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279.魔道具の記憶

よろしくお願いします!

 やわらかな白い手が魔道具を包んでいる。はずむような声がした。


「うれしいわグレン、私の注文どおりのものを作ってくれたのね!」


「どうしてもいくのか?レオがもう少し大きくなってからでもいいだろうに」


 聞こえてきたのは懐かしい……わたしの記憶よりももっと若々しくハリのある低い声で、ドキリとするほど彼の声に似ていた。


「ミスリルの採掘がエクグラシアにとって大切なのは、あなたもよく知っているでしょう?そんなに心配しないで」


「……きみに贈った杖だけでは不安だ」


「グレン……」





 意識をひきもどそうとするのに、わたしの意識はまるで魔道具に縫いとめられたみたいに、そこから動けなくなった。


 ミストグレーの懐かしい瞳……わたしが知る姿よりだいぶ若いグレンは、女性が持つ魔道具にふれた。


「きみがレオにエンツで声を聞かせるだけでは寂しいというから……ほら、こうすればきみの姿を映しだす」


 女性が赤い綺麗な目でのぞきこむと魔道具が動き、そこに女性がもう一人現れた。


「まぁホント、私だわ……ちょっとレオにも見せてくるわね!」


 魔道具を持ったまま女性は軽やかに部屋を移動し、赤い髪がふわりとなびいた。


(ダメ、待って!)


 わたしは焦るけれど声はだせなくて、魔道具の一部となってしまったように身動きがとれない。


(これ……わたしが勝手に見ていいものじゃない!家族のプライベートな記憶なんて……)


 だけど。


 わたしは本心では見たかったのだと思う。


 寝室につづく小部屋の中央にすわりこんで、床に散らばった紙にラクガキのような文様を、無心に描きなぐっている小さな男の子がいた。


 その子の髪はまるでガラスの繊維みたいにキラキラと光る、透けるような銀髪で。


「レオ!見てちょうだい!」


 彼が顔をあげた。大人になればさらりと肩に流れる銀髪はまだ短く、ふっくらした頬のまわりをやわらかにふちどっていて。


 ソラよりもずっと幼い顔立ちの彼は、一瞬その黄昏色をした瞳を見開いてこちらを見つめたあと、あどけない笑顔を見せた。


 彼は跳ねるように立ちあがり駆け寄ってくると、笑顔のままわたしにむかって手を伸ばす。


(レオ……ポルド!)


 手を伸ばせば触れられそうな距離なのに、いまのわたしは魔道具でしかなくて。


 またぐん!と意識がひっぱられたかと思うと、こんどはゴツゴツした大きな手が魔道具を握っている。


 室内は暗く、魔道具をにぎるグレンの青灰色をした瞳には哀しみと絶望がやどり、その強ばった表情はぞっとするほど昏く冷えていて……わたしは悟った。


(彼女は……もういないんだ……)


 グレンは手に持った魔道具をグッと握りしめると、壁に叩きつけた。





 ハッと気がつくとベッドの上だった。さっきとおなじ部屋だが、グレンも女性もいない。……あの銀髪の男の子も。


 意識が手のなかにある魔道具にもっていかれていて、まるで自分が壁に叩きつけられたような感覚になる。


 心臓がバクバクと早鐘をうち、全身に汗をかいて体が冷えてしまっている。


 震えながら手にもったままの魔道具をみれば、記憶のなかでは艶やかな光沢をはなっていたのに、くすんで光を失い古びたガラクタに変わっていた。


「あれが……魔道具がこわれた原因……」


 この魔道具はあのときからずっと小部屋のかたすみに打ち捨てられていたのだろう。


「う……」


 動こうとしても手足が鉛のように重く、わたしはいつのまにか近寄ってきたソラに体を支えられた。ソラの澄みきった水色の瞳がじっとわたしの顔をのぞきこんでくる。


「ソラ……いつからここに?」


「ネリア様が〝レブラの秘術〟を使われている最中です。お水をお持ちしましょうか?」


「おねがい……」


 戻ってきたソラが、わたしに水のはいったグラスを差しだした。グラスを受けとろうとして、さきほどの魔道具を持ったままだったことに気づいて、サイドテーブルにそっと置く。


「ソラ……ここにはほかにも、古い……グレンたちが使った魔道具はある?」


 ソラは水色の瞳でじっとわたしを見つめて、ゆるく首をふった。


「あまりご無理をなさいませんよう……〝レブラの秘術〟は時をさかのぼるほど、魔力と体力を消耗します」


「……そうみたいだね」


 最初にみたシュルンの記憶はつい最近のことだ。わたしは目をとじて自分の左腕でおおうと影をつくった。


 暗くしたなかにさっき見たレオポルドの姿がよみがえる。彼の幼いようすからみて、あの光景は二十年ほど遡ったものだろう。


 見るべきじゃなかった。


 レオポルドは本当にここで生まれ育って……。


 ここにいるべきなのはわたしじゃなくて……彼だったはずなのに。


 なんだか考えごとをするのも億劫になるぐらい、疲労感がハンパない。ソラがカラになったグラスを受けとり、枕にもたれてベッドに身を沈めたわたしを見おろした。


「魔道具には命はありません。それゆえ悠久の時に存在することができます。けれど人には命があり……その時間は限られています。見たい記憶をさがして時の迷路に迷いこめば、たやすく命を吸いとられます」


「時の迷路に命を吸いとられる、か……ソラ、顔をよくみせて」


 ソラが近づいてベッドの脇にひざまづくと、わたしは腕をのばしてその冷たい頬に触れた。サラサラした髪に澄んだ瞳……目と鼻の配置もわたしが知る彼によく似たものだけれど……。


「ぜんぜんちがう……」


 部屋のなかではじけるように笑った男の子は、ソラにも塔にいる彼にも似ていなかった。


 もっと表情豊かだったし、あの一瞬のあいだに瞳の色もくるくると変わり、白い歯を見せて笑った。


 あの笑顔……あの男の子は、夜会で踊ったときの彼だ。





 そう思ったとき、わたしはベッドから飛びだしていた。


 居住区のドアを押しあけ、中庭にでるなりライガを展開し空に駆けあがり、じゅうぶんな高さまでくると王城を見おろす。


 もう夜だというのに塔の師団長室には明かりがついていて、彼がそこにいる……そう思うだけでわたしは胸がギュッと締めつけられた。


 それなのにいままでみたいに飛びこんでいくことができなくて、わたしはライガに跨ったままその明かりをみつめた。


 どうしよう……飛びだしてきちゃった……。自分の頭のなかがまだちゃんとまとまってない。彼の顔をみても多分ぐちゃぐちゃのままで、わたしは落ちついて話すことができないだろう。


 さっきの魔道具でみた記憶のことを、どうやって彼に話せばいい?


 そもそもなんて話せばいいの?


 言葉を探してもわたしの頭では何も思いつかず、しばらく塔の上空で悶々と考えこんでから、きょうはあきらめて居住区に帰ろうとした。


「何をしている」


「うひゃっ!」


 いきなり声をかけられて飛びあがると、月の光を浴びて銀の髪をたなびかせ、腕組みをしたレオポルドが眉をひそめて、塔の最上階にある師団長室の窓からこちらを見ていた。


「レ、レオポルド⁉︎」


「……窓からでいりするなと、以前もいったはずだが?」


「ちがっ……そうじゃなくて……あの、わたし」


 説明する言葉を探して口をもごもごと動かしていると、レオポルドが真っすぐこちらをみつめたまま、かすかに笑った。


「お前がくるような気がしていた」


「えっ……」


 レオポルドがわたしから視線をはずし、天にかかる二つの月を見あげる。


「お前がライガでやってきたときの印象が強烈でな。こんな月夜に窓を開ければ、お前が飛びこんでくるような気がしてしまう」


 それ、警戒されてたってこと⁉︎


「そっ、その節はお騒がせを……でも、きょうはホントそんなんじゃないから!」


 とりあえず謝って去ろうとしたら、レオポルドは首をかしげてこちらを見ていたが、やがてため息をついて手を差しだしてきた。


「こい」


「えっ……?」


「何か用があってきたのだろう。話だけは聞いてやる」


 ……窓からはいるの、三度目なんですが⁉︎

さて、どうなるかな?


☆アンケート企画☆SSテーマ・レオポルド編☆

読者様とも双方向で楽しめる企画~ということで考えました、第2弾!

今回はレオポルドのSS!

不愛想な魔術師団長。ときおり見せる面倒見のよさは生来の気質か……。


1.レオポルドと街歩き。

2.レオポルドと食事。

3.レオポルドとモノづくり。

4.とにかくレオポルドに叱られたい。


1.と4.が接戦でしたが、1票差で『1.レオポルドと街歩き』になりました。

ご協力ありがとうございました!297~298話にて前後編で掲載しています。

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