309.クオードのとんでもない一日 中編
予告したよりも早めだけど上げてもいいよね?
立ち直るのは母のほうが早かった。
「メレッタ、どういうことなの?あなたたち、おつきあいしていたというの?」
すぐに発せられた母の問いかけにも、メレッタはうまく答えることができない。
「あの、私……」
こんなウソ、すぐばれちゃう……カディアンが叱られればいいと思ったけれど、いざ父や母の顔を見るとメレッタはおじけづいた。
「何をいうか、メレッタのエスコートは私がす……ぐふっ!」
愛娘のエスコート役をとられてなるものか、と奮起したクオードの腹にアナの肘がきれいにめりこんだ。
「あなたはだまってて!」
いつも父以外にはほんわかした応対をするアナが、きつくカディアンをにらみつける。
「カディアン殿下、どういうおつもりですの?殿下ともなれば、ただ仲がいい女の子をエスコートしただけ……じゃ済みませんわ。それにメレッタ!」
「はいっ!」
「まさかあなた、殿下にエスコート役を頼んだの?てきとうに連れてくるんじゃないわよ、私が見つけてほしいのは、ちゃんとおつき合いして真剣に将来を考えられる相手よ!」
「ごめんなさ……」
怒る母は父よりも怖い。条件反射で謝りそうになったメレッタを、カディアンがぐっとおさえた。
「僕は真剣です。さっき魔道具ギルドでメレッタに婚約してほしいといいました」
「こ、婚約……」
腹をおさえたまま、言葉をうしなって口をパクパクと動かすクオードのかわりに、アナが首を横にふる。
「殿下……そりゃ私はメレッタが錬金術師になることも反対しましたし、彼氏のひとりぐらいできないかと心配もしました。でも娘の幸せを祈るからですわ」
「はい」
「本当にメレッタが恋をして殿下を好きになったのならいいです。けれどマウナカイアで二人にそんなそぶりはちっともなかったわ」
それについてはまったくその通りなので、メレッタは縮こまるしかない。マウナカイアでメレッタはただはしゃいでいただけだ。
「殿下が真剣だとおっしゃるならそのお気持ちを、私にも納得できるようきちんと説明していただけます?」
今度こそムリ……メレッタはそう思った。カディアンは一度ぐっとだまりこんでから、口を開いた。
「はじめて学園でメレッタと話したのは、たぶん彼女は覚えてもいないだろうけど……メレッタはいつも花飾りのついたカチューシャをつけてますよね?」
「ええ」
「メレッタのカチューシャについている五弁の花飾りは、素朴だけど丁寧に編んであってときどき色がちがう。学園にはいったばかりのころ、気になってある日話しかけてみたんです」
『そのカチューシャ、いつもつけているんだな』
僕が話しかけてくるなんて思わなかったのだろう、メレッタは紫の瞳を丸くしてから恥ずかしそうに笑った。
『これ?お母さんの手作りなの。本当はもっとゴテゴテしたのを作りたいらしいんだけど、私はそういうの苦手だから花飾りひとつで妥協してもらってるのよ』
『でもちゃんとつけるんだな、それにときどき色も変えてる』
メレッタはうなずいた。
『よく見てるのねぇ、家に帰ると新しいのができてるの。形は同じだけどいくつもあるのよ』
『そうか、いいな……』
その花飾りを手にとってよく見たい……なんて、さすがに恥ずかしくていいだせなかった。なのにメレッタはすっとカチューシャをはずし裏返してみせた。
『ほら、どこにでもあるシンプルなカチューシャにこうやって留めるのよ。この花のおかげで私の名前も覚えてもらいやすいわ。私の名はメレッタ・カーター、よろしくね』
そういってメレッタは僕の手のひらにポンと軽く花を置いた。
『僕は……カディアン・エクグラシア』
『知ってるわ、王子様だもの』
僕は手のうえに置かれた花にそっとふれてから、彼女に返した。
『きれいだしかわいいな。きみの髪にはいいアクセントになっていると思う』
『ありがとう、母にも花飾りがほめられたって伝えとくわね。王子様にほめられたなんて、きっと大喜びするもの』
メレッタはカチューシャをふたたび髪にはめ、にっこり笑った。
「『かわいいな』って思いました。そのときは、ただそれだけだったんだけど……」
「貴様……そんなときからメレッタに目を……ぐふっ!」
身を乗りだしたクオードを無理矢理肘でとめると、アナは先をうながした。いまとっても大事な場面なのだ!
「それで……?」
「僕からみてメレッタはおとなしい少女だったんです。学園ではあまり口をきいたこともなかったし、いつも本を読んでいるか勉強しているかで」
「え?私おしゃべりよ?」
「でも授業中はしゃべらないだろう?休み時間は僕たちのグループに混ざることはなかったし……その印象がガラリと変わったのが職業体験説明会でライガの試乗をしたときだ」
ほかの女生徒はだれもライガに乗ろうとしなかった。メレッタだけが嬉々としてネリス師団長の後ろに乗りこんだ。
「ライガを降りてきたとき、メレッタは満面の笑みではしゃいでて……僕はびっくりした。職業体験でもきみは、いろいろやらかしてはケラケラと笑って。僕はどちらかというとぽかんとそれをながめてた」
「何よそれ」
「職業体験のあとアイリが去り補佐官も交代し、僕のまわりはこれまでと顔ぶれがかわった。グラコスやニックは変わらないけど、あからさまに態度を変えるヤツもいた。僕なりに凹んで……けどメレッタは僕への態度が全然変わらなかった。……僕にはそれが心地よかったんです」
「だってそれは意識してなかったからで……」
「それにメレッタは自分のことを『女っぽくない』と思っているみたいですが、カチューシャをつけた小柄なメレッタは、僕からみてじゅうぶん可愛いです」
え?
「まぁあ!」
「き、貴様……よくもぬけぬけとっ!」
母がほほを赤らめて目を潤ませ、父が歯をギリギリと食いしばるのを見て、メレッタは本気であせった。
「ちょっとちょっと、カディアン!」
カディアンが遮音障壁を展開すると、あれほどうるさかった父の怒鳴り声も、それを上回る母の叫び声も聞こえなくなった。まだ二人の口はパクパク動いているから、きっと何かしゃべっているのに。
「どうした?」
いろいろといいたいことはある。いいたいことはあるけれど!
「なんでカディアンがお父さんの仕事にそこまでくわしいの?」
「俺だって学習する……ちゃんとカーター副団長のことは調べてきた。副団長は魔道具の修理とかもけっこうやってくれてたし、イグネルさんとちがい王城に記録も残ってる」
「にしたってやりすぎよ!さっきの花飾りの話なんて、いくらなんでも盛りすぎじゃない!」
カディアンはまっすぐにメレッタをみた。
「俺は作り話はしてない」
「え……」
「魔道具ギルドでちゃんと話そうと思ったんだけど……いざメレッタの顔見たら頭が真っ白になって、何もいえなくなって……気づいたら先走って、その、結論だけを」
いうなりカディアンは耳まで赤くなった。何それ……だまってたなんて、そんなのずるい。心の準備が何もできてない。
無音になった世界でメレッタの耳に、カディアンの声だけがハッキリ聞こえる。
「……ようやくいえた」
こちらをむいたカディアンははじめて、照れくさそうに笑った。
父が遮音障壁のむこうで何かわめき、母がそれを押さえながら期待にみちた眼差しでこちらを眺めている。
こんなところで真正面からそんなセリフを聞かされるなんて、ありえなさすぎる。アナほどじゃなくても、やっぱりもうすこし時とか場所にこだわってほしいと思う。
メレッタは錬金術師になれればじゅうぶんだ。あの研究棟で毎日ライガの研究をして、ときどきはネリス師団長にライガに乗せてもらう。ほんとにそれだけでいいのに。
いつだったかアイリに「あんなヤツのどこがいいの?」と聞いたとき、アイリはすこし考えてうれしそうに教えてくれた。
『カディアンはね、笑うとかわいいのよ』
そのときは「へぇ?」と思っただけだったのに。いまならアイリのいったことがよくわかる。
(ヤバい、こんなのありえない!)
「だってカディアンにはアイリが……!」
「俺も意識したのはマウナカイアにいってからだ。マウナカイアで兄上を手伝って思ったんだ。俺が飛ばしたいのは兄上のじゃなくて……メレッタ、きみのためのライガだ。きみのライガが飛ぶところを俺は特等席で見ていたい」
さっきまで頼りない同級生にしか見えなかった少年が、メレッタに手を差しだした。
「アイリのとき、何もいわなかったのを死ぬほど後悔したんだ。だからもう間違えない……俺はきみに伝えるよ。メレッタ、きみが好きだ」
遮音障壁にこんな使い方があるんだな……と書いてて思いました。









