294.オドゥとレオポルド(学園時代)
アンケートSSオドゥ編『オドゥとレオポルド』です。
学生寮にいる魔術学園一年生時代の二人を書かせていただきました!
シャングリラ魔術学園一年生のオドゥ・イグネルは放課後に学生寮へと戻ってくると、自分の部屋にそなえつけてある本棚から二冊の本を取りだした。
一冊は学園の図書室から借りた本で、もう一冊は同級生である銀髪の少年から借りた本だ。
一年生同士、彼の部屋は同じ階の並びにある。授業が終わるとすぐに教室をでていったから、寄り道しなければ部屋にいるだろう。
オドゥが思ったとおり、ノックするとすぐに少年はでてきた。
長いまつ毛が黄昏色の空を映したかのような瞳をふちどり、人形のように綺麗な顔をした少年だ。オドゥの顔をみて彼が小首をかしげると、細い銀髪がサラリと揺れた。
「レオポルド、借りた本を返しにきたんだ。それに今日は学園の宿題がそれほど出なかったろう?きみに見せたい本も持ってきたんだ!」
銀髪の少年は無言でオドゥの顔をじっとみかえしたが、すぐにオドゥが通れるように脇にどいた。
「ありがとう!」
「座って」
ようやくレオポルドが口を開き、澄んだ高い声が聞こえた。
部屋の造りはオドゥの部屋と変わりない。ベッドがあり勉強机と椅子があり、壁に本棚とクローゼットが備えつけてあって、魔術学園の紺色のローブが吊るされている。
ローブを脱いだレオポルドは、耳にも腕にも魔石がついた飾りをいくつもつけていた。遠目にはキラキラしたアクセサリーのようだが、すべて魔力制御の働きがある護符だ。ふだんはローブに隠れているので、耳飾りぐらいしかみえないが。
ちらりと首元からのぞくチョーカーだけが鈍い銀色で、彼の魔力が不安定なのはそのせいらしい……とだけオドゥは聞いた。
オドゥがレオポルドの示した椅子に座ると、レオポルドは茶器が置いてある一角にいき、茶葉の袋をあけて魔道具になっているポットに二さじいれた。
水の魔石をいれておくと、魔力を注ぐだけで常に熱いお湯が満たされる。
あまり見たことのない高価な魔道具は、上品な乳白色でいちおう簡素な寮の部屋に合わせたのか、飾りのないころんとしたシンプルな形をしている。
レオポルドはカップを温め時間をみはからってお茶を注ぎ、香りをたしかめてからうなずくとオドゥをふりむいた。
「砂糖はいれる?」
オドゥはそんなレオポルドの様子をぽかんと見ていた。
「どうした?」
銀髪の少年が目をまたたく。
「えっ?あ、ごめん。ふたついれて!」
砂糖をふたついれたカップを受けとると、オドゥはうれしそうにまくしたてた。
「なんていうかさ、本格的っていうか僕がみたこともないお茶の淹れ方で……仕草も流れるみたいに綺麗だし、カッコいいと思って……びっくりしたよ!」
「……お茶は淹れ方で味がかわるから」
照れくさいのかふいっと顔をそらすと、レオポルドはベッドに腰かけて自分のカップを手にとった。オドゥは持ってきた二冊の本を取りだす。
「ありがと!これが借りてた本、アルバーン領の魔獣についてくわしく書かれていて、とても参考になったよ!それにとても挿絵が綺麗だ。図書室の本よりずっと良かった」
「……公爵邸の書斎から適当に持ってきただけだ」
淡々と返事をしたレオポルドは、カップを置いて本を受けとると本棚にしまった。
「公爵家の蔵書なんだ……やっぱりすごいや!僕のはごめん、学園の図書室から借りたやつなんだけどさ……カレンデュラの魔獣について載っているんだ。いっしょに見ようと思って」
「カレンデュラの?」
レオポルドはオドゥが持ってきた本をのぞきこむ。
オドゥとレオポルドはオドゥが学園にやってきた初日に打ち解けた。
広すぎる学園に迷子になりそうだったオドゥを、一年生担任のロビンス先生のところに連れていったのがレオポルドだ。
オドゥが勝手に打ち解けているだけかもしれないが、べつに嫌がられている感じはしない。
レオポルドは見た目こそ人形のようだが、オドゥが話してみれば子どもらしい好奇心をもった普通の少年だった。
静かに本を読んでいることも多いが体を動かすのも好きで、見た目をからかう相手には向かっていくし、けんかっ早い。
レオポルドは無口でほとんどしゃべらないが、オドゥが気さくに話しかけているうちに魔獣というか生きもの全体に興味があるとわかった。
それならと、アルバーン領とカレンデュラそれぞれに住む魔獣についてたがいに教えあう約束をして、まずはレオポルドが持っていた本を貸してもらったのだ。
そうやってオドゥがレオポルドの部屋にいけば、レオポルドがお茶を淹れる。そして二人でお茶を飲みながらときどき会話し本を読むようになった。
「きょうはさ、レビガルの甲羅を持ってきたよ。前に父さんと狩りをした話をしたら、見たいって言ってたろう?」
学園の課題もあるからオドゥもそう長居はしないし、無口なレオポルドはほとんどしゃべらず聞き役で、オドゥが一方的に話すことが多いけれど……いつのまにかそんな習慣ができていた。
オドゥは自分が平民で孤児だとしても気にならなかったし、レオポルドに与えられたものはきちんと自分なりに返しているつもりだった。
今日のオドゥは自分で茶葉をレオポルドの部屋に持っていった。
「やぁレオポルド、今日はさ……僕が持ってきたお茶でいいかな?」
「オドゥの?」
レオポルドのところでお茶を飲むのはオドゥの楽しみのひとつだが、いまオドゥが持っているお茶は、貴族だってそう飲んだことはないだろう。だってあの場所に行かなければ飲めないお茶なのだから。
「うん、きみが持っている茶葉みたいに発酵していないんだ。山頂にある野生の木から葉を摘んで揉んで日にあてて乾燥させただけのものさ。お湯は沸かしすぎないで低めの温度で淹れるんだ」
そういってオドゥは自分で茶器のところにむかう。
レオポルドの高価な魔道具を借りてお茶を淹れるのは、最初はちょっと緊張したが何度かやらせてもらい、使いかたにはもう慣れた。
オドゥの手でそっと目の前に置かれたカップを見おろし、レオポルドが目を伏せると長いまつ毛が黄昏色の瞳に影をつくる。お茶の色をしずかに観察したあと、ひとくち口にふくんでこくりと飲みくだす。
「甘い……」
銀髪の少年が目を丸くすると、こげ茶の髪をした少年はひとなつっこく笑った。
「だろう?これが本来のお茶の味なんだよ。もちろん僕はきみが淹れてくれるお茶の香りも好きだよ」
やわらかな日差しが窓から部屋に差しこみ、お茶を飲んで目をとじればここが学生寮じゃなくて故郷の村にいるみたいだ。
「父さんが仕事から帰ってくると、母さんがいつもこのお茶を淹れてくれて家族みんなで飲んだんだ……父さんの土産話を聞きながらみんなで」
楽しそうに話していたオドゥはそこで言葉を切って、何かに耐えるように口をつぐんだ。しばらく経ってからようやくだした声はすこしだけ硬かった。
「だからこのお茶は一人で飲みたくないんだ」
銀髪の少年はそんなオドゥの様子を無表情にじっと見たあと、手元の茶碗に目を落とした。
香りや味は記憶を呼び覚ます。自分にとってはこれはオドゥの香りになるだろう。
「飲みたくなったら……ここにくればいい」
銀髪の少年がぽつりとつぶやくと、オドゥはちょっとだけ目を見開いて「そうだね」と笑った。
彼らが……十年経つと今みたいな感じに(汗
設定としてはあるのですが、本編でもおそらくあまり触れることはないだろうな……という部分を書き起こしました。












