303.ライアスが持ちこんだもの
よろしくお願いします!
ひさしぶりの休日の朝、にぎやかな中庭の気配で目がさめた。
「ソラ、なんだかにぎやかだね」
「ライアス様がお越しになっておりますので」
「えっ」
わたしはあわてて飛び起きた。
「ユーリ様やオドゥ様もいっしょに何やら中庭で準備されております」
「そういえば昨日オドゥがそんなこといってたっけ……」
上着をひっかけて中庭にでようとして。ハッ、わたし寝起きだった!
こんなときのために〝エルサの秘法〟はある。一瞬で寝起きのボサボサ髪もつやつやにまとまり、死んだ魚のような目もパッチリ輝き、シワだらけの服もシャンとして爽やかな香りがするという身支度の魔法。
その昔「お寝坊エルサ」と呼ばれた魔女エルサが少しでも長く眠るために編みだし、働く女子の間でひろがっている秘法だ。わたしもメロディに教えてもらった。
会ったことないけどエルサには、お寝坊女子たちから心からの感謝が寄せられているにちがいない。
ひげそり機能の追加については、お寝坊男子に是非ともがんばっていただきたい。わたしもエルサとメロディに感謝しつつ、着替えてさっと身支度をすませると、にぎやかな声が聞こえる中庭にでていった。
「おはよう、ネリア」
中庭でなにやら組みたてていたライアスが、さわやかな笑顔で立ちあがった。
「ごめんね、わたし寝坊して……!」
ライアスにかけよると、彼は首を横にふった。
「休日なのだからゆっくり寝かせてやるよう俺がソラにいったんだ。だが結局うるさくて目を覚ましてしまったかもしれないな」
「それはだいじょうぶだけど……」
あれから毎日ではないけれど、ライアスはときどき研究棟にやってきて食事にくわわっていく。それだけでなく彼はキビキビと動き、野菜の皮むきなどといった下ごしらえも率先してやってくれる。
「わ、ライアス……そんなことまでしなくていいのに」
最初はそういってとめようとしたけれど、ライアスはそれをさえぎった。
「気にしないでくれ、遠征時は食事の準備も手早くする必要があるんだ。ほうっておくと腕がなまるからな」
ライアスにひきずられるように、ユーリやヴェリガン、オドゥまでもが食事の支度に積極的に動くようになった。いまではわたしがやるのは、ソラと相談してメニューを決めることぐらいだ。
そのうえライアスが「ご馳走になるだけじゃ心苦しいから」と持ちこむものだから、メニューに肉などの種類も増え、朝ごはんがボリュームアップした。
そんなわけでウブルグがいなくなったあとにライアスがくわわって、人数は変わらないのだけど食卓の雰囲気はだいぶかわった。
夏は木陰に置かれたテーブルの真ん中で、パンケーキやベーコンなどをグリドルで焼いているあいだに、ソラがパンやスープをくばり、食べているとお茶も運ばれてくる……というわりと静かな光景だったけれど。
「ネリアも起きてきたし、食事にしよう」
ライアスのひと声で、さっと朝食のテーブルが準備され、わたしが席につくと全員がすわる。なんだか朝食のスタートまでビシッとなった。
「はい、ネリア」
オドゥが差しだした野菜スープをひと口飲んだわたしは、目をまるくした。
「ん!今日のスープおいしい!」
ソラがパンを皿にのせながら教えてくれる。
「スープの味つけはオドゥ様がなさいました」
「ホントに?」
オドゥは眼鏡を指でおさえると、こともなげに返事をした。
「ヴェリガンの畑からいい具合に野菜とハーブが手にはいったからね。それにライアスがリンガランジャの干し肉を持ってきたから……今日のスープはけっこうぜいたくだよ」
ライアスがキラキラ光るナイフを取りだし、ミッラの実をさっくりと割って皮をむくと手際よく皿に盛っていく。
「ネリア、オドゥをもっとこき使ったほうがいいぞ。オドゥは街の食堂でも働いていたから料理が上手い」
「えっ、そうなの?」
いつも中庭で食事をするときは、オドゥは配膳をすこし手伝うかな……といったていどで、のんびりとお茶をのんでいたのに。オドゥは肩をすくめた。
「僕の料理は女の子と二人で食事をするとき用だから。いつもいそがしく働いている子には手料理が効くんだよ」
「うわ、まだそんなことやってんの?」
そのやり取りをきいていたライアスが、オドゥをかばった。
「そういうなネリア、料理ひとつにしろオドゥは努力してイチから覚えたんだ。たとえ下心からくるものだったとしても賞賛に値する」
オドゥはめんくらって顔をしかめ、こめかみを押さえた。
「ライアス……そういうほめられかたすると、僕かえって居心地が悪いんだけど?」
「そうか?俺は女性に対してそこまで努力をしきれなかったから、それができるお前はすごいと思う」
手ばなしでまっすぐにほめてくるライアスに、オドゥは頭をふるとがっくりとうなだれた。
「たのむ……たのむから、そういう認めかたやめて……」
そのようすがなんだかおかしくて、わたしは笑ってしまう。ライアスといっしょにいると、オドゥも普通の青年にみえる。
遠征前、竜騎士団の訓練場で手合わせをすませたばかりのライアスとレオポルドのところに、オドゥと二人で観客席から降りていった。
いつも堂々として頼もしいのに、くしゃりと笑うと目がとてもやさしくなるライアス。
いつも人のよさそうな笑みをうかべているのに、ときどき遠慮のない辛辣な口調になるオドゥ。
それにいつも無表情でにこりともせず不機嫌そうなのに、わたしがぐらつきそうになると、大きくて温かい手でしっかりと支えてくれるレオポルド。
彼らにもちゃんと人生があって、過ごしてきた少年時代が垣間みえる。わたしはなんだか特等席でそれをながめている気分だ。
「あーもぅ、ネリアにまで笑われてるじゃん。僕のことはいいからさ、きょうはライアスいろいろと準備してきたんだろう?」
「そういえばさっき、何か組みたてていたね」
ライアスが明るい笑顔をみせてうなずいた。
「ああ、ソラに許可をもらったから、簡単なものだが中庭に〝かまど〟を組みたてていた」
「かまど⁉」
「グリドルも手軽で便利だが、こうしてみなで食事を楽しむなら〝かまど〟があってもいいだろう?」
「うわ、本格的……バーベキューどころか、おうちキャンプも楽しめるね」
そういえばライアスと朝食を食べながら、グリドルで焼く以外の調理は居住区のキッチンでしていることや、寒くなったら中庭ではなく、師団長室で食事をするつもり……なんて話をした。
ライアスはそれを聞いてすこし考えこんだ。
「そうか……研究棟にはそれなりに人数もいるし、工房や師団長室で料理をするわけにもいかないが、居住区からいちいち運ぶのは大変だろう。中庭に調理スペースがあるとよさそうだな」
「それいいね!」
そんな話をしていたのがついこのまえだったのに。けさ起きたらもうかまどができているとか。彼がとった行動の早さににあぜんとする。
「さっそくゴリガデルスの炙りをつくるか」
ミッラの実をむき終わったライアスが、こんどは持ちこんだゴリガデルスの肉をスライスしはじめると、気持ちいいぐらいにナイフがスッとはいっていく。
「ライアスのナイフ、すごい切れ味だねぇ」
「まぁ……これは特別かな」
ライアスがすこし困ったように返事をすると、ライアスの手元を見ていたオドゥがあきれたような声をだす。
「そりゃそうだよ、ミスリルナイフなんて、それ一本で魔導車一台分の値段だからね……」
「ミスリルナイフ⁉どうりでキラキラしていると思った」
「俺の料理は調理用魔道具や包丁などは使わず、野菜の皮をむいたり刻むのにも、このナイフひとつで済ませることが多いから……」
超高級ナイフを無造作に使っているひとがここにいたよ!
ミスリルナイフがすっかり料理道具に……。









