284.ソラにおでかけの相談をしてみた
2巻発売まであと3日!
37~38話目ぐらいの話。
「ソラ、あのね……三番街にあるメロディ・オブライエンの魔道具店まで行きたいのだけど、どうしたらいいかしら」
わたしが相談すると、ソラはこてりと首をかしげた。グレンが契約した精霊が宿るこの可愛らしいオートマタは、たまにまばたきをするぐらいで表情はまったくかわらない。
それでも小首をかしげるだけで、透き通るような白い肌にサラサラとした水色の髪が揺れ、まばたきをするだけでまつ毛の影がさして、瞳が微妙な色の変化をみせる。
いくら見ても見飽きないというか、カーター副団長が執着するわけだよ……じーっと見てるとソラもわたしをじっと見返すので、見つめ合うみたいになってしまった。
ソラが口をひらいた。
「三番街までいきたい……つまり脱出ですか?」
「こっそりとじゃなくてもいいんだけど……」
ちょっとズレた感じで答えが返ってくるのも慣れてきた。
「ならば魔導車を手配いたしましょう。師団長であれば公用車が使えます」
「そういうんじゃなくて、普通にでかけたいの……」
「普通に……とは?」
こっそりじゃないけれど、おおっぴらに堂々とでかけたくない……あ、でもおしのびだと〝こっそり〟になるのか。そうするとやっぱり脱出……?
わたしの頭がぐるぐるしていると、ソラはじっと黙ってこちらを見つめている。
「ええと……てくてくと街を歩いてお店にいきたいの……」
うーん、ソラにどういえばいいんだろう。
師団長室も解放したし、居住区で暮らすのにも慣れてきた。日常の業務はソラも手伝ってくれるしユーリもいる。
まだまだ人手は足りないけれど、せっかくのお休みは王都にもでかけてみたい。
それに魔導列車でいっしょになったメロディさんのお店にもいきたいし!あんまり間があいたら、もう彼女に忘れられているかもしれないよ!
魔道具師の店、いってみたい!
こっちの世界では当たり前かもしれないけれど、わたしには何でもはじめてなんだもの!
それにね、こないだの師団長会議で……わたしをシャングリラまで連れてきてくれたライアスが話しかけてくれたの!
竜騎士団長になったばかりでいそがしそうだし、こちらからは言いだしにくいなぁ……なんて思ってたら、ライアスのほうから「王都を案内するという約束を覚えているか?」と聞いてくれて。
ちゃんと忘れずにいてくれて、本当に声をかけてくれるなんて……竜騎士団長さんはカッコいいだけじゃなく、中身もイケメンだったよ!
ただここでハタと気がついた。
わたし、ろくな服を持ってない!
三年間デーダスで暮らしたわたしは、グレンがどこからか調達した服に手をいれ、繰りかえし洗って着ていた。ようは着ざらしだ。
一度だけエルリカの街にグレンが連れていってくれたけれど、わたしははじめての転移であっけなく具合が悪くなり、すぐに帰るはめになって服も買えなかった。
メロディさんに会いにいく。そして彼女にお店を聞いて服を買う!
そう、これはわたしにとって重要なミッションなのだ!
まばたきをしながら静かに話をきいているソラにむかって、わたしは説明した。
「エルリカの街から魔導列車に乗ったとき、メロディさんていう魔道具師といっしょになったの。ウレグ駅でわかれちゃったんだけど、その人に会いにいきたいの!」
「呼びつけることもできますが……」
「そうじゃなくてわたしがいきたいの。三番街にある彼女のお店も見てみたいし、いろいろ聞いてみたいこともあって」
「聞いてみたいこと、ですか」
「そう、王都で服を買いたいんだ。どんなお店があるのか彼女に教えてもらいたいの。魔導列車のなかで聞くつもりが、ライアスがきて聞きそびれちゃって」
これは本当にタイミングが悪かったとしか言いようがない。ウレグを出発してもう一晩車内で過ごすつもりだったし、たっぷり時間はあると思っていたのだ。
ところがウレグの手前で車窓から見えるドラゴンに夢中になっていたら、駅で列車を降りてすぐそのドラゴンに乗るはめになった。
竜騎士たちはみんな礼儀正しくて親切だったし、ミストレイに乗せてくれたライアス・ゴールディホーンも、王都のことをいろいろ教えてくれたうえに案内もかってでてくれたけど、「服はどこで買えますか?」なんて聞けるわけもない。
王都案内をしてもらうために、まずは服を買いにいかなきゃ!
……って発想になるところが、わたしもちゃんと女の子だよね……。
いやたぶん、ライアス・ゴールディホーンは気にしないと思うんだけど、さすがにわたしが気にする!
私の説明を聞いていたソラが、そこで口をはさんだ。
「服であれば……ネリア様は師団長ですから、王城の服飾部門で仕立てさせることもできます。先日はローブのために採寸を受けられましたし、ご希望であれば外出着や下着などもつくらせますが」
「うーん……たしかに錬金術師のローブもカッコいいし、ソラが用意してくれた部屋着もとても着やすいんだけど、なんていうのかなぁ……かわいい服が欲しいんだよね。それに下着はそれこそ自分で買うよぉ」
服がかわいいだけで、街歩きのテンションってあがるんだよなぁ……。
「あとね、金銭感覚がなくなるのは怖いんだよね。ソラって服の値段とかわかる?」
自分に常識がないのは承知している。もしかしたら王城で仕立てる服って、街で買おうとすればものすごく高いかもしれない。
「ソラも買いものをしたことがございませんので……」
「食料とか日用品てどうしてるの?」
「王城に伝票を書いて送ればその日のうちに品が届きます。ほかに専門業者に直接発注する場合もございます……ただし品物のやり取りには立ちあいません」
「そっか……」
ソラは計算はできるから帳簿などはつけられるが、数字の意味にはあまり興味はないらしい。
そしてその日わたしはてくてくと歩いて〝普通〟にでかけた。ショップカードに書かれた住所から、地図をしらべ行きかたを何度もたしかめ、王城の通用門から外にでる。
もうそれだけで心臓がバクバクだ。通用門をでるときにふわりと魔素を感じたけれど、とくに身分証などを提示することもない。怪しかったら止められるだけらしい。
(たしかにちょっと〝脱出〟ぽい……)
人でごったがえしている王城前広場から三番街方面行きの魔導バスに乗り、メロディさんのお店をめざす。降りる停留所をまちがえないように必死で、景色を楽しむ余裕はなかった。
ようやくたどり着いた『メロディ・オブライエンの魔道具店』で、でむかえてくれたメロディさんは相変わらず親切で、わたしが服を買いたいと相談すると、店を閉めてまでつきあおうとしてくれたのであわててとめた。
「ただいま~」
「おかえりなさいませ、ネリア様」
無事に買いものをすませたわたしが、居住区で収納鞄から『ニーナ&ミーナの店』で買った服や靴をとりだしてならべていると、ソラがそれを丁寧にクローゼットに片づけるのを手伝ってくれる。
「ありがとう、ソラ!でかけてみてよかったよ。魔道具になっててしかもかわいい服が買えたの!」
ソラが服のかわいさをわかってくれるとは思えないけれど……と思っていると、ソラが表情ひとつかえずにいった。
「うれしそうにされているネリア様が〝かわいい〟です」
「ひゅおっ⁉」
「……心拍数があがっておられるようですが」
「びびびびっくりしただけです。何でもないです」
ごめんなさい、ソラにそんなこと言われるとは思っていなかったのでマジでビビりました……。ソラってグレンが創ったせいか、ちょっとだけあの怖い魔術師団長に似てるんだよね……。
服を片づけてから、ソラの淹れてくれたお茶でひと息つく。
「でもこんどは魔道具ギルドに行くことになっちゃった。一人だと不安だから、それは研究棟のだれかについてきてもらいたいな」
ライアスやレオポルドの顔も思い浮かんだけれど、さすがにこれぐらいのことでは頼りにくい。
研究棟で頼めるとしたら……竜騎士団に拘留中のヴェリガン・ネグスコやウブルグ・ラビルはムリだし、カーター副団長の協力もみこめそうにない。
ヌーメリア・リコリスはひとみしりがすごくて、いまは休暇をとっている。
……となると残る一人は……。
「そうだ!ユーリにたのもうかな。きっとついてきてくれるよね!」
というか、たのめる相手なんてユーリしかいないから、拝み倒してでもついてきてもらおう!
このときのネリアは知らなかった。
ユーリ・ドラビスは魔道具にもくわしく見かけのわりに情報通で、王城のこともあれこれネリアに教えてくれる。
その彼が錬金術師のローブはおろか身につけるものすべて……それこそ下着まで王城の服飾部門に用意される、ネリア以上に筋金いりの世間知らずだということを。
【ユーリ・ドラビス】
「ユーリ」という名前は色んなキャラクターに使われる、ありふれた名前。
ネリアが王都にきて研究棟で一番先にうちとける人物なので、親しみやすいものにしました。
「ドラビス」は祖母の旧姓で、わかる人にはわかる……という設定。












