286.竜騎士団でライアスとソラのやりとり
発売まであと1日……明日じゃん!早いわー。
今回のは下書きに埋もれていました原稿を手なおし……というか書き直したものです。
45話のすぐあと。遊覧船乗り場の手前で襲ってきた一号と二号のその後。三号までちゃんと名前がついていました。
登場人物を増やしすぎるのもどうかと削ったんですよね……。
ネリモラのさわやかな甘い香りにつつまれて、ネリアが眠りにつく少し前。
国防大臣の帰宅を聞いて、三号はデゲリゴラル邸の書斎に通じる重厚なオーク材の扉をたたいた。この件に関してはライザではなく、父親に直接報告したほうがいいと判断したのだ。
「お嬢様からの御命令を遂行中に、警護の者二名が竜騎士団に拘束されました」
だが報告を聞いたデゲリゴラル大臣は、その件については聞きおよんでいたようで、「ああ」とうなずくと顔色ひとつかえずにこういった。
「それについては竜騎士団から照会がきている……やつらは、非番中に酔って事件を起こした。からんだ娘が竜騎士団長の連れとは知らなかった……いいな?」
三号は目をみはった。「理不尽」……その言葉が口からでかかった。それをどうにかかろうじてのみこむと、「承知いたしました」と頭をさげ退出する。
(拘束先が竜騎士団なら、不当なあつかいをされることはないだろうが……)
問題は二人が解放されたあとに、いままでどおりに国軍の職務に戻れるかどうかだ。非番中に犯した〝失態〟の責を問われることになるだろう。
(くそっ、みすみす精鋭を失うことになるとは……)
欠員ができた令嬢の警護も、明日には補充され別の人間が任務につく。大臣にとっては替えはいくらでもいる。
(こんなことなら、お嬢様の機嫌をそこねて左遷されるほうが……幸せかもしれんな)
三号は重いため息をついた。
竜騎士団では団長のライアス・ゴールディホーンが、副官のデニスから報告を受けていた。
デニスは三十二歳、緑の髪をしており白竜ツキミツレに騎乗する竜騎士だ。先代の竜騎士団長の時から副官をつとめている。
「そうか、あの二名は非番中に酔って娘にからんだだけだと……そう大臣は言い逃れるつもりか」
「二人ともいい兵士ですよ、身のこなしにムダがない。筋肉のつきかたもバランスがいいし、基礎訓練をしっかりこなした者ですね」
「おそらくライザ嬢の護衛をしていた者だろうが……現場に彼女はいなかったからな。どうしたものか」
ライザとの婚約話は、ライアスにとっては根も葉もないことだ。何があっても断固として突っぱねればそれですむ。
だが遊覧船乗り場でネリアを襲撃しようとした二人の男は、どうするか……二人とも沈黙を守っており、実際に何をしようとしたのかもわからない。
状況的にはネリアに何かをしようとして、防壁にはじかれた……つまりネリアは無事で、何も起きなかった。
「このままだと二人は釈放され、デゲリゴラル国防大臣の申し立てどおり、『非番中に酔って女性に絡んだ』ということで国軍内で処罰されることになりますね」
「……手ぬるいですね」
澄んだ高い声が聞こえると同時に、ライアスはゾクリとするような寒気を感じ、団長室の一角に鋭い視線をむけた。
部屋に不似合いなネリモラのさわやかな甘い香りがひろがる。
「なっ⁉」
デニスもほぼ同時にそちらを見て絶句した。サラサラとした水色の髪に水色の瞳をもった、少年のような少女のような風貌の美しい人形がそこに立っていた。
「エヴェリグレテリエ……」
「エヴェリグレテリエですって⁉」
ライアスのつぶやきにデニスが反応し、人形が淡々と返事をする。
「いまはソラです。ネリア様が名づけられました……」
ライアスはじわりと冷や汗がにじむのを感じた。いきなりあらわれたこともそうだが、人形からは何の気配も感じない。
「なぜここに……研究棟の護りはいいのか?」
「研究棟の護りは万全です。そのうえネリア様には三重防壁がほどこされております。それと……」
人形は滑らかな動作で、ライアスたちのほうへ歩み寄る。
「王城内で私に行けない場所はありません」
「行けない場所がない……だと」
ライアスはその事実におどろいてデニスのほうを見たが、彼も知らなかったらしく首を横にふった。
「……研究棟ができる以前から、私はここに棲んでおりますから」
人形はライアスたちの前で足をとめると、まばたきをした。まるでわざと人間らしさをつけ加えたかのようだ。
「こちらにネリア様を害そうとした輩がいるとか……」
「たしかに拘束中だが、どうするつもりだ」
人形はこてりと首をかしげた。
「ネリア様になにかあれば私はこの体を失います。竜騎士団で対処できないのでしたら、私がグレン様と交わした〝精霊契約〟の条項を実行いたします」
淡々とつげるだけに恐ろしい。
感情というものはおそらく何もないオートマタ、グレンはどうやって〝精霊〟をみつけ、それと契約できたのか……「棲んでいた」というからには、もともと王城には精霊が棲みついていたことになるが。
「まて!失態を犯したとはいえ二人とも国軍の兵士だ。お前にひきわたすわけにはいかない」
「あなた様の許可は求めておりません」
「……ネリアはこのことを知っているのか?」
「…………」
ライアスの問いにソラは答えなかった。二人がにらみあったまま、部屋を沈黙が支配する。やがてソラがまばたきをひとつすると口を開いた。
「ネリモラの花飾りに免じて、今回はあなたに譲りましょう」
きびすをかえしたソラにむかい、ライアスはたずねた。
「まて、ひとつ聞きたい。襲撃の件はネリアに聞いたのか?」
「カラスが教えてくれました」
「カラス?」
「……帰るまえにウブルグ・ラビルとヴェリガン・ネグスコにも会います。私の主がいまだれなのか、話をするだけです」
それだけ言って、ソラは姿を消した。
竜騎士団の団長室に通されたルイス・ファレスは落ちつかなかった。金の髪に青い瞳をもった竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンに、副官をつとめるベテラン竜騎士のデニスがいる。
「国軍の兵士ということだが、ルイス・ファレス……なぜ君がここに呼びだされたかわかるか」
ルイスは一瞬だけびくりと身を震わせた。
「こちらにジャック・レビルとシド・ヴィランという男が拘束されている。君は彼らと一緒にデゲリゴラル邸で警備の仕事をしていた……そうだな?」
ルイス・ファレスは声を絞りだすように返事をした。
「ジャックが一号、シドが二号……と呼ばれておりました。私は三号と……」
ライアスの手元にはすでに、デゲリゴラル邸の警備担当者を記した名簿、今日だれがだれの警護をするかが載っている当番表などがある。
それをみるとジャックもシドも当日出勤しており、ライザ嬢の護衛につくことがきちんと記されている。
「君に証言してもらいたい。彼らは非番中に酔って女性に絡んだのか、護衛中に人を襲うよう命じられたのか」
ルイスはぐっと拳をにぎりしめた。
「……彼らはそんな人間ではありません」
「そんな……とは?」
「二人とも『酔って』騒ぎを起こすような人物ではありません。屋敷から〝レイバート〟に呼びだされ、店に着くとシドしか居なかった。ライザ嬢にはジャックとシドの二人がついているはずでした。シドの説明では、ジャックは先に店をでて竜騎士団長と連れの女性の後をつけていると……ライザ嬢がシドに連れの女性を『ライアス様の側にいられないようにしろ』と告げるのを聞きました」
デニスが記録をとりながら、ライアスに話しかけた。
「取り調べでは最初は一号……ジャック・レビルだけが海猫亭を見張り、あとから二号のシド・ヴィランが合流したそうです。屋敷からもう一人やってきて、シド・ヴィランは彼と交代してライザ嬢のそばを離れたとか。ライザ嬢はずっと〝レイバート〟にいた。話のつじつまはあっています」
「……兵士達が国家に尽くすのは、国の安寧を守るためだ。私用で使ったり、ましてや命令と称して犯罪行為をさせるなどもってのほか。だが命じられるままに犯罪行為を犯すのも罪と心得ろ」
ルイス・ファレスはうなだれた。いま拘束されている二人のうちどちらかが、もしかしたら自分になっていた可能性もある。
デーダス荒野では男がひとり、眼鏡に手をかけて魔術の痕跡を追っていた。
「すごいな……」
何もない荒野でも眼鏡の力で術式を読み解き、魔術の痕跡をたどることができる。
この眼鏡にはもうひとつ印象操作の力もあるが、そちらを使う必要は今はなかった。
「さすがに空中の痕跡をたどることはできないか……この様子じゃ相当、空も飛んだだろうに」
ひとしきり観察して満足したあと、男は眼鏡を外して内ポケットにいれた。
「ライアスもまだちょっと危なっかしいな。あの子にケガなんかさせないよう、エヴェリグレテリエはちゃんと言い聞かせてくれたかい?……ねぇルルゥ」
【ライアス・ゴールディホーン】
ライアスは「竜騎士っぽいキラキラした名前ないかなー」と考えました。
ゴールディホーンは、まんま女優の「ゴールディ・ホーン」から。
魔女っぽいし猫っぽいし、うん……キレイで迫力がある。
あとはロックウッドみたいに、単語がふたつつながった名前にしたかった。












