29.グレンの頼み
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わたしがグレンに頼みごとをされたのは、二十歳の誕生日をお祝いした夜だった。この世界にきて、ちょうど三年たった日。
その日、わたしは庭に椅子とテーブルをだして、準備を済ませてグレンに声をかけた。
「グレン、今日は星がきれいだから庭で飲もうよ」
「いつもと変わらんじゃろぅ」
ブツブツと言いながらも、グレンは部屋の安楽椅子から立って移動してくる。
辺境の一軒家のいいところは、満天の星々が眺められるところだ。
星の光を遮るものは何もなく、地上に邪魔する明かりもない。
聞こえるのは自分の息づかいと、グレンが身じろぎする音だけ。
ふたつの月は落ちてきそうなぐらい、大きくて丸い。
「星が本当にきれいだね。手を伸ばせばつかめそうで、胸が苦しくなるぐらい」
わたしは星に向かって手を伸ばした。もちろん届くことはないけども。テーブルに置かれたグラスと酒に、グレンは首をかしげた。
「どうした、突然」
「どうって?」
「今までは酒など飲もうとせんじゃったろう?」
「うん、今まではね。これからはいいの」
「はぁ?」
「わたしがいたところでは、お酒は二十歳まで飲めないの。今日でこっちの世界にきて三年だから、こっちの世界の誕生日って決めたの。だから今夜は二十歳のお祝い」
「ほう、てことはこれは祝宴か」
「そ。わたし二十歳になったら、お父さんとお酒を飲むって約束してたんだぁ」
わたしはグレン爺のグラスにお酒を注ぐ。瓶にはいった琥珀色の液体がゆらりと揺れる。
「だからグレン爺、お父さんやってね?」
「……やらん」
グレンは渋面でわたしから酒瓶を受けとり、わたしのグラスに注いでくれる。わたしはひとつ深呼吸をした。
「お父さん、今まで育ててくれてありがとう。わたし、ちゃんと二十歳になったよ」
「…………」
ひとつ息をついてから、グレンの瞳をまっすぐ見つめて続ける。
「そしてグレン爺、三年前に助けてくれてありがとう。グレンがいたから、わたしこうやって生きていられる。それがうれしい。だからありがとう」
「……っ!」
グレンはミストグレーの瞳を見開き、うろたえるように瞳をさまよわせた。
「ネリア……わしは……」
「さっ!乾杯!」
湿っぽいのは苦手だ。わたしはグラスの酒をぐびりと呑んだ。
「ゔっ!ごほっ!ごほっ!」
「そんな飲みかたをするな!この酒はちびちび舐めるように飲むんじゃ!」
「あはは、ノドが焼ける〜」
そのままふたりでナッツやサラミ、チーズをつまんで、ダラダラと飲む。結構強い酒なので、氷をぶっこんでちびちび舐めた。わたしは星空を見上げた。
「どうしても探しちゃうな、オリオン座や北斗七星。どこにも見つからないんだけど」
「なんじゃそれは。星の名前か?」
「わたしのいた世界では、昔の人たちが『星座』といって、星で絵を描いたんだよ。オリオンは英雄で北斗七星は柄杓」
「はぁ?星は星じゃろう、わけがわからん」
「ぶぶっ、そうかぁ。こっちと違うもんねぇ。あっちの世界の人たちは、星を見て方角を読んで旅してたの。だから星空を覚えるために、身近なものを当てはめたんだって」
「ほほぅ、それならわかる」
「こっちとあっちと、ぜんぜん違うけどさぁ、共通のこともあるんだよ?水があったり、鉄や金属も私が知っているものと同じ。錬金術だってあったんだから。こっちみたいに発展しなかったけど」
「たしか魔力を必要としない、化学とやらが発展したんじゃったか」
「うん。同じ条件なら誰が実験しても、同じ結果になる。化学実験は再現できないと認められないの」
「だからこそ発展したのじゃろう。魔力持ちよりも、持たない人間のほうが数が多い。それがいっせいに研究や開発を始めたら……」
「でも魔力も便利だよー」
グレンは緩く首を振った。
「魔力持ちは、魔力の制御に振り回される。いいとばかりもいえん」
そのままグラスの中身を見つめ、物思いに沈んだグレンをそのままにして、わたしは話を続ける。
「共通のことも多いから……ここがまったく別の世界とも思えないの。遠く離れてても、繋がっている気がする。もしかしたら、わたしの前に転移した人がいたかもね」
わたしはもういちど満天の星々を振り仰いだ。あちらの世界では、人が住める星を探す研究だってあった。
生命は星で発生するのではなくて、もともと宇宙を漂い、住める場所を探して、見つけて定着しただけかもしれない。
「おたがい遠すぎてわからないだけで、あのたくさんの星のなかに、わたしのいた『地球』があるかも……」
「……帰りたいか?」
グレンがグラスを見つめたまま、ぼそりと声だけで聞いてきた。
「帰りたいよ。家族に会いたい。友達にも会いたい。グレンは家族は?いないの?」
「……いない。わしに家族はない」
「そっか、グレンもわたしと同じ、ひとりぼっちだね」
今が話をするチャンスだという気がした。黙りこんだグレンへ、わたしは話を切りだそうとした。
「グレン、あのね……」
――わたし、ここを出ていく――
そう告げようとしたとき、ふいにグレンが言った。
「お前を王都に連れていこうと思う」
「王都に?」
グレンの言葉が信じられなくて、とっさに聞き返してしまう。だって彼が出かけるとき、わたしはいつも留守番だった。
「ああ、わしが次に王都にいき、ひと仕事終えて戻るまで待て。そのあとで王都に連れていく。だからデーダスで準備をしておけ」
わたしが何を言おうとしたのか、グレンはわかったのかもしれない。自分でここを出ていくことを、止められたような気がする。
「ホントに?グレンが連れていってくれるの?」
「ああ。王都にいったら、お前は驚くだろうな……」
グレンが王都から戻るまで……それぐらいなら待てると思った。酔いもあって、わたしは手を叩いてゴキゲンにはしゃぐ。
「うわぁ!やったあ!楽しみ!」
「誕生祝いのつもりではなかったが、これをお前に渡しておこう」
グレンが『サーデ』を唱えると、彼の手に光る三枚のプレートがついた、首飾りがヒュンっと飛んできた。
「これ、首飾り……?」
受けとった首飾りを目の前にかざすと、三枚のプレートの表面はつるんとしており、身につけるには大ぶりだ。なんだか占い師のおばちゃんぽくて素直に喜べず、わたしはグレンに文句を言った。
「身につけるんだったら、もっとかわいいのがいいなぁ」
驚くことに、グレンは珍しく素直にうなずいた。
「……わかった。『かわいいの』を作ってやろう」
「ほんと⁉」
喜んだのは一瞬のこと。グレンのミストグレーの瞳がキラリと光った。
「で、『かわいいの』とは素材の材質、重量、厚み、寸法、形状……具体的にどういうものだ?」
「ぐっ……」
真顔で問いかけられて、言葉を失ったわたしに、グレンはさらに迫ってきた。
「そもそも『かわいいの』とはなんだ」
「うっ……」
自分でアクセを手作りしたり、買ったりしたこともないし、プレゼントされたこともない。
わたしは彼の問いにうまく答えられなかった。科学雑誌とか買ってないで、たまにはギャル向けの雑誌も買えばよかった!
「コノママデジュウブンデス……」
「そうか」
グレンにかわいいのを作ってもらうチャンスだったのに!
(王都に行ったら、ファッションセンスも磨かなきゃ!)
固く決意したわたしに、グレンは首飾りの機能を説明する。
「お前は危なっかしいからな。護符でありつつ、それぞれが鍵になっている。ひとつはデーダスの工房、もうひとつが研究棟にある師団長室の鍵だ。最後のひとつは王都で説明してやろう」
「鍵なんだ……」
わたしが三枚のプレートを天にかざすと、月明かりを反射してキラリと輝く。
「もしもわしが帰ってこなければ、お前はそれを持って王都へこい」
「え……帰ってこないって、どういうこと?」
思わずグレンの顔を見れば、彼は真剣な表情で口を開く。
「ネリア、もしも……わしが死ぬようなことがあれば、そのときは」
わたしはびっくりして、あわてて言い返す。
「グレン、なにいってんの。そういうの、死亡フラグっていうんだよ」
冗談めかそうとしたのに、グレンの口ぶりは真剣だった。
「わしはもうそう長くはない、その前にお前を王都に連れていき、ひとり立ちできるようにしてやろう」
「なんで……なんでそんな急に……」
グレンは言葉をひと言ひと言、区切るようにしながら、わたしに告げる。
「もう少しだけ待て。ちゃんと王都に連れていく。だがもしもそのようなときがくれば、お前は自分で王都へこい。ネリア、お前にこの家も、わしの錬金術師としての長年の研究も、称号も、すべてを……すべてを譲る。だから、そのかわりに頼まれてくれるか?」
――〝魔術師の杖〟を作ってもらえないだろうか――
わたしはグレンのことを何も知らなかった。
「わしに家族はいない」
「生物学上の父親というだけだ」
あのふたりに何があったのか、なんでそんなことを言い合う関係になってしまったのか。
心が痛い。
でもあの銀の髪で黄昏色の瞳を持つ人は、わたしがこうやって心を痛めることも、気にいらないだろう。
グレンのバカ。
グレンの嘘つき。
家族がいたじゃない。
なんであんな辺境でひとり暮らししてたの?
あんな美形の息子さんがいたんじゃん。
魔術師団長なんてやってる、立派な息子さんが。
綺麗だったなあ、銀の髪がサラサラとしていて、触ってみたくなった。
わたしの髪はこっちにきてから、赤茶色のふわふわしたくせっ毛に変わってしまったから。
わたしの髪だって、長く伸ばした艶のある黒髪だったのに。サラサラとした指通りで、髪飾りをつけても、するりと滑って落ちてしまうほどだったのに。
だから太めのヘアゴムが必要で……こっちの世界にはそんなのないから、これでいいのかもしれないけれど。
こちらの人でまっすぐな髪は珍しい。グレンは同じ銀髪でも、ホウキみたいにボサボサだったし。
あの人の髪を目を閉じて触れば、わたしの……あの黒髪の感触を思いだせるだろうか。
そんなことを考えて、ひとりでくすっと笑う。
あの人が触らせてくれることなんて、ぜったいにないよね。にらみつけてくる眼差しは射るようだった。
とりとめのない思考がぼんやりしてきて、わたしは居住区のベッドで目を閉じた。
ようやく、タイトル回収できた……(ぜぇぜぇ









