304.中庭で魔獣グルメを
えーとたぶん、ほのぼのスローライフな感じです……。
わたしはできたばかりのかまどを見にいった。
「これ?」
綺麗に魔石タイルを貼ったかまどは、きれいなだけでなく丸っこい形がかわいらしい。
石窯のように余熱で調理するタイプではなく、炎の魔法陣を敷いたうえに、鍋や網をセットして使うらしい。
わりとこの世界の魔力持ちは、ちょっとした加熱なら火の魔法陣を敷いて、そのへんでやってしまう。だから居住区にも調理台はあるけれど、こうしてちゃんとしたかまどをみるのははじめてだ。
「魔石タイルを貼ってあるから、ちょっとした汚れなら自分で綺麗にしてくれる」
ライアスは周囲を囲ったかまどの中心に、小さな魔法陣を敷いた。薪を使ったりするのではないらしい。
「こうして敷いた魔法陣に炎の精霊を迎えいれる」
魔法陣が朱金に光ると、のぞきこむ顔が赤くなるほどの熱が周囲にひろがった。
「炎の精霊はずっとここに?」
目をこらしてもとくに精霊の姿は見えないけれど、ライアスはうなずいた。
「調理の間はいてくれる。かまどを使いおわれば姿を消す」
「消えちゃうの?」
ライアスは説明する言葉をさがすように首をかしげた。
「消えるのとはちょっとちがうな……精霊は実体を持たない。存在はあれども我々には認識できなくなる」
「そっか……魔法を使うってことは、精霊の存在を認識するってことなんだね」
もともと古代文様を使った魔法陣は、精霊に願いをつたえる言葉だったと、マウナカイアでもレイクラがそんなことをいってた……。
魔素が満ちる世界には精霊の存在がある……中庭では精霊のソラがアレクといっしょに、使い終わった皿をもってとことこと片づけている。
「でも錬金術で精霊の存在を意識することってないよね?」
いっしょにかまどをのぞいていたユーリにたずねると、彼はちょっと難しい顔をした。
「グレンがいってましたよ。『さまざまな属性の魔力はあれど、それらを構成する魔素そのものには違いがない。錬金術は魔素も〝精霊の力〟ではなく、〝物質〟としてあつかうから自由な変容が生まれる』……と」
「錬金術は魔素すら〝物質〟としてあつかうか……そうだね」
「ユーリもネリアもなに真面目な顔してんのさ、ほら網のっけるよ」
オドゥが運んできた網に、ライアスが切った肉を並べていく。すぐにゴリガデルスの肉から、湯気とともに脂がジュウジュウと泡をたててにじみでてきた。
意識したことなかったけれど、炎の魔法陣を使って加熱するのって炭火焼きとはまたちがうんだろうか。
目をこらすと網にのせた網からしたたり落ちた脂は、魔法陣にふれた瞬間に陣がぽわっと光り、熱に変化して消えてしまう。
それはまるで落ちた脂が魔法陣に吸いこまれていくみたい。
そのさまをしばらく一心に見つめて、ふとわたしは気がついた。
「あ!」
「どうした?」
「このかまど、煙がたたない!」
わたしは大発見のつもりで叫んだけれど、中庭にいたみんなはきょとんとした。
「ネリアって……ときどきあたりまえのことでおどろきますね」
ヌーメリアがふしぎそうに首をかしげるから、わたしはあわてていいつくろう。
「えと……ほら、〝炭〟とかつかうと煙がでるよね?」
きっと森で育ったヴェリガンなら理解してくれるはず。そう思って彼のほうをみたのに、わたしの期待は裏切られた。
「炭……ずいぶん原始的なもの……使うね。グレンがそうしてたの?」
「そうじゃないけど……」
ごめんなさい、また頭の中が別世界にいってました。あちらの常識、こちらの非常識……その逆もあるけど!
異世界エクグラシアは、煙くささや温暖化とは無縁なようです!
「秋は収穫の時期だからな、作物の実りもあるし、魔獣たちも脂がのってうまくなる。ミスリルナイフには解毒の効果もあるから、調理の下ごしらえにも便利なんだ」
そういいながらライアスがひょいひょいと、焼けた肉を皿に乗っけてくれる。うわ、ストップかけないとすぐてんこ盛りになっちゃう。
「下処理はきちんとしてあるからくさみはないが……ネリアは苦手ではないか?」
「わたし?とくに好き嫌いはないけれど……どれもはじめて食べるんだもの、わからないよ」
くん、とにおいをかいでからパクリと大きく口をあけていただく。そのままモグモグと咀嚼すると、わたしの心は感動でいっぱいになった。なにこれ、めっちゃうまいじゃん!
「おいしー!歯ごたえはあるけど、かみしめると甘い肉汁がじゅわっとお口のなかにひろがる!」
落ちそうなほっぺたをおさえてしまうと、それをみたライアスがほっとしたような笑顔をみせる。
どんな凶暴な魔獣だっておいしくいただいてしまう……人間ってやっぱ貪欲だ。
「魔獣の肉は、〝魔力もち〟にはたまんないよ。とくにその属性を持つものにとってはね」
ぺろりと肉を食べながら、笑って舌なめずりをするオドゥの顔があやしい!
ヌーメリアが灰色の目をまたたかせ、紫の小さなツボを差しだしてほほえんだ。
「よろしければこちらの薬味もどうぞ……私が調合しましたの。メラゴの根を使いました」
「ヌーメリアが?」
「メラゴの根って〝毒〟じゃなかった?」
「これは舌がピリピリするだけです……香りがよくて肉の味がひきたちます」
灰色の魔女はふわりとうれしそうにほほえむ。
「うふふ……〝毒〟も少量ならばいいスパイスですわね……配合にはとりわけ気をつけていますから、いっぱいかけてもだいじょうぶですよ」
ヴェリガンがためらうことなくバクリと食べて、「し……しひゃがしびれりゅ……」ともがいているのをみて、わたしはおそるおそる肉のはじっこにちょっとだけつけてかじった。
んん、ふわっとひろがり鼻に抜ける香りがたまらない……舌がちょっとピリピリするけれど!
もうすこし味わいたかったのに、わたしの三重防壁がキラッと光ったとたんに、もう解毒してしまった。さすがだけどメラゴの風味も消えて、元のゴリガデルス味になる。
「あぅ……ピリピリ感がなくなると、なんだか物足りない」
残念がっていると、ユーリが気の毒そうな顔をした。
「あ~三重防壁はそういうとき不便ですね」
そういいながらバクバク食べるんじゃないよ……くぅ、この育ちざかりめ!
「こっちの茶色いツボは何?」
「そちらはビビの芽を摘んで乾燥させて粉に……目の周りに星が散ったりします」
「お、試そうぜ!」
オドゥとユーリがノリノリでヌーメリア特製スパイスを試す横で、わたしはなんとなく悔しくなりながら、お肉をもきゅもきゅ噛んだ。
「ライアスがきょう持ってきたお肉はずいぶんたくさんあるね」
スライスして焼いている肉のほかに、ハーブといっしょに肉を漬けこんだトレイまである。
「すぐに食べるぶんもあるが、せっかくだからかまどを使って燻製にしようと思っている」
「燻製?こんどこそ煙がでるのね!」
いや、とくに煙にこだわりはないんだけれど!
「ヴェリガンがそのためにハーブも用意してくれた」
「もしかして何日も前からこのために準備を?」
「せっかくの休日ネリアと過ごすんだ……時間をかけて楽しめるものがいいだろう?」
至近距離で甘くほほ笑むライアスに、わたしは噛んでいたお肉をのどにつまらせそうになった!
「ライアスはちょっと作戦を変えてきましたね」
そんな二人のようすをみたユーリがぽつりとつぶやくと、オドゥは面白そうに眼鏡のブリッジに指をかけた。
「おやユーリ、負けをみとめるの?」
ユーリはビビとメラゴ、両方のスパイスを肉にかけた。
「そんなんじゃないですよ。けれどライアスがネリアのことをすごく大事にしているのが、こちらにも伝わってきますからね。なんだかやっぱりいろいろとカッコいいですね、彼は」
ユーリが肉を口に含むと舌がピリッとして、鼻に抜けるさわやかな香りとともに目の前に火花が散る。目がくらむ間に、口の中に肉のうまみがじゅわりとひろがった。
「……それならそれで、こちらもべつの手を考えるだけです」
ヌーメリアの特製スパイスのお味が、ちょっと気になります。









