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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』
第一章 錬金術師ネリア、王都へ向かう

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30.じゃくじぃ

WEBコミック『MAGKAN』にて月刊連載中!(毎月1日更新)

ニコニコ漫画、アプリ『コミマガ』でも配信開始!

 目が覚めてしばらく、わたしは自分がどこにいるのかわからなくて、見慣れないぼんやりと天井を見上げていた。窓からは初夏の明るい日差しがシーツに落ちている。


「ネリア様、お目覚めですか?」


 涼やかな声がして、わたしはハッとして身を起こし、キョロキョロとあたりを見回せば、昨晩ソラと名づけたオートマタと目が合う。


「ソラ! そうだ、師団長室を開けて……」


「ここはグレン様が暮らされていた居住区です。朝食をお持ちしますね」


「うん……」


 わたしはぺったんこのお腹をさする。昨夜はなにも食べずに寝ちゃったから、 起きていきなりお腹がペコペコだ。


 すぐにソラが準備した、焼き立てのパンとスープが、それに目玉焼きにベーコンと温野菜が添えられて運ばれてくる。


「グレン様がいつも召し上がるものをご用意しましたが、ご希望があればおっしゃってください」


「ありがとう」


 ベッドで朝食とか……なんなのこの待遇。あ、師団長様だった。


「え、毎朝こんな感じなの?グレン爺、王都でこんな暮らししてたの⁉」


「はい」


 ううう、気をつけなきゃ。これがあたりまえだと勘違いしそう。


「……おいしい!」


 モグモグしていると、ソラが流れるような美しい所作で、ティーカップにお茶を淹れてくれる。人間離れした繊細な美しい横顔と、その手つきにみとれてしまう。


 うわ、これは一度味わってしまったら、抜けだせないかも。


「どうぞ、ネリア様」


 お茶を受けとりながら、気になったことを聞いてみる。


「ソラって男性? 女性?」


 こてりと首をかしげたソラは、まばたきをしてすぐに答えてくれた。


「精霊のソラに性別はございません。体も生殖活動をしないのに、グレン様がそこまで作りこむのは面倒だと」


「なるほど……でもなぜ精霊がグレンと契約して、人形のなかに?」


「……グレン様に『人間ごっこをしてみないか?』と誘われました」


「人間ごっこ……ソラも楽しんでいるってことかな?」


「はい」


 実体を持たない精霊は自由で、人間とは感覚が違うから、ソラが考えていることはよくわからない。


 でもきっとグレンとの契約は、寿命の長い精霊にとっては、ほんの気まぐれなのだろう。


 彼らが人間と契約を結ぶのはまれで、今はそれがわたしに引き継がれている。力を借りるのは用心しないと。


 満腹になって、香り高いお茶を飲みながら、ふと昨夜は疲れきってベッドに倒れこみ、そのまま寝てしまったことに気がつく。


 浄化の魔法もかけてないから、体がペタペタして気持ち悪い。


「浄化の魔法もいいけど、こんなときはリラックスしたいなぁ。あーお風呂はいりたい」


 わたしがなにげなく呟いた言葉に、ソラが応えてくれる。


「ご用意しましょうか」


「あるの⁉︎」


 驚いてたずねると、ソラはこくりとうなずいた。


「グレン様が先日、ネリア様のために作製されてました。『じゃくじぃ』というものだそうです」


「じゃくじぃ?……ジャグジー⁉︎入る!今すぐ!見たい!どこ?」


 寝室をでて案内された浴室は、ゆったりとした広さがあり、柔らかい光に満ちて明るくて。大理石でできた大きな白い浴槽にお湯を満たし、壁のスイッチを押すと気泡がでてくる。


 グレン爺、仕事完璧だよ!


「うわぁ、本当にジャグジーだぁ。これ、グレンが?」


「はい、ネリア様に二十歳の誕生祝いだと」


「え」


 師団長室や居住区が、デーダスの家にくらべて散らかってないのも、グレンがソラに命じて片づけさせていたらしい。


 びっくりだ。二十歳のお祝いをして、いっしょにお酒を呑んだ夜に、王都に連れていく話は聞かされていたけど。


 お風呂を作ってくれるとか、そんなこと……彼からはひと言も聞いていない。


「そっか……うん、ありがとう。入ってくるね」

 ソラがこてりと小首をかしげると、水色の髪がさらりと揺れた。


「ネリア様、ソラに『ありがとう』を言う必要はございません」


「そうだね、でもわたしが言いたいの。あたりまえのことにしたくないし、有り難いっていう意味で……ごめん、難しかったかな」


 ソラは無表情のまま、水色の瞳を何度かまたたかせた。コミュニケーションは取れるけれど、人外である精霊と意思の疎通は難しい。このへんは手探りでやっていくしかない。


「……ネリア様は『ありがとう』と言いたい。これでよろしいでしょうか」


「うん、そう。わかってくれてありがとう」


「はい」


「あと、わたしがお風呂に入るときは『ごゆっくりどうぞ』と言って、着替えとタオルをこのカゴに置いて。そしたらソラは退室して扉を閉める。わかった?」


「はい。『ごゆっくりどうぞ』」


 湯船に張ったたっぷりのお湯に、足先からそろそろと浸かっていく。ぶくぶくと湧く泡が体を包み、強ばった筋肉をほぐしてくれる。お湯を両手ですくい、パシャリと顔に浴びせる。


「あああ、気持ちいい。ゆったりとお風呂で手足を伸ばせるのって三年ぶり……ホント気持ちいい」


 こっちにきてまだ日も浅いころ、わたしはさんざんグレンに「お風呂に入りたい」と訴えた。


 浄化魔法もある世界で、『お風呂』という概念を説明するのも難しく。


「お湯に人間がはいる」と言ったら、「人間を煮るのか?」と真顔で問い返された。


「違ーう!」


 わたしは一生懸命、お風呂はどういうものかを説明して。


 気持ちいいんだーとか、ジャグジーなんて最高!とか、なんどもなんどもお風呂のよさを、わざわざ絵まで描いて説明したのに。


「ふん、浄化の魔法で汚れは落ちる。風呂なんか知らん」


 とかいって、まったく取り合ってくれなかったくせに。


 今になってジャグジーとか。


 二十歳の誕生祝いとか。


 なんなのこれ。


 本当にもう……口が悪くて偏屈で、素直じゃない困ったお爺さんで。


 それなのにこんな優しさ。


 ふい打ちだよ。


 もっともっといっぱい話しておくんだった。


 グレンに会いたい。


 視界が涙でゆがんでしまい、わたしはしばらくお風呂からでられなかった。

今回はネリアの休日です。

わたしもグレン爺に『じゃくじぃ』作って欲しい。次回からは、『王都編』始まります。

挿絵(By みてみん)

(絵:よろづ先生)

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 雅せんすと申します。 お便りコーナーを読んで本作を知りました。 とても面白くてグイグイ物語に引き込まれました。 この回はグレンさんの不器用な優しさに泣きました。 こんな心の…
[良い点] >ふい打ち みごとに心に沁みる。記述と構成力も上がってきたと思います。
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