308.クオードのとんでもない一日 前編
12月に入り寒くなってきましたね。
みなさまご自愛ください。
寝ながらオドゥをこきつかっていたから、クオードもよく覚えている。
「あーそういえばそうね……」
(ま、説得はカディアンがすることになってるし、いっか)
メレッタはすぐに自分の失言に気がついたが、カディアンにまかせたことを思いだし、ここはおとなしく見守ることにした。カディアンはつっかえながら返事をし、なんとも頼りない。
「け、研究棟ではお見かけしていません……」
「だろうな、私の記憶にもない」
オドゥはときどき職業体験のようすをみていたようだが、クオードは一階の工房に顔すらださなかった。
クオードはしかめっ面で、当時の記憶をたぐりよせながらブツブツとつぶやく。
「……そのあとは朝食のメニューを考えるのにいそがしく、グリドルの製品テストで海猫亭に通い、さらに魔道具ギルドに交渉にでかけておった」
カーター副団長は細かいこともしっかり覚えていた。カディアンはクオードの血走った目にギロリとみすえられ、内心ダラダラと汗をかいた。
「それにきみは竜騎士団志望で、錬金術師団には兄のユーリ・ドラビスがいるから参加したのではなかったかね」
カディアンの顔がパッと明るくなった。
「それです!」
「は?」
「その竜騎士団の職業体験で、彼らが使う武器や防具を間近で見る機会がありました。あれを仕上げられたのはカーター副団長だとか」
「たしかにそのとおりだが……」
あれはミスリル塊を精錬するところからはじまり、最後の仕上げまで錬金術師の独壇場だ。キラキラの甲冑を身にまとう竜騎士たちをグレンの背後から見おろしながら何度も思ったものだ。
(あいつらの装備は、この私が作り整備したのだ。ふん、だれも気に留めんがな!)
まさかそれに気づくヤツがいるとは。クオードはカディアンをちょっと見直した。
「ミスリル鉱の品質もさることながら、竜騎士ひとりひとりに合わせ、細かく調整された精緻な強化式に防護式……これが錬金術師の仕事というものかと感動しました!」
「そ、そうか?」
クオードがすこし気をよくすると、カディアンは勢いづいた。
「はい、それにカーター副団長のお姿は王城でもいつもお見かけしています。王城の魔道具をよく修理されていますよね」
あれは予算獲得の手段としてよく雑用を引き受けていたからで……それにクオード自身が壊れた魔道具を見ると、ほっとけない性分のせいもある。
「そんなたいしたことはしとらんが」
めんどうだな、と思うとオドゥに投げているし。
「いいえ、マウナカイアでも使える素材や道具が限られている状況で、海洋生物研究所の魔道具をつぎつぎに修理しておられたその手際のよさ……さすがはあのグレン老に取りたてられ錬金術師と認められたかただと思いました!」
メレッタもおどろいたが、夫人のアナもぽかんとカディアンの話をきいていた。
錬金術師団にはいる際、クオードはアナにひとことの相談もなく収入の安定した魔道具師の仕事を捨てた。クオードが勝手にひとりで決めてしまったことに、アナは腹をたてそれで大ゲンカになった。
しかも入団後のクオードは朝早くから夜遅くまで研究に明け暮れ帰ってこない。メレッタが生まれたばかりでなければ、とっくに別れていたかもしれない。
アナはメレッタの子育てにいそがしく、クオードがやっている仕事の内容など聞いたこともなかった。
カディアンが語るクオードの仕事ぶりは、口下手な夫が王城でただ仕事をするだけではなく、いかにコツコツと丁寧に周りに気を配っていたかをアナに教えてくれた。
王城でそこまで身を粉にして働いていたのであれば、アナやメレッタに気を配る余裕などなかっただろう。
(私……もしかしてすごい人と結婚していたのじゃなくて?)
ネリス師団長にいわれてはじめた朝食づくりも、最近はアナの意見も取りいれ市場にも自分でいくようになったせいか、たまにアナもびっくりするほど凝ったものがでてくることがある。
「そうだ、それに王城土産として人気がでた『防虫剤』、もとはカーター副団長が作りはじめられたのだとか」
「ま、まあな」
「なんですって、あれもあなたが?」
その防虫剤ならアナも知っている。衣替えの季節にピッタリな新商品として、アムリタ薬品がしきりに宣伝している。
「てっきりネリス師団長かヌーメリアさんかと……」
「最近はそうだが作りはじめたのは私だ」
いまのオシャレで香りがいいタイプのものではないが、「材料さえあればこちらで作るから防虫剤を買うための予算を回せ!」と、それはもうねちっこく家政部門長と交渉したのだ。
いちいち防虫剤の注文書を書くのも面倒だと思った家政部門が折れ、きっかり防虫剤代だけ年間予算をわけてくれることになった。王城全体であればたかが防虫剤でも相当な金額になる。
錬金術師団も予算が確保できたし、それからさらに改良されて使いやすくなった防虫剤に、家政部門長もいまでは満足しているようだ。
クオードは渋い顔をしていたが、アナまで自分を見直したようだし、ほめられて悪い気はしなかったのだろう。
「きみは……兄とちがい実に素直で見どころがあるな。ふむ……それほどいうのなら弟子と認めてもよかろう」
「ありがとうございます!」
(うそ!お父さんが認めた⁉)
メレッタがあっけにとられていると、カディアンは居住まいをただしてこんどはアナに向きなおった。
「それと、カーター夫人にもお願いがあります。どうかメレッタが錬金術師になることを認めてください!」
ぽかんと聞くだけだったアナは、急に話をふられてドギマギした。
「えっ、あら、メレッタも?」
「はい、メレッタがいたから今年の職業体験は成功したんです」
職業体験……と聞いたクオードは、ギョッとして立ちあがった。
「ちょっと待て。またメレッタを巻きこむつもりか、許さんぞ!」
クオードは〝サーデ〟を唱えると、一枚のフォトをぴらりと呼びだした。
アナの〝秘蔵お宝フォト〟ではなく、メレッタがユーリとカディアンにはさまれてにっこりしている、保護者承諾書にアナのサインをもらうために撮った写真だ。
「こんなにっ、私になんの断りもなく、ピッタリとくっつきおって!」
「うわぁっ、ほんとにすみません!」
カディアンにしてみればいい災難だ。このぐらいの距離は王城見学ツアーの参加者ともよく撮っている。メレッタにたのまれて撮ったものが、こんなところでクオードに証拠写真のようにあつかわれるとは。
「やだお父さん、そんなの持ってたの?お母さん、ちゃんとしまっといて!」
メレッタがあわてたようにフォトをとりあげた。だまってカディアンの顔をにらむクオードの血走った目がギラリと光った。さっきまでは多少遠慮していたが、自分の弟子となれば容赦はしない。
「いいか!研究棟では私がキッチリ貴様を監督してやる。研究中の事故でかたづけられることもあるしな!」
(ひいいい!)
内心あがる悲鳴はおしころして、カディアンは「お願いしますっ!」と頭をさげた。とにかく入団だ。錬金術師団にはいれないことにはどうしようもないのだから。
「それで……メレッタの入団は」
おずおずと口を開いたカディアンに、クオードが即答した。
「認められるわけがなかろう!」
「そんな!」
メレッタは悲鳴をあげた。母さえ認めれば父はいいといってくれていたのに、これじゃ逆効果だ。
カディアンは認められても自分の道は閉ざされた……悔しさで目の前が真っ暗になり、メレッタはうつむいて唇を強くかんだ。
そのときポンとかるくカディアンの手が、ひざの上で握りしめたメレッタの手に置かれた。
「おいっ、娘にふれるな!」
「お願いです!どうか夫人からも副団長にお口添えを!メレッタの夢をかなえたいんです!」
クオードが若かりし頃に買った二階建ての、それほどひろくないリビングにカディアンの声が響く。
「えっ……でもこの子は……殿下を支えられるような子では……」
戸惑うような母の声にカディアンの声が被さった。
「ちがいます!僕が彼女を支えたいんです!僕は学園の卒業パーティーにも、彼女をエスコートしたいと思っています!」
「なんですって⁉」
「貴様ぁっ!」
母の叫びと父の怒号が重なりメレッタが思わず顔をあげると、目をまるくして両手で口をおさえた母と、憤怒の形相をした父の顔が目にはいった。









