291.虹色トカゲ(ヴェリガン視点)
SSは自分で2巻を読みかえしながら、あぶくのように浮かんだ話を書きとめたものです。
自分で書いておいてなんですが、1巻も2巻も字がギッシリ……(汗
77話の前後ですね……まさか、ヴェリガン視点の話を書くことになるとは思ってもいませんでした。
いつものようにアレクがヴェリガンの研究室にやってきた。
「ヴェリガン、いたいた!……今度はここかぁ」
ヴェリガンが目を開くと、アレクの青い目がこっちをのぞきこんでいる。
「朝ごはんは……食べたけど」
なんで二回もアレクに起こされるのかわからないヴェリガンが返事をすると、アレクも不思議そうな顔で聞いてくる。
「朝ごはんが終わったのに、なんでヴェリガンは寝ているの?」
研究室でいちばん大きいガトの木が二股に枝分かれしたくぼみの部分で、ヴェリガンは丸まるようにして毛布にくるまり眠っていた。
「なんで……って、オオチカラムシも虹色トカゲもみんな寝てるし……」
「え?ヴェリガンて夜行性?」
いいや……夜は夜でしっかり寝ている。ヴェリガンはポリポリと頭をかいた。
「ごはん食べると眠くなるから……食べないと起きていられるんだけど……」
けれど新しい師団長はヴェリガンに「ちゃんと食事をしろ」という。
ならば食後は寝ているしかない。ヴェリガンは寝ころんだまま自分にあたえられた能力をすべて使って、口から摂取した食物を消化し吸収していた。
ヴェリガンの理屈をぽかんとした顔で聞いていたアレクは、まったくちがうことが気になった。
「ヴェリガンてさ、自分の身なりにかまわないくせに臭くないよね」
「へっ?」
ヴェリガン自身からふわりと漂う香りは、葉っぱや枯草の臭いでそれほど不快なものではない。
「じょ、浄化の魔法もあるし……」
自分の体の臭いなんて気にしたこともなかった!
アレクはともかくヌーメリアが僕を「臭い」とか思ってたらどうしよう!
急にそんなことをいわれたヴェリガンはドギマギして返事をするが、アレクのほうは興味を失ったのか「ふうん」と返しただけで、すぐに自分の用件を話しはじめた。
「こないだコトリバの葉陰で虹色トカゲを見つけたって話をしたでしょ?けど捕まえられなかった……っていったら、こんど虹色トカゲの巣を教えてくれるっていったの、ヴェリガンだよ!」
で、ついさっきアレクはその約束を思いだしたらしい。
「そういえばそんな話を……」
したようなしなかったような。
「今日は家庭教師の先生がこられなくなったんだ!虹色トカゲじゃなくてもいいよ、何かヴェリガンを手伝わせてよ!」
ヴェリガンがちょうど今やっていたのは、口から摂取した食物を消化吸収して……けれどアレクのキラキラした瞳を見る限り、「いっしょにやろう」と言っても多分それは手伝いにはならないらしい。
子どもはいつも突然だ。昔のことも未来のことも考えず、ただ『今』を突き進む。
さあ、動こう。
さあ、何をする?
語りかけてくる青い瞳に、ヴェリガンは見覚えがあった。
放っておけばすぐにあきらめて行ってしまうだろう。
けれどその瞳に誘いこまれるように、ヴェリガンはのっそりと身を起こす。
それは遠い昔に見たことがある。
自分も……あんな風に目を輝かせて、樹海で虹色トカゲを追いかけたことがあった。
コトリバの葉陰、濃い深緑の葉を裏返すと鮮やかな虹色のトカゲがいる。
捕まえようと思ってもトカゲの動きは素早くて、自分の手は空をつかみただ虹色の残像が目に残るだけだ。
(もう遠い記憶だ……)
今の自分は錬金術師の仕事をしながら植物たちといっしょに暮らし、植物ごっこをして寝ている。
植物ごっことはその名のとおり植物たちと一体化したつもりで、落ち葉になりきってガトの木で落ち葉に埋もれてみたり、苔になりきってホウメン苔のうえに寝てみたり、ミルザサの葉といっしょにハンモックで風に吹かれたりすることだ。
それで何がわかるかというと、とくに何もわからない。
なんとなく植物たちもやる気に満ちあふれているときやゆったりしているときなど、それぞれにリズムがあるかな……といったことがわかるていどだ。
ヴェリガンが樹海を走りまわり、木に登って枝から枝へとび、川に飛びこんで苔むした岩床を滑り台がわりに遊んでいたなんて、いまのヴェリガンを知るものたちからしてみれば、信じられないだろう。
唯一、グレン・ディアレスだけが「ほう……樹海の出身か……」とつぶやくと、まるですべてを知っているかのようにそれ以上は何も言わず、ヴェリガンに一階の温室を研究室として与えた。
とくに何をしろとも言われなかったので、ヴェリガンはそれからずっと植物たちを育てている。
さて、虹色トカゲだ。
コトリバが生い茂る場所は虹色トカゲのエサ場だが、やつらが寝に帰る場所はべつにある。
習性さえ知っていればなんてことはない。
ヴェリガンが湿り気の少ない乾いた岩をどかすと、岩の陰になっていた木のうろに、大きいのや小さいの、鮮やかな虹色トカゲが十匹ほどじっとしていた。
「わっ、こんなに⁉」
寝ていたトカゲたちは動きが鈍く、彼らがあわてて逃げだしたときには、さっと手をのばしたヴェリガンがなんと五匹もつかんでいて、アレクも一匹つかまえることができた。
「あ、逃げたヤツもいるよ!」
「いい……捕りつくしたら増えない……すこしだけ逃がす……ばあちゃんがそういう約束だって」
「そっか……そういう約束なんだね」
それでも虹色トカゲを一度に五匹つかまえたヴェリガンは、アレクのヒーローになった。
ヴェリガンもほんのすこし顔を赤くして、うれしそうに捕まえたトカゲを箱にいれる。
「すごいよヴェリガン!そのトカゲ、ネリアにも見せようよ!」
「そ……だね」
いちおう仕事なのだ。仕事をしたのだとわかってもらうためにも、ヴェリガンはアレクといっしょにネリアのもとへ行った。
「あの……これ……ネリアに……」
「なあに?」
工房で小首をかしげて箱を受けとったネリアは、何気なく箱のフタを持ちあげて中身を見たとたん、とびすさった。
「ひいいい!」
「おっと」
ネリアが放りだしそうになった箱を、すかさずオドゥが受けとめる。
フタをすこしあけて中をのぞいたオドゥは「お、虹色トカゲかぁ」とうなずくと、ヴェリガンに箱を返してよこした。
「かわいいじゃん、ネリアはトカゲ苦手?」
ネリアはといえばとびすさったまま、顔をひきつらせている。
「か、かわいいとは思うけど……飼うの?」
「虹色トカゲなら素材としても使えるし、干して干物にしとけば日持ちするよ」
「いいっ⁉︎それはそれで、こんなつぶらな瞳に見つめられたら、やりにくいっていうか……」
なんだかんだで好奇心旺盛なネリアは、恐る恐る箱に近寄ってトカゲたちの様子をのぞきこんでいる。
「ネリアこのあいだ干物をゴリゴリすりつぶしていたじゃん」
「ええっ!じゃああれはこの子たちのご先祖様だったの⁉︎」
微妙にちがう。素材庫にあった干物はソラが用意したもので、ヴェリガンが捕まえたトカゲではない。
「受けとってやりなよ。ヴェリガンはグリンデルフィアレンで研究棟を覆ったこと、気にしてるみたいだしさ。それに自分の研究室が研究棟ではいちばんの金食い虫だって自覚はあるみたいだし」
「それでこのトカゲなの⁉︎」
「た……足しにはならないかも……しれないけど」
おずおずと差しだされる箱を、受けとるかどうか一瞬ためらってから、結局ネリアは箱を受けとるとソラに預けた。
「ソラ、お願い」
「かしこまりました」
「ヴェリガンにも何か収入源を考えないと……」
めずらしく難しい顔をするネリアに、アレクは頼みこんだ。
「僕は飼いたいな、僕が捕まえたヤツ……一匹だけなんだけど……ダメ?」
「えええ……自分で世話ができるならいいけど……」
ヴェリガンはアレクの援護射撃がしたくて、勢いこんで言った。
「世話……簡単、エサも生き餌あげる、だけ」
エサになる虫など自分の研究室でたくさんとれる……そう言いたかったが、ネリアの叫びに邪魔された。
「生き餌ぇ⁉︎」
自分の部屋からはださない、そうネリアと約束してアレクは虹色トカゲを飼うことを許された。
そのうちアレクが「虹色トカゲを僕の使い魔にする!」と言いだすのだけど、それはまた別のお話。









