312.リメラと資料庫の椅子
今回アンケートをする余裕がありませんでしたので、本編とは別に小編を書かせていただきました!
『キスから始まる婚約破棄』
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3万字ほどで全11話完結のラブコメ。昼の12時更新です。
よろしければシリーズからご覧ください。
ヒロインはニーナ、ネリアもでてきます。
「ユーリは知ってたの?」
わたしがあわててユーリにたずねると、ようやく笑いをおさめたユーリが赤い髪をかきあげ少し考えてから返事をした。
「マウナカイアでそんな気はしてました。けれどカディアンがこんなに早く動くとは……成人してからだと思っていたので」
「……わたくしは何も知りませんでした」
ぽつりとつぶやかれたリメラ王妃の言葉に、ユーリは彼女のほうをみて少し心配そうに眉をひそめた。
彼女は変わらず優雅にみえたけれど、顔色がなんだかとても白い。血の気がひいているのに、彼女はまっすぐに背筋をのばし唇には赤い色をのせている。
(あ、このひと途方にくれている……)
わたしはなんとなくそう思った。
「ソラ、とりあえずバーベキューは解散、中庭のみんなにそう伝えて。それから温かい飲みものを……そうね、体が温まるようにたっぷりユーリカの蜜をいれてくれる?」
「かしこまりました」
素材庫に保管してある素材もこのさい使っちゃおう!
ソラが動き、わたしは師団長室にいるジゼルとユーリをみた。二人とも心配そうに様子をうかがっているけれど、この二人がいるかぎり彼女は王妃の仮面をはずせない。
「リメラ王妃、資料庫でお話をうかがいます。ホープさんとユーリはここで待っていてください」
ジゼル・ホープが目をみひらいたが、ユーリは心得たようにうなずいた。
「わかりましたネリア……母上をよろしくお願いします」
「うん!」
相変わらず研究資料がうずたかく積まれた資料庫はソラに管理をまかせているから、グレンが生きていたころのままでほとんど手をいれていない。
ホコリっぽさはないけれど、図書館みたいな紙とインクのにおいがした。
「さあどうぞ、資料庫は錬金術師たちには開放していますが、ここに足を踏みいれたのは師団長たち以外ではあなたがはじめてです」
「レイメリアに……聞いたことがあるわ」
そういうとリメラ王妃はもの珍しそうに棚を見あげてから、奥に置いてある書き物机に目をとめるとそこへむかった。
机のそばには明りとりの窓があり明るくなっていて、ソラはそこにお茶を運んだ。
「あっと……椅子がひとつしかないですね、ソラ、確かあっちのすみにもうひとつ……」
「……まって!」
わたしが椅子をもうひとつ持ってくるようソラに頼もうとすると、リメラ王妃が声をあげた。彼女は書き物机の脇にたち、何かを探すように資料庫をあちこち見まわす。
やがて彼女は資料に埋もれるようにして置かれている、ひじ掛けもない小さな椅子を見つけた。ちょっとそこで資料を読みたいな、と思ったときにただ腰掛けるためのものだ。
その椅子に吸い寄せられるように近づき、座面に手をあてその感触を確かめるようになでてから彼女はそこに腰をおろした。そのまま顔をあげると首をめぐらせてこちらをみる。
「ネリス師団長……書き物机のところにすわってくださる?」
「え?ええ……」
わたしが書き物机の前にある椅子に腰かけるのを、彼女はじっと見守っていた。
小柄な娘が書き物机の前にあった椅子に腰かけると、リメラはふっと息を吐き肩から力を抜いた。伸ばしていた背筋をゆるめ猫背ぎみにする。
『グレンたら姿がみえないな……と思ったら、たいてい資料庫にこもっているの。でもね、私は資料を読みふける彼の横顔をながめるのも好きだから、ちょっと離れた所にすわってずっと待っててあげるの』
彼女は小柄だったから目線の高さははたしかこのくらい……そこからは書き物机とその前にすわるネリア・ネリスがよく見えた。彼女はこちらを向いているから横顔ではなかったけれど。
『ようやく顔をあげたな……と思っても彼は私のことなんか見ていないのよ、ずっと考えごとをしているの。それでね、しばらくしてから私の顔に目の焦点を合わせると、いつもおどろいたように目を見ひらくのよ。だから私、思いっきり変な顔をしてやるの。そしたら彼……ますますびっくりするの、おかしいでしょう?』
いたずらっぽく瞳を輝かせて、ころころと笑う彼女の笑い声が聞こえてくる気がした。リメラは座った椅子の感触をたしかめるように、椅子の脇をそっと指でなでた。
「レイメリア……ここがあなたの〝場所〟なのね……」
「え?」
ふわふわとした赤茶色の髪をもつ娘が首をかしげた。
キラキラと輝く黄緑色の瞳が自分をみている。在りし日の親友を思わせるその姿が突然にじんでぼやけ、琥珀色の瞳からあふれた涙がぽろぽろとリメラの頬をつたった。
「リメラ王妃⁉」
おどろいた声とともにガタン、と椅子をひく音がして、パタパタと軽い足音が両手で顔をおおったリメラに近づいてくる。すぐに肩にのせられた小さなやわらかい手の感触に彼女はすがった。
「レイメリア……!あなたはなぜいなくなってしまったの?わたくし、あなたに相談したいことや聞いてほしいことがたくさんあったのに……!」
小さな手が無言でリメラの肩から背中にまわされ、彼女の体をぎゅっと抱きしめる。細くて華奢なその感触を懐かしく感じながら、リメラは顔をぐしゃぐしゃにして泣き崩れた。
『ねぇリメラ、ぜったい覚えておきなさいよ!〝メローネの秘法〟と、〝エルサの秘法〟、このふたつはぜったいよ!』
赤茶色の髪をなびかせて魔術学園の寮にあるリメラの部屋に飛びこんできた少女は、さっき先輩に教わったばかりという二つの魔法をさっそくリメラに教えこもうとした。
『ひどいわレイメリア、いくら私が泣き虫だからって……』
リメラはこのあいだも課題がうまくできなくて、メソメソして彼女に泣き顔をみられたばかりだ。少女は黄緑の瞳をきょとんとさせてから、可愛らしい小さな唇を抗議するようにとがらせた。
『ちがうわよ、私あなたが強い人だってちゃんと知ってるわ。そうじゃなくてあなたが泣きたいときに思いっきり泣けるようによ』
『思いっきり?』
少女はコクリとうなずく。
『そうよ、泣くときは全身をふりしぼって力のかぎり泣くの、赤ちゃんに戻っちゃうの。私なんてひっくり返って手足をジタバタさせて泣きわめくわ』
そういって頬をふくらませる少女はたしかに、おとなしいリメラからみてもうらやましいぐらいに喜怒哀楽がはっきりしていた。
『赤ちゃんに戻るって……泣いてどうするのよ』
泣いたってどうにもならない……そう思ったリメラがいいかえすと、少女は自信たっぷりに笑った。
『……そうしたら、自分がもう無力な赤ん坊じゃないって思えるの。それから魔法を使うのよ。〝メローネの秘法〟と〝エルサの秘法〟は、私の大好きなあなたが笑顔になるための魔法よ!』
どれだけ時間がたったのだろう……リメラがようやく落ち着きをとりもどすと、親友によく似た娘がティーポットに魔法陣を展開し、冷めた紅茶を温めなおしているところだった。
すこし伏せたまつげが輝く瞳に影をおとしていて、リメラはその繊細な横顔につかのま見惚れた。顔をあげた娘と目があうと、その瞳の黄緑が思いのほか濃い色なのに気づく。
「こちらでお茶にしましょう」
「わたくしったら……取り乱したりして……」
最近は使うことも減った〝メローネの秘法〟と〝エルサの秘法〟……泣きかたを忘れていただけなのかもしれない。
リメラが魔法を使うあいだに、娘はそばにいたオートマタに命じて椅子を書き物机に寄せた。
「びっくりしちゃったんですよ、きっと……だってカディアンは王妃様にとってはまだまだ子どもにみえるでしょう?」
「そうね……」
あらためて椅子にすわりなおし、ティーカップを口元に運べば、凍りついていた心を溶かすかのように優しい甘みが自分のなかにひろがっていく。
「……美味しいわ」
ほっとして息をはくようにつぶやくと、娘がにっこり笑った。
「よかった」
そのまま二人でだまってお茶を飲んだ。お茶をひと口飲んではうんうんとうなずく娘を、リメラがついしげしげと眺めているとまた目があった。
「わたし、そんなにレイメリアに似てますか?」
困ったように首をかしげてたずねる娘の顔をもういちど見直して、リメラは首を横にふった。
「似てるようで似てないわね」
目の前にいる娘がやることはいつも、レイメリアとは似ても似つかない。
「でしょうね……ひとつお聞きしたいのですが」
「何かしら」
「レイメリアは、彼女は幸せでしたか?」
そう聞かれてリメラは考えた。大好きな親友だったけれど心のうちまではわからない。だから彼女はこう答えた。
「……レイメリアはよくいっていたわ。『私がグレン・ディアレスを幸せにする』と。そういうときの彼女はいつも笑顔だった」
まさかリメラ王妃が泣き崩れるなんて、原稿を書きはじめた時には思いもしなかった(汗









