを寄せた。
「サルジアってどんな国なんですか?隣の国なのにそんなに交流がなさそうですけど」
わたしの質問にアーネスト陛下が壁にかかる地図をさして答えた。
「隣国でありながら国境地帯は樹海にはばまれてふつうの人間には行き来が難しい。行くならタクラを経由して船でいくしかない。それと交流がなかったのは……エクグラシアが〝サルジアを追われた者〟の国だからだ。サルジアからは長いこと〝国〟と認められてさえいなかった」
そう説明してから陛下はわたしにたずねてくる。
「つかぬことを聞くが、ネリス師団長はサルジアに縁の者ではないのか?」
あ、そうか……グレンがサルジア出身ならそう思われても不思議じゃないな、と思いながらわたしは返事をした。
「え……と、ちがいます」
「そうか」
アーネスト陛下はひとつうなずいただけで、それ以上聞こうとはせずレオポルドに顔をむける。
「レオポルド、お前の忠誠心を疑ったことはないが、エクグラシアを守る双璧のひとつである魔術師団長の名は有名だ、その魔力もな……サルジアが欲しがる可能性はある」
レオポルドはため息をついて首を横にふった。
「私は物ではありません……それにエクグラシアを離れたいと思ったこともない」
「それがサルジアに通じるかどうか……先日ユーティリスを襲った〝呪いの糸〟の件もある。何が仕掛けられるかわからん」
「あ、じゃあわたし行きましょうか?」
軽く手をあげると、そこにいる全員がぎょっとした顔をした。
なんだかちょっと異国だというサルジアにも行ってみたい。要はユーリの付き添いなのだし目的が親善ならそう難しい外交交渉もなさそうだ。
「ネリス師団長……俺の話をちゃんと聞いていたか?」
陛下がなんとも情けない顔で聞いてくるので、わたしは「もちろんです」とうなずいた。
「だって〝師団長〟ならいいのでしょう?三人のなかでわたしがいちばん重要じゃないというか、いなくなっても問題ないですし」
「なっ!」
「ダメだ!」
ライアスが絶句しレオポルドが鋭くさけんだ。そしてアーネスト陛下はバン!と両手を机のうえに叩きつけて立ちあがると血相をかえて怒鳴った。
「ネリス師団長!お前は自分のことをそんな風に思っていたのか⁉」
「へっ?」
な、なぜここでわたしが怒られる流れに……?
椅子のうえでびくびくと身を縮こませたわたしにむかって、アーネスト陛下は握りしめた拳をふるふると震わせながら顔を真っ赤にして訴えた。
「重要じゃないとか、いなくなっても問題ないなどと……お前をこの国に迎えいれたわれわれの気持ちはどうなる!」
「気持ちって……えっ?」
こんどは隣にすわるライアスが真剣な顔をして必死に訴えてくる。
「ネリア、俺はレオポルドときみに優劣をつけたことなどない!」
「そうですよ!そんな調子でネリアがマウナカイアで姿を消したときは、僕がどんなに心配したことか!」
「ひゃいっ!ごめんなさいぃっ!」
ユーリまでもが身をのりだして怒りだし、陛下がそれにかぶせるようにウンウンとうなずいた。
「そうだ、俺はお前のことを可愛い自分の娘ぐらいに思っているぞ!」
「いや、それはやめてください」
きっぱり断ると陛下はショックを受けた顔をした。陛下のとなりにいたユーリもイヤそうな顔で父を振りかえる。
「そうですよ、そういうのホント気持ち悪いからやめてください父上……」
「き、気持ち悪い……」
なんだか灰になったアーネスト陛下はおいといて、わたしたちは師団長どうしで会話する。
「ともかく私が行く!」
「そんなに信用ないかなぁ……」
レオポルドまで青筋を立てて怒っているので、わたしがしおしおになってうなだれると、彼はしぼりだすように「行かせたくないだけだ」と言葉を吐いてそっぽをむいた。
「そぅ……」
わたしはしょんぼりと下をむき、ほかの人間は全員目をみひらいてレオポルドのほうを見た。
そりゃ怒られるよね……ってね。最後のほうレオ君ちょっと壊れました。









