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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第一章 錬金術師ネリア、王都へ向かう
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29.20歳の酒宴

ブクマ&評価ありがとうございます。

  わたしがグレンに頼まれごとをされたのは、二十歳の誕生日の夜だった。つまりこの世界に来てちょうど三年たった日。


 その日、わたしは庭に椅子とテーブルをだして準備すると、グレンに声をかけた。


「グレン、今日は星が綺麗だから庭で飲もうよ」


「いつもと変わらんじゃろぅ」


 ブツブツと言いながらも、グレンは部屋の安楽椅子から立ち上がって移動してくる。


 辺境の一軒家のいいところは、満天の星空が眺められるところだ。


 遮るようなものも何もない、邪魔な明かりもまったくない。


 聞こえるのは自分の息づかいと、グレンが身じろぎする音だけ。


「星が本当にきれいだね。手を伸ばせばつかめそうで、胸が苦しくなるぐらい」


 わたしは星に向かって手を伸ばした。もちろん届くことはないけども。


「どうした、突然」


「どうって?」


「今までは酒など飲もうとせんじゃったろう?」


「うん、今まではね。これからはいいの」


「はぁ?」


「わたしがいた所では、お酒は二十歳まで飲めないんだ。今日でこっちの世界に来て三年だから。今日をこっちの世界の誕生日って決めたの。だから今夜は二十歳のお祝い」


「ほう、てことはこれは祝宴か」


「そ。わたし二十歳になったら、お父さんとお酒を飲むって約束してたんだぁ」


 わたしはグレン爺のグラスにお酒を注ぐ。琥珀色の液体が瓶の中でゆらりと揺れる。


「だからグレン爺、お父さんやってね?」


「……やらん」


 グレンは渋面でわたしの手から酒を受け取ると、わたしのグラスに注いでくれる。わたしはひとつ深呼吸をした。


「お父さん、今まで育ててくれてありがとう。わたし、ちゃんと二十歳になったよ」


「……」


 ひとつ息をついて、グレンの瞳をまっすぐ見つめると、続ける。


「そしてグレン爺、三年前に助けてくれてありがとう。グレンが居たから、わたしこうやって生きて居られる。それが嬉しい。だからありがとう」


「……っ!」


 グレンはミストグレーの瞳を見開くと、うろたえるように瞳を彷徨わせた。


「ネリア……わしは……」


「さっ!乾杯!」


 湿っぽいのは苦手だ。わたしはグラスの酒をぐびりと呑んだ。


「ゔっ!ごほっ!ごほっ!」


「なんという飲み方をするんじゃ!この酒はちびちび舐めるように飲むんじゃ!」


「あはは、喉が焼ける〜」


 そのまま二人でダラダラとナッツやサラミ、チーズをつまんで、ダラダラと飲む。結構強い酒なので、氷をぶっ込んでちびちび飲む。わたしは星空を見上げた。


「どうしても探しちゃうな、オリオン座や北斗七星。どこにも見つからないんだけど」


「なんじゃそれは。星の名前か?」


「わたしの世界の昔の人達は、『星座』って言って、星で絵を描いたんだよ。オリオンは英雄で北斗七星は柄杓」


「はぁ?星は星じゃろう、わけが分からん」


「ぶぶっ、そうかぁ。こっちと違うもんねぇ。わたしの世界の昔の人達は、星を見て方角を読んで旅してたんだよ?だから星空を覚えるために、身近なものを当てはめたの」


「……ほほぅ、それなら分かる」


「こっちとあっちと、全然違うけどさぁ、でも、共通の事もあるんだよ?水があったり、鉄や金属も、私が知っているものと同じ。錬金術だってこっちみたいに発展しなかったけど、あったんだから」


「確か魔力を必要としない、化学とやらが発展したんじゃったか」


「うん。同じ条件なら誰が実験しても同じ結果になる。必ず再現できないと認められない。それが化学実験」


「じゃが、だからこそ発展したのじゃろう……魔力持ちよりも持たない人間の方が人数が多い。それが一斉に研究や開発を始めたら……」


「でも魔力も便利だよー」


 グレンは緩く首を振った。


「魔力持ちは、魔力の制御に振り回される……良いとばかりも言えん」


 そのままグラスの中身を見つめて物思いに沈んだグレンを放っておいて、わたしは話を続ける。


「共通の事も多いから……ここが全く別の世界とも思えないの。遠く離れてても繋がっているんじゃないかって。もしかして、わたしの前にも転移した人が居たのかもしれない」


 わたしは満天の星空を振り仰いだ。人が住める星を探す研究もあったはずだ。


 生命は星で発生するのではなく、もともと宇宙を漂い、住める星を探して住み着いているだけなのかもしれない。


「お互い遠すぎて分からないだけで、あのたくさんの星の中に、わたしの居た『地球』もあるんじゃないかって」


「……帰りたいか?」


「帰りたいよ。家族に会いたい。友達にも会いたい。グレンは家族は?居ないの?」


「……居ない。わしに家族は居ない」


「そっか、グレンもわたしと同じ、ひとりぼっちだね」


 今が話をするチャンスかもしれない。グレンが黙り込んだので、わたしは話を切り出す事にした。


「グレン、あのね……」



 ――わたし、ここを出て行く――



 そう言おうとした時、ふいにグレンが言った。


「お前を王都に連れて行こうと思う」


「王都に?」


 グレンが言った事が信じられなくて、とっさに聞き返してしまう。だってグレンが出かける時、わたしはいつも留守番だった。


「ああ、わしが次に王都に行き、ひと仕事終えて戻るまで待て。その後ネリアも王都に連れて行ってやろう。だから、デーダスのこの家で待っていてくれ」


 グレンはわたしが何を言おうとしたのか、分かっていたのかもしれない。自分からここを出て行く事を、止められたような気がする。けれどグレンが王都から戻るまでの間、それぐらいなら待てると思った。


「ホントに?グレンが連れて行ってくれるの?」


「ああ。王都に行ったら、お前は驚くだろうな……」


「うわぁ!やったあ!楽しみ!」


「誕生祝いのつもりではなかったが、これをお前に渡しておこう」


 そう言ってグレンが『サーデ』と唱えると、グレンの手の中に、光る三枚の護符らしきプレートがついた首飾りが飛んできた。


「これ、護符……?」


 受け取った首飾りを目の前にかざす。三枚のプレートの表面はつるんとしており、身につけるには大ぶりで、なんだか占い師のおばちゃんぽい。ちょっと素直に喜べなくて、グレンに文句を言った。


「身につけるんだったら、もっと可愛いのがいいなぁ」


 驚くことに、珍しくグレンは素直にうなずいた。


「……分かった。かわいいのを作ってやろう」


「ほんと⁉」


 喜んだのは一瞬のこと。グレンのミストグレーの瞳がキラリと光った。


「で、『かわいい』とは素材の材質、重量、厚み、寸法、形状……具体的にどういうものだ?」


「ぐっ……」


 真顔で問いかけられて、言葉を失ったわたしに、グレンはさらに迫ってきた。


「そもそも『かわいい』とは何だ」


「うっ……」


 自分でアクセを作ったり買ったりした事もなければ、プレゼントされた事もない。わたしはグレンの問いにうまく答えられなかった。科学雑誌とか買わずに、たまにはギャル向けの雑誌も買えばよかった!


「コノママデジュウブンデス……」


「そうか」


 グレンに可愛いのを作ってもらうチャンスだったのに!王都に行ったら、ぜひともファッションセンスを磨きたい!かたく決意したわたしに、グレンは首飾りの機能を説明した。


「お前は危なっかしいからな、護符でありつつ、それぞれが鍵になっている。ひとつはこのデーダスの工房、もうひとつが王都の師団長室の鍵だ……最後のひとつはおいおい説明してやろう」


「鍵なんだ……」


「もしもわしが帰ってこなければ、お前はそれをつけて自分で王都へ来い」


「え……」


 帰ってこないって、どういう事?思わず顔を見返すと、グレンは真顔でこっちを見ている。


「ネリア、もしも……わしが死ぬような事があれば、その時は」


 わたしはびっくりして、慌てて言い返した。


「グレン何言ってんの、縁起でもない。そういうの、死亡フラグって言うんだよ」


 冗談めかそうとしたのに、グレンの口調は真剣だった。


「わしはもうそう長くはない……その前にお前を王都に連れて行き、お前がひとり立ちできるようにしてやろう」


「なんで……なんでそんな急に……」


 グレンは言葉をひと言ひと言区切るようにしながら、わたしに言った。


「もう少しだけ待て。ちゃんとお前を王都に連れていく。だがもしもそのような時がくれば、自分で王都へ来い。ネリア、お前に、この家も、わしの錬金術師としての長年の研究も、称号も、全てを……全てを譲る。だから、そのかわりに頼まれてくれるか?」




 ――『魔術師の杖』を作ってもらえないだろうか――




 わたしはグレンの事を何も知らなかった。


「わしに家族は居ない」


「生物学上の父親というだけだ」


 あの二人に何があったのか、なんでそんな事を言い合う関係になってしまったのか。


 心が痛い。


 でもあの銀の髪で黄昏色の瞳の人は、わたしがこうやって心を痛める事も、良しとしないだろう。


 グレンの馬鹿。


 グレンの嘘つき。


 家族がいたじゃない。


 なんであんな辺境でひとり暮らししてたの?


 あんな美形の息子さんが居たんじゃん。


 魔術師団長なんてやってる、立派な息子さんが。


 綺麗だったなあ、銀色の髪がサラサラとしていて、触りたかった。


 わたしの髪はこっちに来て赤茶色のふわふわした癖っ毛に変わってしまったから。


 艶のある、長く伸ばした黒髪だった頃が懐かしい。わたしの髪は、髪飾りがするりと滑って落ちるぐらいの、サラサラした指通りだったのに。


 こちらの人で真っすぐな髪は珍しい。グレンは同じ銀髪でもホウキみたいにボサボサだったし。


 あの人の髪を、目を閉じて触れば、自分の、あの黒髪の感触を思いだせるだろうか。


 まあ、あの人が触らせてくれる事はないだろうけども。


 わたしは思考がぼんやりしてきたので、師団長室のベッドの上で目を閉じた。

ようやく、タイトル回収できた……(ぜぇぜぇ

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