280.夜間飛行
よろしくお願いします!
わたしはライガにまたがったまま、無表情にこちらへむかって手をさしのべる彼の顔を、ただひたすら見つめた。空は晴れて月にはうっすらと雲がかかる程度だ。おかげで彼の姿がよく見える。
精緻な刺繍がほどこされた黒いローブと魔石を加工した護符をいくつも身につけ、冷たく澄んだ月の光に照らされた彼はまるで銀彩をほどこした陶器の人形みたいだ。こちらにまっすぐむける瞳だけが、宝石のようにきらめいている。
(ちがう……)
二十年という歳月は人を変えてしまうにはじゅうぶんで。壊れた魔道具の記憶のなかで、はじけるように笑っていた男の子、夜会でも手を取りあって笑った青年……それはいま目の前にいる彼じゃない。
どちらが本物だろう……彼もわたしも。
わたしの心が痛むのは、胸に埋まったレイメリアの魔石のせいだろうか。
わたしが動かないものだから、手をさしのべたまま彼はいぶかしげに眉をひそめ、その眼光が鋭くなった。
「どうした、グレンの話がしたいのだろう?」
そうだ、グレンの話もしたい……あの魔石はまだ師団長室の石壁に保管してあるのだろうか。わたしと彼との間をつなげているのは、グレンという名の錬金術師、そしてレイメリアの魔石……。
けれどいまわたしが気になっているのは……どうしよう、何をいおう……考えるよりも前に言葉が口をついてでた。
「あ、あのっ!」
すこしライガがふらつく。なんとか空中に姿勢を保持しながら、わたしは窓辺にたたずむレオポルドに近づいた。
「わ、わたしが窓からはいるんじゃなくて……あなたがでてきたらどうかしら」
「何だと?」
わたしの言葉にレオポルドがその黄昏色をした双眸をみひらいた。声がひっくり返りそうになるけれど、それにはかまわずわたしは一気にいった。
「ライガに乗せてあげるといってるの、どう?」
たったこれだけで心臓がバクバクと早鐘を打つ。わたしの体温が一気にあがる。夜でよかった……月を背にしたわたしの顔が真っ赤になっているなんて、彼にはみえないほうがいい。
「その変な魔道具に乗れというのか?」
彼の目はわたしからライガに移った。彼がこちらをみていないので、わたしはようやく安心して彼の顔をみることができる。
「カレンデュラではアガテリスに乗せてもらったし。それにライガは、ユーリがいま量産化にとりくんでいるの。あなたもこれがどんなものか、知っておいたほうがいいんじゃない?」
「安全なのか?」
彼の問いには答えなかった。
「……危険だ、といったらあなたはやめるの?」
にらみつけてくる彼の目を、わたしはライガにまたがったまま上体をそらし、胸を張ってみかえした。月を背にしてエクグラシアの誇る魔術師団長をライガからみおろす……大胆不敵にみえているだろうか。
「……知りたかったら、自分で確かめろというわけか」
黄昏色の瞳に挑戦的な光をたたえたまま、レオポルドが薄く笑った。彼が黒いローブの胸元を飾る大きな紫色の魔石にふれると、魔石から魔法陣が展開し一瞬でローブの形状がかわり、ふだんの重々しいたたずまいとはちがう軽装になる。
そのままレオポルドは窓枠に手をかけ、ひらりと身軽に窓から飛びだすとライガの後部座席に乗りこむ。
「わっと!」
彼の重さでライガが一瞬かしいだが、わたしはすぐに体勢を立て直した。レオポルドが指をついと動かすだけで、塔の窓が音もなく閉まり師団長室の灯りが消えた。
そしてレオポルドは腕をのばすと、わたし越しにライガのハンドルをつかんだ。彼の体がぐっと背中に押しつけられ、わたしは思わず前のめりになる。
「ちょっ、いきなり何すんの!」
抗議しようとしたわたしは耳元に低い声でささやかれた瞬間、心臓がとまりそうになった。ライガごと墜落しなかったわたしをほめていただきたい!
「お前が『乗せてやる』といったのだろうが」
そうでした!
わたしを斜め後ろから見おろすレオポルドは、ハンドルをつかんだまま薄い唇に酷薄にもみえる笑みをうかべた。
「教えろ」
「なっ……」
人に教えを請う態度じゃなーい!
だがわたしの返事も待たず、レオポルドはいきなり高魔力をライガにたたきこんだ。
「きゃああああ!」
いきなり音速がでそうになり、とっさにGを防ぐための防御魔法を展開する。
「あんたねぇっ!」
「補助しろ」
人のいうことなんかサラサラ聞く気はないらしい。レオポルドはひとことだけいうと、ライガの運転のほうに集中する。
「方向はこの舵でとるようだな、速度は魔力頼みか……ふ、面白い」
こらあぁっ!
姿勢制御や体勢保持などの面倒なことはわたしにまかせっきりで、レオポルドはガンガンにライガを飛ばしていく。
わたしはめっちゃ後悔した。
「ライガに乗せてあげる」なんていうんじゃなかった!
……やんちゃ⁉やんちゃなの⁉
レオポルドってば、まじスピード狂だよ!
だけどここで主導権を渡すわけにはいかない。高速で弾丸のように飛ぶライガの飛行に集中し、わたしも負けじとライガに魔素をたたきこむ。
「……くっ、いつまでも……ハンドル握ってんじゃないわよ!これはわたしのライガなんだからね!」
「ケチるな」
「ケチとかじゃなくてぇっ!」
何が「安全なのか?」よ!
あんたがいちばん危険じゃないの!
お前は免許取りたてのスピード違反で捕まる、高校生のガキかあぁ!
わたし仕様だから、困ったことにうちのライガちゃんは丈夫にできていて……レオポルドの操作がおおざっぱで乱暴でもスイスイと飛んでくれる。
「どこへいくつもりよ」
「上に向かうにはどうする」
「そこのレバーを手前に……で、どこいくの?」
「……月だ」
「月ぃ⁉」
レオポルドはぐんぐん上昇しはじめた。ライガは内燃機関があるわけじゃない、いこうとおもえばどこまでもいけるけれど……わたしが歯を食いしばって二人を包むように防壁を展開したところで、進行方向をむいていた彼がようやくわたしを見た。
「やめろ」
レオポルドはライガのハンドルから右手を離し、腕を前にまわしてわたしの体を自分にひきよせた。
「お前に負担がかかる……私にまで三重防壁を使おうとするな」
だから耳元でささやくの、やめてくれませんか!
「あんたにじゃないわよ、無謀運転でライガがバラバラになったら困るもの!」
「まったく……ああいえばこういう」
レオポルドは眉をひそめるでもなく、あきれたようにクッと笑った。でもきょうはレブラの秘術も使って消耗していたから、わたしはかなり疲れていて……彼がとめてくれたのは助かった。
「……アガテリスでも試した。無理なことはわかっている」
どんだけ飛ばせたんだか……アガテリス可哀想!
「月に……いきたかったの?」
わたしは彼を見あげた。まぁそりゃ誰でもあこがれるよね、月世界旅行……こっちの月も実際はクレーターのボコボコなんだろうか。さきほどまで愉しそうに瞳をきらめかせていたレオポルドは、すっといつもの能面のような無表情になった。
「……こどものころ、アルバーン領で暮らした部屋の窓から月がみえた」
「月ぐらいどこからでもみえると思うけど」
「…………」
レオポルドは返事をせずに、また前に目をやった。彼が魔力を緩めてくれたら飛行が安定してきたので、わたしはライガの操作方法を彼に教える。
操作自体はそんなに難しくない、ただ魔力がバカみたいに必要なだけだ。そしてレオポルドも魔力バカだった!
「ドラゴンにはただ乗せてもらうだけだが……これは本当に〝風〟になれるな」
まだわたしの補助が必要だけど、だいぶ練習してコツをつかんだレオポルドは、はじめて満足そうに笑った。
「グレンが創ったという〝ライガ〟の実物なら知ってる。お前が乗るこれは全然ちがうものだ。どうしてこれを作ろうと思った」
「……世界をみたかったから」
「そうか……」
デーダスの土地はただひたすら果てしなく荒れ野がひろがっていて、この世界がほんとうに在るのか不安だった。
でも転移魔法も使えず、どこまでも歩くしかないわたしには、世界はひろすぎて。
だまって家をでたわたしを探すために、グレンがデーダスの倉庫に眠っていた魔道具を持ちだしたとき、わたしは彼に「作りかたを教えて欲しい」とたのんだ。
もちろんそれには錬金術をイチから勉強しなくちゃならなくて……魔素の働きやこの世界を動かすさまざまなことも学ぶ必要があり。たった三年……それでも長い三年だった。
物思いにしずんでいたわたしがふと気がつくと、レオポルドは方角を定めて飛んでいるようだった。
「あの……どこかにむかってるの?」
「世界がみたいのだろう?」
彼はわたしをみることもなくそう答えた。
梅子様よりいただいた、レオポルドは改めてこちらに掲載させていただきます。m(_)m
今回のレオポルドはわりと楽しそうなので、この絵の雰囲気によく合っているかと。
キリリとカッコよく笑顔を描いていただき、本当にありがとうございます!
☆アンケート企画☆SSテーマ・ライアス編☆
読者様とも双方向で楽しめる企画~ということで考えました、第3弾!
今回はライアスのSS!ライアスとは既にやってしまっていることが多く、色々と考えました。
1.ライアスとおなじみ竜騎士団
2.ライアスと市場探検
3.ライアスと魔獣グルメパーティ
4.ライアスの家を訪問
結果は1.でした!ご協力ありがとうございました!
295話にて『ライアスと竜騎士団(新人時代)』を掲載しています。
ほかにも293話にSSとして『竜騎士団職業体験』を載せています。












