298.レオポルドと街歩き 後編
『レオポルドと街歩き』後編です。
どのSSもざっくりと案だけ考えたお題から選んでいただいたので、すこし準備に時間がかかりましたが、楽しんで書かせていただきました。
ドサッ……。
重たくて鈍い音とともにたしかに衝撃はあったのに、体はそれほど痛くない。
「……?」
何か温かいクッションのようなものに包まれている……と思ったら、クッションから心臓の鼓動が聞こえてきた。
目をあけると、どうやらレオポルドがわたしを抱きこむ形で受け身をとって落ちてくれたらしい。
わたしレオポルドをお布団にしてる⁉︎
「ごっ、ごめん……レオポルドまで巻きこんじゃった」
あわてて身を起こして謝ると、レオポルドは仰向けになったままわたしを見あげて聞いてきた。
「怪我はないか」
「だいじょうぶ……レオポルドは?」
レオポルドはゆっくりと身を起こし、軽く体を払って立ちあがる。
「衝撃はそれなりにあったが……たいしたことはない」
「あのっ、かばってくれたんだよね?ほんとにごめん!それにわたし不注意だったよ……」
「いや……私もうっかりしていた」
わたしが泣きそうになりながら謝ると、レオポルドは顔をしかめてため息をつく。
「本来ならお前を追ったりせず本の外から干渉すべきだったのに……自分まで吸いこまれては魔術師団長としては失格だ」
「次からは遠慮なく見捨ててくださいっ!」
レオポルドが腕組みをして、その黄昏色の双眸でじっとわたしを見おろした。
「そうしたらお前は顔面から着地していたのではないか?」
「う……」
レオポルドに冷静に指摘されればいいかえせない。彼は重ねて聞いてくる。
「それに……ひとりで戻れるのか?」
戻れますとも!……といおうとして気がついた。見回すと落ちたところだけ少し広くなっているけれど、周りは石づくりの壁が張りめぐらされていて、通路のようなスキマがいくつかあいている。
「ええと、ここはどこでしょう?」
とほうにくれたわたしがたずねると、レオポルドは簡潔に答えを返す。
「本の中だ」
うん、知ってる!
「タイトルを読まなかったのか?」
「うん……」
なんだか赤い表紙に男の子と女の子が描かれていて、男の子は右手にもった魔導ランプをかざして二人は手をつないで歩いていたような……。
金文字でタイトルが書かれていたけれど、絵に気を取られてちゃんと読まなかった。
レオポルドは髪をほどくと頭をふり、もう一度結びなおして淡々といった。
「〝迷宮絵本〟だ」
「〝迷宮絵本〟……?」
「子どもむけの絵本だ」
「子どもむけ?」
「子どもが部屋で退屈しているときに読むものだ。本を開けば迷宮に連れていってくれる。まったくお前はパパロッチェンといい〝迷宮絵本〟といい、二度も子どもだましの手にひっかかるとは……」
レオポルドは渋い顔をしてうなるようにいうけれど、子どもだましの手がこりすぎでしょう!
本に吸いこまれる子どもむけの絵本って何なの⁉
「えっと、じゃあ迷宮をクリアすれば本からでられるの?」
「そのとおりだが仕掛けもあるし、いまの状態のお前では厳しいだろう」
「いまの状態?」
「気づかないのか?」
キョトンとしたわたしが首をかしげると、レオポルドも同じ向きに首をかたむけて聞いてくる。師団長室でもおなじように首をかたむけて向かいあったっけ……。
どうやら二人の感覚はすりあわせが必要なようだ。
それになんだかレオポルドもいままでとちがって、こちらの反応をうかがいつつ待ってくれるようになった。
わたしは何に気づいていない……?
何かふだんとちがうところ……そう考えて、ハッとする。
「え……あ、魔術が使えない⁉︎」
わたしはあわてて左腕にはめた腕輪を確認する。
「わ、ライガも使えない……」
レオポルドを見あげると彼もうなずいた。
「私も魔術は使えない。本の中では使えないよう制限される……でないと冒険にならないからな」
「そんな……」
「迷宮を攻略すればいいだけの話だ……いくぞ!」
「あのさ、迷路の壁に左手をついて進めばいつか出口にでられるって聞いたことあるよ!」
「それは壁が動かなければの話だ!」
「壁……動くのぉ⁉」
わたしはすぐに今日タイトスカートを履いてきたことを後悔した。
八番街の古本屋さんにいくだけのつもりだったのに、迷宮を走り転がる岩に追われ、飛んでくる吹き矢をよけ、壁のツタをよじのぼり、亀裂のはいった床を飛び越えるハメになるなんて!
ブーツだけは履きなれた靴でよかった!
「ひいいいい!」
三重防壁も使えないのでは、レオポルドがいなければ大怪我をしていたかもしれない。
子どもむけの絵本と聞いたけれど、中はしっかりと作りこまれていた。
迷宮に入るときは二人とも素手だったのに、進むあいだに宝箱を見つけ魔導ランプも手にいれた。
魔導ランプを掲げたレオポルドはしっかりわたしの手をひいて、いつのまにか迷宮絵本の表紙に描かれた二人みたいになってた。
そしていま、わたしたちは迷宮の最奥で魔物に追われながら、やっぱり走っていた。目の前に淡い光を発する石柱が見える。
「出口だ……飛びこめ!」
レオポルドが叫んで魔物に魔導ランプを投げつけると、魔物にあたって緑色の炎が燃えあがり、そのすきにレオポルドはわたしの手をひいて光に飛びこんだ。
「あら!あらまぁ……おかえりなさい!」
イズミ堂のおばあちゃんの明るい声が聞こえて、息を切らせたわたしたちはふわりと甘い香りに包まれる。
「迷宮絵本に吸いこまれたときは、甘いクッキーと紅茶を用意しておくんですよ。お腹がすいているかもしれないから、サクサクのミートパイでもいいわね。そして砂時計をひっくり返して子どもたちが戻ってくるのを待つの」
イズミ堂のおばあちゃんは、お茶を用意して待っていてくれたらしい。
「この本は息子がよく読んだお気に入りの本なんです。売り物ではないのだけれど、息子も大きくなったものだから退屈しているのか、気にいったお客さんを見つけるとついていきたがるの」
迷宮を汗だくで走り回っていたはずが、浄化の魔法とエルサの秘術であっという間に身づくろいを済ませて古書店の奥でテーブルにつけば、ずっとここでティーカップを手にのんびりとお茶をしていたかのようだ。
「どうだったかしら?ひさしぶりに童心にかえって楽しめたのではなくて?」
おばあちゃんお手製のクッキーが、バターの香りとともに口の中でほろりとくずれる。
「そうだな……」
「はは……」
レオポルドは無表情にうなずき、迷宮絵本が初体験だったわたしはあいまいに笑う。
わたしがクッキーをつまんでいるあいだに、お茶を飲み終わったレオポルドは席をたち、店内をまわって数冊の本を選ぶと戻ってきた。
「このへんならうっかり暴走しても、周囲への被害はそうないだろう」
「ええと……〝雪の結晶の育てかた〟と、〝ロウソクの炎であそんでみよう〟に〝おまじない集〟……?」
〝雪の結晶の育てかた〟は、さまざまな形の雪の結晶を育てるときの、気温や湿度……風の強さなどが細かく書かれている。単純に〝雪〟を降らせるといっても、どんな形の雪を育てるかによって降る雪の様子や降りかたも変わるらしい。
三番街で雪を降らせたわたしの〝雪〟に対するイメージは、アバウトで曖昧だったことがわかった。降る〝雪〟がどんな形をしているかなんて、考えてもみなかった。
〝ロウソクの炎であそんでみよう〟は、どうやら一本のロウソクを使って炎魔法の練習をする本のようだ。子どもむけの練習帳みたいな本だけれど、うしろのほうには〝イルミエンツ〟まで載っている。
〝おまじない集〟は、古代から使われている〝おまじない〟の数々だ。
魔術の呪文ほど強力ではないけれど、精霊への〝お願い〟や幸運を呼び寄せる〝言霊〟……つまり効果があればうれしいし、失敗しても暴走してもそれほど困ったことにはならなそうなものばかり。
「子どもむけだがきちんと基本をおさえて書かれている本だ。いきなり魔術を使おうとせず、すこしずつ慣らしていけ」
そういってレオポルドは「これをたのむ」と、本をイズミ堂のおばあちゃんに渡した。
「私は買ってもらった本でその人を覚えるんですよ……あら、イケメンさんねぇ」
おばあちゃんは本を包むときになってようやく、レオポルドの顔を見たらしい。
「彼女のことを本当に考えて選んだのね……またいらっしゃいな、オススメを用意しておきますよ。迷宮絵本もいっしょに包みますね……気が済んだら戻ってくるでしょう」
おばあちゃんはニコニコしてわたしたちを店先まで送りだしにきてくれた。
ちょうどそのタイミングで逆さ砂時計がくるりと回る。
異世界古書店……なんだか不思議すぎる……でもまたきてみたいかも。
本の包みを持ったレオポルドにたずねる。
「えと、レオポルドがイズミ堂にいきたがったのって……わたしに本を選ぶためだったの?」
「本はまともでも、お前の能力にはバラつきがある……また勝手にその辺の魔術書を参考にされても困る」
魔術師団長としては見過ごせなかったらしい。
(そりゃそうだよね……結局レオポルドに手をかけさせただけで、また今日も失敗しちゃったし……)
走りまわって今日はくたくただ。視線を落とすと魔導タイルできれいに舗装された道に、二つの影が長くのびていた。
「あの、わざわざありがとう」
思いきって顔をあげて彼にむかってお礼をいえば、意外な言葉が返ってきた。
「お前は〝古代文様集〟を喜んでいたからな。それに……栞の礼だ」
「栞?」
一瞬何のことだろう……と考えて、マウナカイアから帰ってきて借りていた〝古代文様集〟を彼にかえしたときに、葉脈の栞をはさんだまんまだったのを思いだした。
「え、あれとってたの?そしたらちゃんとしたの作るよ!」
「……あれでいい」
レオポルドはふいっと顔をそらした。
彼の瞳は見えなくなったけれど、おかげでわたしは風になびく彼の銀髪が、秋の日差しに柔らかく輝いているところを思う存分ながめられた。












