307.休日のクオード・カーター
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メレッタは困惑した。
「でも私、あなたのことべつに好きじゃないわよ?」
そういったあとに「きらいでもないけど」と一応つけくわえた。
「知ってる」
「それに私、ライガのことしか考えてないわよ?」
「それも知ってる」
どうにも困ってメレッタはさらにつけくわえる。
「それに私、ユーリ先輩にあこがれてるんだけど」
それを聞いたカディアンはさすがにぎょっとした。
「えっ、あ、兄上の妃になるのか?」
「もうっ、王太子妃になりたいなんて思ってないわよ。あこがれよ、あ・こ・が・れ!」
「そ、そうか……よかった……」
ほっとしたように胸をなでおろすカディアンに、メレッタは口をとがらせた。
「よくないわよ、私たちつきあってもいないじゃない」
「だよなあ……」
カディアンは頭をポリポリとかくので、メレッタは紫の瞳で思いっきりカルをにらみつけた。
「ふざけてそんなこというんだったら、ブッとばすわよ」
いちど男の子ってブッとばしてみたい。それとも頭からお茶をかけてやろうか……メレッタがわりと本気で拳をにぎりながらそう考えたとき、カルはあわてて両手を前につきだして横にふった。
「ちがう、ふざけてない。俺たちの関係はいままでと何も変わらない。俺と婚約すればカーター夫人だってメレッタの入団を認めてくれるだろう。俺も錬金術師団にはいり、メレッタのライガをつくるために協力する」
「だけどそのためにわざわざ婚約を?」
眉をひそめたメレッタに、カディアンは顔を赤くして答えた。
「俺にもメリットはある。卒業パーティーにエスコートする相手に悩まなくてすむし。俺、本気でこまってるんだ」
「ディアのこと?」
とつぜんカディアンを追いかけまわすようになった同級生のことを思いだしてたずねると、カディアンは首を横にふった。
「ディアはまだ遠慮がある。それ以外にもきてて……兄上のほうが多いけど。俺は静かに過ごしたいが、だれもエスコートしないのもいつまでもアイリを想っているようにみられて、兄上に不満があるのではと勘ぐられかねない」
「カディアンも苦労してるのねぇ……」
ディア以上ってすごいな……と思いつつあいづちをうつと、カディアンはメレッタに茶色にかえた瞳をむけた。
「その……メレッタがイヤなら婚約解消すればいい。数年間でもいい、ライガを作るための時間を稼ぐだけでもいいだろう」
時間を稼ぐ……そのひとことにメレッタは反応した。
「そう……わかったわ、つまりかりそめの契約婚約ね!」
「か、かりそめ……?」
カディアンがぽかんとした顔でまたたきをすると、メレッタは納得したのかウンウンとうなずく。
「それで何年かしてカディアンに好きな人ができたら婚約破棄するのね。破棄されて落ちこんでいるってことにすれば、さらに数年は稼げるわね!」
バッチリないい計画だ。相手がカディアンならとくにもめることもないだろう。
「いや、あの……俺は……」
何かいおうとしたカディアンをメレッタはさえぎった。
「仮じゃないとこまるわ。私お妃教育なんて絶対ムリだしそんな時間ないもの」
メレッタはそういうとビスケットに手を伸ばした。王都では昔から売られている子どもにも買いやすい定番のお菓子だ。サクリと軽い食感でメレッタが歯をたてると、丸いビスケットはサクサクと小気味いい音をたててくずれていく。
「それ……つまり俺は婚約に同意してはもらえたけれど、フラれたってことだろうか?」
カディアンが難しい顔になって頭をひねる。ビスケットを食べ終えたメレッタがカップを持ちあげると、カディアンが淹れてくれたお茶はちょうどいい具合の飲み頃だ。
「まぁそうね。だいたいなんで私なのよ」
もういちどメレッタが紫の瞳でにらみつけると、カディアンはこまったようにポリポリと頭をかく。
「そういうところ、かなあ……」
メレッタはあきれた。
「なにそれ意味わかんない」
王子様が魔道具ギルドの休憩室で、メレッタに婚約を申しこむなんてありえなさすぎる。アナほどじゃなくても、もうすこし時とか場所にこだわってほしいと思う。とはいえこだわられすぎても逃げ場がなくなりそうでこまるけれど。
カップがからになったところで合図すると、木のうろからアライグマが三匹トコトコとでてきて、ビスケットの袋やティーカップをトレイごと泉まで運び、カップや皿を洗いだす。
メレッタがそんなアライグマたちのようすをほっこりとながめていると、おもむろにカディアンがいった。
「じゃあこれからメレッタの家にいくよ。ともかくきみの入団だけでも説得しよう」
「ほんとにウチにくるの?私、お芝居する自信ないから、両親の説得はカディアンがやってくれる?」
「俺が?」
とりあえずメレッタはめんどうなことを全部カディアンに投げた。
「そう、カディアンがうちの両親を二人とも説得できたら婚約してもいいわ」
「わかった」
(まぁ、きっと無理だろうけど。二人からお説教されてスゴスゴと帰るのがオチよね)
メレッタにも言い負かされるカディアンが、あの二人と話をつけられるとはとても思えない。
父クオードはメレッタが男の子と話すだけでも機嫌が悪くなるし、母アナもかわいいものが大好きで夢見がちなわりに、娘の将来には妙に現実的でシビアなのだ。
(いちどあの二人にしっかり叱られればいいのよ)
そう思ったメレッタはアナに『これからカディアンといっしょに帰るわ』とエンツを送った。
そしてメレッタの予想どおりクオードの機嫌はカディアンをみたとたんすこぶる悪くなった。
「……なぜきみがここにいるのかね」
「ちょっとあなた、カディアン殿下よ!」
夫人のアナがあわててとりなしたが、不信感まるだしでクオードはほえた。
「そんなことはわかっとる。その殿下がなぜメレッタといっしょに帰ってくる!」
「お母さんてばお父さんに知らせてなかったの?」
メレッタが聞くとアナは肩をすくめた。
「だってあなたにエンツをもらってあわててお掃除したんだもの」
この場合、掃除をしたのは部屋の隅にいる〝お掃除君〟で、アナは着替えていたのだろう。朝に着ていた部屋着ではない。〝エルサの秘法〟を使えないため、したくに時間がかかるのだ。きっとまた服の色に悩んだにちがいない。アナはめんどくさそうに夫に説明する。
「殿下から『メレッタと話したい』と連絡がきたから、わたしが『魔道具ギルドにでかけました』と教えたのよ」
「それで教えたのか、お前は娘がかわいくないのか!」
「うるさいわね、送っていただいただけなのに、カディアン殿下に失礼よ!」
カディアンはごくりとつばをのんだ。ここで夫婦ゲンカに割ってはいるのは勇気がいる。だがこのままでは話が進まない。カディアンはさけんだ。
「あのっ、きょうはお二人にだいじな話があってきました。どうかお時間をいただけないでしょうか!」
クオードに断られたらあとがない。錬金術師団への入団は絶望的となる。ここで失敗するわけにはいかないのだ。
「だいじな話……?」
二人がケンカを中断したところで、メレッタがあわてて助け船をだした。
「カディアンはね、錬金術師団にはいりたいの。お父さんの弟子になりたいんですって!」
「私の弟子になりたいだと……?」
ようやくカーターが副団長の顔をとりもどし、アナが目をかがやかせた。
「まぁっ、殿下が?」
「そう、職業体験でお父さんの仕事ぶりをみて、カディアンはお父さんのことすごく尊敬できるって……ねっ?」
メレッタに「ねっ?」とふられたカディアンは、こくこくと必死にうなずいた。
オドゥに弟子いりを断られた話はだまっておく。だがクオードは疑わしそうにカディアンの顔をじとりとみた。
「私はあのときは腰痛で、家でも研究室でもほぼ寝ておったが……きみはいつ私の仕事をみたのかね?」
カディアンは切り抜けられるのだろうか……。









