293.竜騎士団職業体験
そういえば竜騎士団の職業体験ってどんなかな……と、ふと思いました。
「今年の参加者は、カディアン・エクグラシア、グラコス・ロゲン、ニック・ミメットの三名か。団長のライアス・ゴールディホーンだ、よろしくたのむ」
「「「よろしくお願いします!」」」
団長のライアス・ゴールディホーンは、令嬢たちが見たら間違いなく悲鳴をあげて失神するのでは……と思えるほど太陽のようにまぶしい笑みをさわやかに浮かべた。
あいにくいまここ、竜騎士団の訓練場にいるのは三人の魔術学園生に竜騎士たち……黄色い悲鳴はあげそうにないゴツいメンバーばかりだ。
カディアンもグラコスも背が高くがっしりとしていて、ニックは二人に比べればやや背が低いもののやはりしっかりと鍛えているため、体格だけは竜騎士たちとそう変わりないように見える。
けれど魔術学園からやってきた三人はすでに、目の前に並んだ竜騎士たちの迫力に圧倒されていた。
びしりとのびた背筋にしなやかな体躯……竜騎士たちがずらりと並べば筋肉の壁だ。
(ドラゴンに乗っていなくても、なんかすげぇ……)
ライアスは慣れているのか、そんな竜騎士たちのなかにいてもとくに気にする様子はない。
カディアンたちもライアスのように竜王戦を制して、竜騎士たち全員を叩きのめせば気にならなくなるのかもしれないが、その前にボコボコにやられる自信ならある。
「みな学園でやる体術だけでなく、基礎的な鍛錬はおこなっているようだな」
ライアスはひとつうなずくと、副官である緑の髪をしたデニスに確認する。
「風魔法はどうだ?」
デニスが手元にある学生たちから提出された書類を確認した。
「風魔法に関してもとくに問題はないかと思われます」
「では訓練場で風の盾や体術などの確認をしたあと、竜舎に連れていけ」
「はっ!」
「竜騎士はドラゴンに乗り天空を駆ける。どんなに己れの戦闘能力が高かろうと……」
ライアスは言葉を切り、三人の学園生たちの顔を見回してからにっこり笑った。
「まずはドラゴンに慣れないと話にならない」
「まぁ、いいんじゃないの?」
三人のお手本になって次々に風魔法を発動していた竜騎士のレインがそういうと、ようやく三人は術をといた。
紺色の髪をもつレインのことは、職業体験説明会にもきていたので三人もよく覚えていた。
職業体験説明会でレインは「つまりは俺がライガにのった最初の竜騎士だ」と自慢していた。気安い感じの男で、魔術師とも錬金術師とも気さくに話していた。
だがいざ風魔法を使いだすと、その術式は正確無比で本来気まぐれな風をピタリとコントロールできている。
三人は訓練場で風の盾や身体強化を、レインがやる通りに必死に術式を紡いだ。学園でも習った内容だ……とっさのときにスムーズに発動できるかというとまだまだだが、なんとかレインの合格点はもらえたらしい。
連続的な風魔法の使用に体が悲鳴をあげ、息が切れヘナヘナとその場にすわりこみそうだが、さすがに三人とも踏ん張って訓練場に立っていた。
三人の結果を書き留めている水色の髪をした竜騎士はアベルだ。アベルの横でレインは涼しい顔をして水を飲んでいる。息を切らしたニックがレインに話しかけた。
「レ、レインさんすごい……っ」
「そりゃ俺らはこれが仕事だから。強くなりたい……じゃなくて、竜騎士は強いのが当たり前だからな。それに……」
レインは竜舎のほうをチラリと見た。
「ドラゴンに乗るのは、ただの人間には危険なんだ。もしも意識を失ってドラゴンの背から放りだされたら死ぬしかない。だから自分の体を守る訓練はしっかりつんでおけよ」
「「「はいっ!」」」
「いいか、竜騎士団に入団したとしてもドラゴンに乗れるようになるまでに数年はかかる。体を鍛えて風魔法を磨き、竜騎士の体ができあがってから感覚共有のスキルを覚える。そこでようやく自分専用の騎竜が持てる」
自分専用の騎竜が持ててはじめて、一人前の竜騎士といえるのだ。
「どうして竜騎士は何年も訓練しなければいけないかわかるかい?」
物腰の柔らかいアベルが三人に質問した。いかついことはいかついが、どこかスマートな感じがする男だ。
「それは……強くないといけないから」
ニックが答えるとアベルが重ねて質問した。
「どうして強くないといけない?」
「もちろん戦いに勝つためです!」
グラコスが勢いよく答えると、アベルが苦笑しつつ説明した。
「そうなんだが……ドラゴンに乗せてもらうには、まずはドラゴンにその強さが認められないといけない。つまりドラゴンを一度たたきのめす必要がある」
「えっ……」
令嬢たちなどは咆哮だけで気絶してしまうというあのドラゴンを……たたきのめす⁉
レインがこともなげにいう。
「建国の祖バルザムだってそうしたんだ。昔も今もドラゴンの流儀はかわらない。単純だろ?」
単純かもしれないが、それは簡単なことではない……何の準備もなくシャングリラにやってきたバルザムにくらべれば、まだ恵まれているのかもしれないが。
「だから竜騎士団に入団しても、何年かは訓練とドラゴンの世話だけで終わる。じゃあドラゴンを見に竜舎に移動するぞ」
ドラゴンを駆りどんな場所にでもさっそうと現れる竜騎士たち……キラキラした甲冑の陰でそんな涙ぐましい努力の日々があることを知るものは、エクグラシア国内でもそう多くはない。
(それにしても……)
アベルについて竜舎にむかう三人を見送りながら、レインはふとふわふわとした赤茶の髪をもつ小柄な娘のことを思いだした。あのミストレイが自ら進んで乗せたがる人間がいたことも信じられないが。
初めて乗ったドラゴンの背から飛びだして、アマリリスから放りだされた自分にむかい必死に手をのばしてきた娘。
(あんときは白い無機質な仮面をつけてたが……俺に妻がいなかったらもうあれだけで惚れるよな)
もちろんネリア嬢には感謝している。ただ団長から『ライガに乗せてもらう』というおいしい場面をいただいてしまったような気がして、レインはちょっとライアスに申しわけなかった。
竜舎でカディアンたち三人は散々な目にあった。巨大な竜舎でドラゴンたちは鎖につながれもせず自由に動いている。
竜舎で待ちかまえていたヤーンの指示のもと、三人はドラゴンの食事の準備をはじめたのだが……。
まずカディアンが刻んだエサが、ツキミツレは気にいらなかった。
バッシャアアアア!
ツキミツレがひっくり返したエサを、カディアンは頭からかぶり、全身が肉まみれになる。
「おいっ、〝王族の赤〟であるカディアン殿下だぞ!」
ニックがさけぶと、見守っていたヤーンが「そうなんだよなぁ」と顔をしかめる。あわてて浄化の魔法を使うカディアンに、ヤーンは茶色い頭をポリポリとかきながら教えた。
「〝王族の赤〟はそれだけでドラゴンたちに狙い撃ちされるからな」
「ね、狙い撃ち⁉」
目を白黒させるカディアンをみて、アベルは気の毒そうな顔をする。ドラゴンたちはプライドが高い。人間のなかでも特に竜王との契約者である〝王族の赤〟は、ドラゴンたちに舐められたら話にならない。
「アーネスト陛下かユーティリス殿下に聞かなかったのか?たのむから死なないでくれよ?」
「へっ、死っ⁉」
青ざめたカディアンは放っておいて、ヤーンはニックとグラコスにも叫んだ。
「おまえたちも風魔法はすぐに発動できるようにしとけ!でないとドラゴンたちにすぐボールにされるぞ!」
「ボ、ボール⁉」
「食事をとったら、ドラゴンたちは〝運動〟の時間だ……」
アベルが静かに説明するうしろで、三人にむけられるミストレイやアマリリスたちの瞳が、ギラリと光った。
風に乗って団長室にいるライアスの耳にまで、学園生たちの悲鳴のような叫びとドラゴンたちの雄叫びがとどき、彼はペンを持つ手を止めた。
「やっているようだな」
カディアンの訓練ぶりは真面目だしきちんと体をつくってきている。
グラコスは武術大会の優勝経験があるだけあって体幹がしっかりしている。
ニックは二人に比べれば小柄だが風魔法が得意だし、実戦では器用に〝風〟を操れる者が有利だ。
副官のデニスも書類を見ながらのんびりと返した。
「三人とも筋はよさそうです……鍛えがいがありますね」
「そうだな……ドラゴンに慣れてそれぞれの性格をつかむには、なんといってもやつらに遊んでもらうのが一番だからな」
そういってうなずくと、ライアスはまた仕事に戻った。
アーネストは誰かが教えるだろうと思って教えなかった。
ユーティリスは自分も教えてもらわなかったので、弟に教える必要はないと思った。
……というわけで、カディアンは何も知りません。












