31.グレンの遺産
王都編始まります。
マッグガーデン様よりコミカライズ決定!WEBコミック『MAGKAN』にて月刊連載されます。
師団長室にこもりきりで、一日ゆっくり休養をとったわたしは、翌日ソラに頼み、不在のオドゥ・イグネル以外の錬金術師達を集めてもらった。
レオポルドとライアスにも立ち会ってもらうことにしたため、師団長室に集まったのは八人。錬金術師達は、はじめて入る師団長室に興奮してキョロキョロし、ソラを見つけては身をすくませている。レオポルドはソラを見て眉をひそめたが、何も言わず席についた。
ライアスは拘束していたウブルグとヴェリガンを、竜騎士団から連れてきてくれた。ヌーメリアはわたしを見て「ひぃっ!」と身をすくませたものの、会釈をしてくれた。
「ネリア、もう体は大丈夫なのか?」
「うん!昨日一日ゆっくり休ませてもらったしね!」
師団長室で一番大きなテーブルについてもらい、ソラがお茶を配り終えた所で、わたしは話をはじめた。
「さて、今日錬金術師の皆さんに集まってもらったのは、他でもない……『グレンの遺産』について話をするためです」
錬金術師達がざわりとした。
「今回の騒ぎは、グレンの急な死により師団長室が閉じられたため、わたしの到着を待たずに皆さんが先走った結果だと思っています……違いますか?」
ウブルグ・ラビルが言った。
「それについてはすまんかった……わしらは錬金術師団の研究が、ネリア・ネリスとかいう得体の知れない者の手に渡ってしまう……と思ったんじゃ」
「わたしは、王都の『研究棟』に置かれていた物は、師団長室の中身も含め、『錬金術師団』の物だと考えています……デーダス荒野の家は、わたしが個人的にグレンから譲られた物なので、その限りではないですが」
カーター副団長が疑り深げに眉を上げる。
「ほぅ……師団長室の中身を素直に明け渡すと?」
「はい……資料庫は開放しますし、素材庫の中身もソラに目録を作ってもらって、皆さんで使えるようにします。使用目的や数量など、きちんとこちらの承認を得てから持ちだしてもらうことになりますが」
ユーリが言った。
「なるほど……それなら皆も納得するでしょうね」
「けれど、資料庫を開放する前に、ひとつ言っておきたいことがあります」
わたしは席を立って資料庫の扉の前まで移動する。扉に手を触れ、解錠の魔法陣を発動する。
「この資料庫にあるのは、グレンの『輝かしい業績』じゃない。ほとんど全てが……グレンの『愚かな失敗』の記録です」
「愚かな……失敗だと?」
「そうです。ここにあるのは……何度も何度も失敗して、千にひとつ、万にひとつの成功を追い求めて、全てを犠牲にして、来る日も来る日も努力し続けた、ひとりの愚直な研究者の記録です……あなた方がここにある物を読む事で、グレンがやってきたような試行錯誤をしなくてすむかもしれない……でもそれだけです。ほぼ何の価値もないでしょう」
「な、んだと……」
資料庫の中身に何の価値もない、と言われたカーターが目を剥く。
解錠された扉がゆっくりと開く。
「見せてみろ!」
錬金術師達が我先にと、わたしを押しのけるようにして入っていった。
資料庫の中には、膨大な量の紙が積み上がっていた。冊子に閉じられたものや、巻いてあるもの、ただ重ねられているだけの紙束……壁一面だけでなく、棚中がぎっしりと埋まっていた。
錬金術師達は次々に資料に取りついては、それを紐解いていく。
「……●月●日……失敗……○月○日……条件を変えてみたが失敗……」
「……本当だ……失敗続きの記録だ……これも!そっちも!」
「これ程までに膨大な資料の、全てが『愚かな失敗』の記録だと?」
カーターが、愕然としたまま声を震わせる。手に持った紙束が解けてはらりと落ちる。それを慌てて拾おうとして、結局バサバサと全てが落ちた。
かき集めようとして、身を屈めたものの、そのまま床にへたり込んでしまった。力なく紙束を集めようとする手が震えている。
「私は……私はいったい……何を追い求めていたのだ……」
「これで分かったでしょう?グレンの『輝かしい業績』は全て世に開示されている……師団長室にあるのは、今まで表にでることのなかった、『失敗の記録』です」
「そんな……そんな……」
錬金術を行っている時のグレンは、鬼気迫るものがあった。髪を振り乱し、頬はこけ、こめかみには血管が浮き、眼球をギョロつかせ……妥協を許さず、真摯なまでに結果を追い求め。
その姿に若き日のクオード・カーターは見惚れたのだ。あのような錬金術を自分でもやる事ができたら。
グレンの錬金術は『変容』を起こす奇跡の技。『無』から『有』を生み、『不可能』を『可能』にする。
人を人とも思わないような言動も、天才のグレンだから許された。
かつてカーターが見惚れた天才は、決してこんな、みっともない失敗を、何度も何度も繰り返すような、不器用な男ではない。
だがそれこそが思い込みで。
かの人と自分に何ら『大差』はなく。
かの人の血の滲むような『努力』こそが。
かの人をあの高みまで押し上げたのだとしたら。
振り返って……自分はいったい……今まで何をしていたのか。
クオード・カーターは、過ぎ去った時の重さが急に自分にのしかかってきたような気がして、しばらく立ち上がる事ができなかった。
皆より遅れて資料庫に入ってきたレオポルドが、手近にあった資料を手に取りパラパラとめくる。ざっと目を通して呆れたようにため息をついた。
「本当に失敗だらけだな……理論なんてあったものではない……やり方も無茶苦茶だ……ただやみくもにがむしゃらに手当たり次第に手を出して、突き進んでいるだけだ」
そのまま、資料庫に積み上がっている資料の山を見渡して、唸るように低く呟く。
「全てを犠牲にして……生涯を研究に捧げてまで……得られたものがこれ程までに膨大な量の『失敗』とは……」
「『錬金術』なんてそういうものです。成功したものもありますよ?貴方だってその恩恵を受けているはずです」
「……」
そう、わたしはこれをレオポルドに見てもらいたかった。レオポルドが錬金術師の道を選ばずに、魔術師の道を選んだということは……彼はこれらを見たことは一度もなかったはず。
グレンの業績は有名だ。だがその影の……何千何万という失敗や、挫折や、苦悩や、苦しみは、こうやって誰の目にも触れぬよう、師団長室の奥にしまわれてきた。本当はグレンはわたしにこれらを捨てて欲しいと思ったのかもしれない。
天才なんて、後から人が勝手につけた評価なのだ。誰も考えつかないような事を、誰も思いつかないようなやり方で、実現するために。それこそ自分の命を削ってまで取り組んだ。グレンは孤独な人だった。
「……グレンが王都の錬金術師達ではなく、なぜお前に全てを譲ったのか、分かる気がするな」
レオポルドは皮肉気に口を歪めた。別の本を手に取ると、パラパラとめくる。
「グレンはこれを誰にも見られたくなかったろうな。……本当にぶざまだ……愚かな男だな……」
「そうですね……でも知りません、もうわたしが貰ったんだから」
グレンの事を理解しろなんて言わない。グレンは偏屈で変わり者で……全てを顧みず、研究のために人生を捧げた人だった。
その背中を見るだけだった家族は、どんな思いをしていたのかなんて、わたしにもレオポルドの本当の気持ちは分からない。
ただ、わたしはグレンの晩年を一緒に過ごして、グレンの優しさや弱さも……馬鹿な所もいっぱい見てきたから。
少しでも彼にそれが伝わればいい。
わたしはレオポルドをそのままにして、資料庫を後にする。
書庫に佇み、資料を手に取るレオポルドの立ち姿は一幅の絵のようで。銀髪が柔らかな光に照らされ、陰になった瞳は、いつもの黄昏色から昏い色に沈み。
かってはグレンも、こうしてひとり……資料庫で過ごしていたのだろうか……と思わせた。
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