287.白猫をひろった魔術師
「魔術師の杖② ネリアと王都の錬金術師たち」
本日発売です。皆様のおかげでこの日を迎えられましたこと、お礼申し上げますm(_)m
完結めざしてがんばろー(^^)ノ
何をしているのだろう……と思った。
王城の事務部門がならぶ一角で、遠くからみてもよく目立つ白いローブを着て、錬金術師たちが三人連れだって歩いている。
カーター副団長の顔はよく知っている。あとの二人は女性のようだ。
赤茶の髪をサイドで束ねているひときわ小さい娘と、もう一人灰色の髪をしている女。
ほかに錬金術師の女なぞ一人しかいないから、あれはヌーメリア・リコリスだろう。
仮面をつけた小柄な娘は、レオポルドが見ている前で二人とわかれると、一人だけふらふらと中庭のほうへ歩きだした。
(…………?)
娘を見送っていると、横にいたメイナード・バルマが不思議そうによびかけてくる。
「師団長?」
「……先に行け」
副団長のメイナード・バルマを塔に戻し、そのままレオポルドは中庭に足を踏みいれた。
探すまでもなく娘はすぐに見つかった。ひどくゆっくりとした足取りで、なんだか様子がおかしい。
足早に近づくと気配を感じたのか娘もこちらを振りかえった。
振りむいた娘の顔から仮面がはがれ、どこか必死な……すがるような黄緑の瞳と目があったとたん、娘の体は崩れおちた。
瞬時に娘のそばに転移したが、もうそこに娘はいなかった。
レオポルドの足元には一匹の白猫。ぱちくりとまばたきをするその瞳は黄緑色だ。それを見て少しホッとしたものの、舌打ちしたくなって乱暴に声をかける。
「おいっ!」
白猫はぽかんとレオポルドの顔を見あげて、のんきな声で鳴いた。
「みゃあ」
それからキョドキョドと辺りを見回し、首をかしげて自分の肉球をみたとたん、白猫のヒゲがぴくんとはねた。
叱りとばしたい衝動にかられながらも、レオポルドがその小さな白い体を自分の目の高さまで持ってくると、白猫のほうも目を見開いてビキリと固まった。
「……お前は馬鹿か?三重防壁はどうした?」
「にゃあ……」と鳴いたきり、白猫はしおしおとうなだれる。シャングリラ魔術学園の生徒ならだれもが知っているクセの強い香りが、白猫からただよいレオポルドは眉をひそめた。
「……この臭いは……なるほどな」
(なんともあっけなく猫になったものだ……)
目の前にいる生きものは〝猫〟でしかない。レオポルドが研究棟を覆うグリンデルフィアレンを燃やしつくすため呼びだした炎さえ防いだ三重防壁は、きれいに消え失せていた。
おそらくさきほどいっしょにいたカーター副団長かヌーメリア・リコリスに飲まされたのだろう。それかあの薬草茶をよく知る魔術学園の生徒か……。
ユーティリスの顔も浮かんだが、あの王子がそこまで底意地の悪いことをするだろうか。
(……だれに飲まされたにせよ、間抜けすぎる……)
みずからにほどこされた三重防壁を研究棟全体にまでひろげ、レオポルドの業火を防いだ女。それがこうもあっさり、力を失うのか……。
だれに薬草茶を飲まされたのかわからない。研究棟にもどすのは危険だ……そう判断して白猫を抱えたまま師団長室に転移する。
先にもどっていた副団長のメイナード・バルマとマリス女史が、レオポルドを見て目をまるくした。
「師団長?……その猫どうしました?」
「あら、可愛らしい白猫!黄緑色の瞳があざやかね」
「……私の猫だ」
言ってからしまった、と思う。とっさのことでうまい言いわけが見つからなかった。
「師団長の?」
メイナードが信じられないような顔で聞きかえす。レオポルドはますます顔をしかめた。
「魔法使いが猫を飼って何が悪い」
「でもそれ白猫……」
ふいっ。
とりあえず話をうちきって自分の机に向かうと、二人は机のむこうで言葉を交わし、ふたたび話しかけてきた。
「でしたら、食事は師団長と一緒に何か運ばせましょうか?ミルクとか」
「子猫には見えないし、生き餌がいいんじゃ?ネズミとか小鳥とか」
それを聞いた白猫が、ヒゲをビクリと震わせ目を見開いた。人としての意識はちゃんとあるようで、黄緑色の瞳がじわじわと潤んでくる。
「いや……餌はいい。私の食事を普段より多めにしてくれ」
それを聞いて猫がほっとしたように体の力をぬいた。レオポルドもなんとなく肩の力をぬく。
(こいつ……猫になってもわかりやすいな)
仕事をかたづけるため机にむかうと、膝のうえにのせた小さな体はもぞもぞと動く。
「動くな」
目を離してどこかに行かれても困る。
「余計な事はするなよ」
左手で押さえつけてささやくと、白猫は静かになった。
(ふだんもこのくらいおとなしければいいが……)
レオポルドはため息をつきたい気分で書類にむかった。
やがて食事が運ばれてくると、レオポルドより先に猫のほうが気づいた。耳がピクリと動き、ヒゲがヒクヒクと動いて伸びあがろうとする。それを押さえつけると黄緑の瞳が潤みだす。
(まったく……)
口もとに小さく切った肉を運ぶと、猫の瞳がパアッと輝いた。モグモグ肉を食べるさまがなんとも幸せそうだ。
「ほら」
つい自分が食べるのもわすれてまたひと切れさしだすと、白猫がなんともかわいらしい声で「みぃ」と鳴く。
鳴いてから我にかえったのか、白猫は警戒するように膝のうえで縮こまると、レオポルドにむかってクワッと牙をむいた。
レオポルドがそこに揚げトテポを差しだすと。
ぱくん。
白猫はふたたび幸せそうにトテポを食べ始め、レオポルドはなんだか面白かった。
やがて膝のうえでまるくなった白猫は、そのまま眠ってしまった。そっと起こさないように仮眠室に運ぶ。ベッドに寝かせても白猫が深く眠っているのか目を覚まさない。
メイナードとマリス女史を帰した夜、レオポルドは一人仮眠室で眠る猫を観察した。
(無防備だな……)
初めて見たときに衝撃を受けた、あの恐ろしいほどの魔力のかたまり、わずかにのぞく光の奔流……そういったものはこの小さな猫からはなにひとつ感じない。
娘はいともかんたんに「燃やせ」と言った。「水分をすべて蒸散させるような高火力でお願い」と、注文までつけた。
あの男にまつわるものは、師団長室のエヴェリグレテリエも何もかもすべて、研究棟ごと燃やしてやりたかった。
だから娘の言葉に応じ渾身の力をこめて炎を放った。ためらいもなく、手加減もせずすべてを燃やしつくせるだけの炎をよびだした。
それなのにすべてを守りきり、娘は護り手との〝精霊契約〟を無事終えた。
しかも娘は己の無力を悟ったレオポルドに、投げてよこしたのだ。
「わたしが死ぬようなことがあれば……動けなくなるようなことがあれば……すべての権限をレオポルド・アルバーンに」
レオポルドはじっと白猫をみおろした。
いまならこの得体のしれない者の息の根をたやすくとめられる。もしくはとらえて魔力封じのある部屋に閉じこめるか……。
自分が中庭で白猫を拾わなければ、だれかがそれをおこなっていたかもしれない。
すべてを手にいれ、始末をつける。
なすべきこともその方法もわかっていた。
レオポルドは右手を持ちあげ、丸まって眠る白猫にむけた。
……さきほどその右手から揚げトテポをもらい、幸せそうにゴロゴロとのどを鳴らす猫の姿が目に浮かんだ。
レオポルドはその光景をふりはらうようにかぶりを振った。
けれどその一瞬で変容が始まった。手足がぐんとのびると、全身を覆っていた白い毛が消え、赤茶色のふわふわした髪がシーツにひろがる。
レオポルドの目の前で、三重防壁が綺麗な形で展開した。
防壁のむこうがわで娘は伸びをすると、ムニャムニャと口元を動かし幸せそうな顔で寝ている。
機会は逃した。けれどそれほど残念ではなかった。
(こいつ……猫のときとあまり変わらないな)
しばらくしてレオポルドは、いつまでも娘の寝顔をみつめていたことに気づく。
彼は自分の銀髪をかきあげ、顔をしかめてため息をつくと窓をあけた。カーテンを開ければ夜風が月の光とともに入りこむ。
レオポルドはグラスを取りだしクマル酒をつぎ、眠る娘をながめるのをやめて空にうかぶ月をみあげた。
【レオポルド・アルバーン】
ドラクエという超有名ゲームに、モンスターを仲間にできるシステムがある。
「モンスターに名前をつけますか?」
そう聞かれ、そのとき読んでいたロマンス小説のヒーローの名を入力。
レオポルドはホイミやザオ、メラゾーマやイオナズンを走り回って唱える。
どのモンスターかは彼のイメージが粉々になるので秘密。









