305.ゴリガデルスの燻製ジャーキー妖精風味
よろしくお願いします!
うずくまったヴェリガンにはソラが水を持ってきた。ユーリとオドゥはわいわいと、メラゴやビビをかけた肉を味わっている。
「お、なかなかいけます」
「ん、しびれるけどクセになるね~ビビは味覚を強めるのかな」
「目がチカチカする!」
ビビをまぶした肉をかじったアレクがさけんで、ヌーメリアが注意した。
「メラゴは食べすぎても舌がしびれるだけですが……ビビは視覚をうばいほかの感覚を鋭敏にするので、摂りすぎに注意してくださいね」
「それヤバいやつじゃん……ユーリ、さっきから食ってるけどだいじょうぶ?」
「あ~テルジオには内緒にしてください、バレたら絶対怒られます。うまみが強くなってやめられないんですよ、目の前に散る火花もおもしろいし」
「効果自体はしばらくすればなくなりますよ」
ライアスはまずヌーメリアの特製スパイスを手のひらに少量とり、じっくりながめてにおいをかいでからかるく舌先で舐めた。
「ふむ……刺激はあるが、肉にかけるとどうかな」
そういってライアスは慎重な手つきでスパイスを肉にふりかけ、口に運ぶとゆっくりとよく噛んで味わってからうなずく。
「わざわざ解毒剤を用意して毒を味わう美食家の集いというのを、まえに聞いたことがある……なるほど、これはうまいな」
うーん……味わえないとなんだか損した気分だ。ほかに何かおいしくする方法……と考えて、わたしは一冊の本を思いだした。
(そうだ、レオポルドにもらった〝おまじない集〟に、料理をおいしくするおまじないがあった!)
みんながひと通り食べ終わると、ライアスは燻製の準備をはじめる。しっかりと塩析したあとに塩抜きした肉を、スライスして網のカゴにいれ、チップをいれた燻煙器につるすようだ。
ライアスが燻煙器をセットすると、魔法陣が朱金に光り加熱をはじめる。
「サーデ!」
わたしは〝おまじない集〟を手元に呼ぶと、パラパラとページをめくった。
「この状態でしばらく置いておけば、ほっといてもできあがる。ネリア、それは何だ?」
テーブルにすわって本のページをめくるわたしのところに、ライアスもやってきた。
「〝おまじない集〟だよ。これなら暴走してもそう騒ぎにならないだろうって、レオポルドがくれたの」
「ほう、あいついつの間にこんなものを……」
ライアスの目がキラリと光った。
そのあいだに、わたしはめあてのページを見つけだす。
「あった!『〝ベルナ〟……妖精の力を借りてお料理がおいしくなります。ひとさし指をくるくるとかまどにむかって回し、唱えること』だって。これ、使ってみてもいい?」
うずうずしながら聞いてみると、ライアスはやさしくうなずいた。
「いいとも」
「ありがとうライアス、やってみるね!」
こどもたちがよくやる〝おまじない〟は卵がふっくらしたり、肉がやわらかくなったりする程度のものだ。
目をキラキラさせておまじないを唱えるネリアなぞ、なんともかわいいではないかとライアスは思った。
わたしは深呼吸をしてから、かまどにむかってひとさし指をくるくる回し、はじめてのおまじないを唱えた。
「よーし〝ベルナベルナ、おいしくなーれ!〟」
とたんにぶわっと発酵臭がひろがった。
「く、くさいっ!」
あまりの強烈なにおいに耐えきれず咳きこむ。咳がとまらず涙目になるが、息を吸うと脳天を直撃しそうな悪臭が口からはいってくる。
「ひっ!」
「うわ、なんだこのにおい!」
それは研究棟のみんなも同じでゴホゴホと咳きこみ、ヴェリガンなどは「ウボォ!」と口をおさえて倒れこんでしまった。
「なっ、なんで?」
わたし、〝ベルナ〟で毒ガス製造しちゃったの⁉︎
さっとナプキンで口を覆ったライアスが風をよび、においはすぐに薄まり息ができるほどになった。心配になったわたしはかまどにかけよる。
「どうしよう……わたし、ライアスがせっかく準備したお肉、失敗しちゃった」
「ちょっと待ってネリア……」
オドゥがおろおろとするわたしを脇にどかして、口元をおおったまま燻煙器のフタをあけて中をみた。
「あーそういうことか」
オドゥは納得したようにうなずくとフタをもとにもどす。
「そういうことって、どういうこと?」
パニックになりそうなわたしに、オドゥが眼鏡をおさえて説明してくれる。
「妖精がバッチリ仕事したってことだよ……燻製にした肉をある特殊な条件で発酵させると、ものすごい珍味ができるんだ。ごくまれに偶然できるから妖精のしわざともいわれるやつさ」
「ものすごい珍味……てことは食べられるの?」
食べたいとはとても思えないにおいだけど!
青くなったままのわたしを、ライアスが笑顔で力づけた。
「だいじょうぶだネリア、これはすごい珍味だぞ。火であぶると最高にうまいし酒がすすむ。ただちょっと……いやまぁだいぶ、においが強烈なだけだ」
あー……そんな食べものがあっちの世界にもありました。ふつうに香ばしい燻製でよかったんだけど……。
「僕……たべりゃれにゃいひゃも」
そういって鼻をつまんだまま、涙目でアレクが逃げていった。うう……アレクごめん。
「ちょっと手間だが風魔法をつかって乾燥させよう。そしたら日持ちするしにおいもそれほど気にならないだろう」
ライアスがそういい、オドゥが水気をとばして乾燥した肉を瓶につめていく。
「いいね、これだけ量があれば冬のあいだ楽しめそうだ」
「あ、それならマウナカイアにいるウブルグにもいくつか送ろうか。食いしん坊だし」
そうだ、ウブルグに押しつけよう、そうしよう。ヌーメリアがほほえんだ。
「ウブルグなら甘味もよろこぶかもしれませんね」
「そうだね、こんど王都にお菓子でも買いにいこうかな」
そんなわけでわたしは軽い気持ちで〝ゴリガデルスの燻製ジャーキー妖精風味〟をマウナカイアに送った。ところが〝妖精のしわざ〟ともいわれる珍味は、なんとウブルグだけでなく、『海洋生物研究所』で働くポーリンやカイまでとりこにしてしまう。
ゴリガデルスの肉は竜騎士団に大量に保管してあるから、ライアスにたのめばもらえるけれど。
彼らの「追加で送ってくれ」という熱心な求めに応じて、わたしはそれから何回も〝ベルナ〟を唱え、そのにおいをかぐハメになり……送ったことをめっちゃ後悔した!
こんなにおい……一度でじゅうぶんなんだけど!
それにこの消費量……あいつらぜったい酒盛りしてる!
おまけ……『海洋生物研究所』にて。
「くーっ、こんな珍味つくってわざわざ送ってきてよぉ……俺の舌と心臓をわしづかみにするなんざ、絶対ネリアって俺のこと好きだろ、なっ、そう思うよな?」
カイが王都から送られてきた〝ゴリガデルスの燻製ジャーキー妖精風味〟をガジガジとかじりながら、エルッパを胃に流しこむ。
キツい。キツいが胃の腑から妖精のしわざといわれる妙味がたちのぼり、酒の香りとあわさるとなんともクセになる。
「ほむ……カイ宛ではなく、わし宛に送られてきたもんじゃがのぅ」
ポーリンといっしょに〝ゴリガデルスの燻製ジャーキー妖精風味〟をつまんでいたウブルグが冷静に指摘すると、カイはやおら立ちあがった。もうすでにわりとできあがっている。
「それがいちばん納得いかねぇ!ウブルグ、ネリアを賭けてエルッパ三本勝負だ!」
ビシッと勝負を申しこむカイに、ウブルグのつぶらな瞳がキラリと光った。
「ほむぅ?わしには勝負を受けるメリットはないのぅ。来月の灯台守当番を賭けるならいいぞぃ」
「きまりだな!俺が勝ったらこいつを送るときは俺宛にするようネリアにいっとけよ!」
「やれやれ……二人とも元気だねぇ」
ポーリンはかじっていた〝ゴリガデルスの燻製ジャーキー妖精風味〟のカケラを、ぽいっと水槽にほうりこんだ。水槽にいたウミウシがちょっとだけグルメになった。
人魚は異性から食べものをもらうとドキッとします。
次回はメレッタ視点です。
 









