300.カディアン、オドゥに会いにいく
300話目です!
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なんだかビルとメロディが加わっているだけで、夏に研究棟の中庭でお昼をたべたメンバーとそう変わらない。
「どうだメロディ、今年の実習生は」
「そうね……みんなちゃんとやっているわよ、とくに男子が真面目でびっくり!」
ビルに聞かれてメロディがそう答えると、レナードが銀地眼鏡をキラリと光らせた。
「俺は魔道具師になると決めたんで。やるからには一流になってみせる」
カルはすごい勢いで食べていた揚げパンを飲みこむと、口をひらいた。
「俺は……錬金術師団の職業体験に参加して魔道具の大切さをあらためて感じた。それに昨日のサージ・バニスの研修もおもしろかった」
ニックもパンをかじりながらぽつりという。
「俺も……竜騎士になるつもりだけど、錬金術師団でライガを組みたてるのけっこう楽しかった」
「へー、錬金術師団の職業体験て想像つかないけど、いい影響があったみたいね!」
それはもう、いろいろなことがありました!
ビルがみんなのために淹れてくれたコーヒーを受けとりつつ、メレッタがニコニコと笑った。
「そうですね、じつはこのお弁当……父が作ったんです。職業体験の前だったら信じられないわ!」
それを聞いたビルがお弁当をのぞきこむ。
「ほぉ、たいしたもんだ。俺もグリドルの交渉をギルドでおこなった縁で、うまいものを食いにいくときはときどきカーターさんも誘うんだ。カーターさんは料理についても研究熱心だよなぁ」
いつのまにかビルとカーター副団長が仲良くなってた!
サージ・バニスに提出した課題は、カルもわたしも合格点はもらえていたらしい。午後はカルといっしょに、今日の研修先となっているヒルダさんのところへむかう。
「あの、ネリィさん……あとでイグネルさんのところにいってみようと思うんだ。実習が終わったらつきあってもらえないだろうか?」
「いいよ。じゃあ実習が終わったら、いっしょに研究棟に移動しようか」
「ありがとう」
それだけいうとカルは緊張した顔でまた前をむいた。
ギルドで受付をしているヒルダさんのところには、全国から魔道具も集まってくる。それを整理し、各部門に振りわけるのも彼女の仕事らしい。
「魔道具の種類が増えたから、申請を受けても検査や許可に時間がかかることもあるの。それをスムーズに進めるために、私たちで一度整理するのよ」
「たくさん種類があるんですね」
「そう、おもしろいわよ。見てみる?」
わたしは書類をめくった。
「なになに……〝カタツムリ自動捕獲機〟、葉っぱをめくって見つけたカタツムリをつかまえてくれます……こんなの売れるんですか?」
「需要があればもちろん商品になるわ。工房を構えず個人でやっている魔道具師の作品には独創的なものもおおいわね」
ウブルグには売れるかも……。わたしはさらに書類をめくる。
「わ、めんどくさがりのための〝脱いだ靴下ひっくり返し機〟なんてのもある。こんなの使ったらかえってめんどうなんじゃ」
わたしはあきれたけれど、カルは興味深そうにしている。
「毎回ひっくり返してくれるなら、靴下を脱ぐのも楽しくなるな……」
〝脱いだ靴下ひっくり返し機〟が王城におかれる日もちかいかもしれない。
研修を終えて五階にもどろうとすると、待ち構えていたらしいディアがあらわれてカルに話しかけた。
「ねぇ話を聞いてよカディアン、卒業パーティーでエスコートする相手がいないなら、私をパートナーに選んでほしいの。アイリには及ばないかもしれないけど精一杯つとめるから!」
「カルだ。それは昨日断っただろう」
「あ、わたし先にいってるから……」
なんだかややこしくなりそうなので先にいこうとしたわたしをカルがひきとめて、結局三人でエレベーターに乗りこんだ。カルはため息をつくとディアにむきなおる。
「それにいま俺はそれどころじゃない……だいたいニックのことはどうするんだ。いつも一緒だったじゃないか」
ニックの名前をだされたディアはうつむいた。
「お母様が……カディアン殿下のお相手をつとめるべきだって……お願い、エスコートしてくれるだけでいいの。それでお母様の顔がたつのよ」
「ディア、きみの気持ちはどうなんだ。俺は正直アイリのこともあって、パートナー探しには前向きになれない」
カルがそこまでいったとき、エレベータが五階につき扉がひらいた。
「ニックと仲直りしたほうがいいんじゃないか?」
「俺は遠慮する」
「ニック!」
話が聞こえていると思わなかったのだろう、カルとディアがおどろいた顔でふりむくと、五階にいたニックは皮肉気な笑みを口の端にうかべた。
「ディアが俺のそばにいたのはちょうどよかったからだ……カディアンにはアイリ、グラコスにはベラがいたもんな」
「そんなつもりじゃ……」
青ざめたディアにむかって、ニックは肩をすくめた。
「いいさ、俺だって自分に正直じゃなかった。ほんとは……ああいいや、とにかく俺は好きにさせてもらう。ディアもカルを口説き落としたかったらがんばれよ。じゃあネリィさん失礼します」
ニックはもう帰るところだったらしく、それだけいうと自分はさっさとエレベーターに乗りこんでしまった。おまけにメロディに課題を提出したカルは、わたしに駆けよってくる。
「ネリィさん約束したろ?……いっしょに帰ろう!」
「なんですって⁉」
なんだかディアにどうでもいい誤解をされた気がするけれど、わたしとカルはいっしょに転移した。
「おかえりなさいませ、ネリア様」
わたしを出迎えたソラがカディアンに視線をはしらせる。
「ソラ、オドゥはいる?」
「工房におります。よんでまいりましょうか?」
「おねがい」
研究棟では錬金術師たちが工房で遠征隊が持ち帰ったミスリルの精錬や、素材の整理をしていたようだ。ソラにたのんで工房にいたオドゥを呼んできてもらう。
「ネリア、僕に用事だって?」
こげ茶の髪に深緑の瞳をもつ錬金術師、中肉中背でとくに目立たない風貌のオドゥ・イグネルが、黒縁眼鏡のブリッジを指で押さえて師団長に顔をだした。
「うん、わたしっていうかカディアンが……」
「はいっ、イグネルさんとお話がしたくてっ!」
カルことカディアンは直立不動の姿勢で、ビシッと背筋をのばして顔を真っ赤にした。
「……だそうなの。カディアンの話を聞いてあげてくれる?」
「職業体験も終わったし僕には話すことなんてないけど……ネリアのお願いならしょうがないな」
オドゥはあまり気が進まなそうだったけれど、かるくため息をついてカディアンの前にやってくる。
「……で、何?」
カルは顔を赤くしたまま手の指をにぎったりひらいたりして、どう話そうか迷っているみたいだ。そしてついに口をひらいた。
「あのっ、イグネルさんは何の研究をされているんですかっ!」
オドゥは軽く眉をあげた。
「僕は生と死の境界線を書きかえる研究をしている。端的にいえば〝死者の蘇生〟だ」
「えっ」
はぐらかされつづけた答えをあっさり聞かされて、おどろいたカディアンだけでなく、わたしまでつい声がでた。オドゥはわたしにむかって人のよさそうな笑みを浮かべた。
「聞かれたから答えたんだよ。それに研究はあくまで研究で、それが実現できるかは僕にもわからないけどね」
たしかにそうだけど……なんだかそれって、オドゥが目的を隠す必要がなくなったみたいに聞こえる。カディアンはオドゥの答えを聞いて一瞬ためらったようだけれど、それでも思いきったように勢いよくいった。
「その……それを俺も手伝うことはできますかっ!」
「……は?」
オドゥが深緑色の目をみひらいた。「どういうこと?」とわたしに聞いてきたので、わたしがカディアンの代わりにこたえる。
「カディアンは錬金術師になりたいそうなの。それでオドゥの弟子にしてもらいたいんだって」
「なんだって?」
オドゥの目がけわしくなった。
「……〝弟〟は一人でじゅうぶんだ。僕はユーリをかわいがっているけれど、あいつを弟子にしたわけじゃないし、きみの面倒までみる気はないね」
そういうと白いローブをひるがえし背をむけたオドゥに、カディアンは必死な声で呼びかけた。
「どうかお願いします!俺をイグネルさんの弟子にしてください!」
その声に足をとめたオドゥは眼鏡に手をかけたままふりむいた。切れ長の瞳が鋭くカディアンをとらえる。
「きみには……何を犠牲にしてもよみがえらせたい〝死者〟はいるのか?」
カディアンはごくりと息をのんだ。それでも拳をにぎりしめ低い声で答える。
「……いません」
「じゃあ僕の研究はきみにとっては何の価値もないだろう。それに王族が手をだすような分野じゃない。失礼するよ」
そういったきりふりむくことなく、オドゥは工房に続く扉のむこうに姿を消した。
カディアンは弟子入りを断られました……。









