278.レブラの秘術
よろしくお願いします。
わたしは手にもった〝シュルン〟を見おろす。
「魔道具の記憶を見る……なんてそんなことができるの?」
ヌーメリアは静かにうなずいた。
「ええ。魔道具でしたらそれが可能です。だれにでもできるわけではありませんが……よろしければお教えしましょうか?」
「うん!」
「では……その〝シュルン〟をこちらへ」
ヌーメリアとわたしはリビングのテーブルをかたづけてシュルンを置くとそこに座った。灰色の髪と瞳をもつヌーメリアは紺色のすとんとした部屋着を着ていて、シュルンのうえに両手をかざすと本当に魔女みたいだ。本物だけど!
「魔道具の記憶を見るなんて、ギルドでは聞かなかったけれど……」
サージ・バニスはそんな方法があるなんていわなかったから、わたしは首をかしげた。
「〝レブラの秘術〟といって、むかし……まだ魔道具が非常に高価だったころのなごりなんです。壊れても修理してくりかえし大事につかっていましたから、作者でなくとも直せないといけないでしょう?」
「そっか……魔道具ってやっぱり高かったんだ」
「いま市販されている魔道具の修理にわざわざ使いはしませんね……便利ですが〝レブラの秘術〟はとても繊細な魔法陣ですし、術者にかなり負担がかかります。だから……この術が使える人はすくないし、使えることを他人に教えたりもしないです」
「だから秘術なの?」
「ええ。禁術ではありませんが高等魔術の部類なので、いまでも口伝でしか伝えられません」
「ヌーメリアはそれ、どこで習ったの?」
「私が生まれたリコリスの町を訪れた、ローラ・ラーラという魔術師です。地方都市をめぐりながら頼まれれば魔道具の修理もしてらして……ローラが私を見つけだし、魔術学園に連れてきてくださったのです。彼女はいまもメニアラの魔術師団支部で働いておられます」
「へぇえ……」
ヌーメリアは昔を懐かしむようにわらった。
「私もオドゥとおなじように奨学金をもらって学園に通ったので……入学前はローラについて必死に勉強したのです。試験に落ちたら生まれた町に帰るしかない……そう思って必死でした。入学してからも彼女に仕事を世話していただいて、魔道具を修理するバイトをしたり」
「そうか……オドゥとヌーメリアは学園生だったときから働いているから、手技が慣れているんだね」
「ええ……精密で高価な魔道具はひとつ直すだけで、修理代がそれなりにいただけます。それに……疲れはしますが魔道具を相手にするだけで人と話す必要はありませんから……私にはあっていました」
そこまでいって、ヌーメリアはすこし目を伏せた。
「だから私もローラみたいな魔術師になりたいと思ったのですけれど……」
「錬金術師も……わるくはないよね?」
心配になってそう聞くと、顔をあげたヌーメリアがやさしくほほえんだ。
「そうですね……わるくないです。ではやってみましょうか。魔道具をつかった痕跡……といえばいいのかしら。だれかが魔道具をつかえば、かならず魔素が動きます。魔道具に残された魔素の痕跡をたどり、その魔道具が使われた当時の状況を読みとるのです」
「当時の状況を読みとる……」
「抜きだせる記憶は、魔道具が使われたときのものだけです」
「記憶……?記録じゃなくて?」
「そうです。魔道具は記録装置ではありませんから……見たほうが早いですね。自分の魔素と魔道具に残る魔素を同調させることで……魔道具のもつ記憶が流れこみ、何が起きたのかを知るのです」
ヌーメリアの描きだした魔法陣は緻密で繊細で……古代文様を使ったおおらかな転移魔法陣とはだいぶ違っていた。
「さあ……これが〝レブラの秘術〟の魔法陣です……ネリアがのぞいてみますか?」
ヌーメリアにうながされるまま、わたしは魔法陣に魔素を流しこんだ。
見えた記憶は……子ども部屋のようだ。わたしはシュルンになり、腕をのばして魔導列車を模したオモチャを拾いあげたところだ。
部屋にはいってきた男の子が叫んだ。
「ちょっ、それまだ使うんだよ!」
男の子はシュルンがつかんでいたオモチャをつかんだが、シュルンがはなそうとしないので怒った。
「はなせよ!」
そのまま乱暴にブンブン振ったから、シュルンの腕に負荷がかかり、ほうり出されたときに術式が破損した。
ゴロゴロと床に転がるシュルンは、「ママ!変なもの僕の部屋にいれないでよ!」という男の子の声を聞いた。
まばたきすると一瞬で、居住区のリビングに戻ってきた。
「ひゃあ!乱暴だなぁ……」
「見えましたか?」
ヌーメリアの灰色の瞳がわたしを心配そうにのぞきこんでいる。意識がシュルンに同調していたのって、どれぐらいの時間だったんだろう……。
「あ、うん……シュルンが壊れたのは、オモチャをかたづけている最中に、男の子が腕をつかんでほうり投げたのが原因みたい。これは使いかたの問題だね」
「そうですか……体調はどうですか?」
「なんともないよ」
ほうりだされたのはびっくりしたけれど、床にころがった衝撃も痛みもない。それでもヌーメリアは心配そうだ。
「そのシュルンが壊れたのはつい最近のようですから、それほどでもないでしょうが……〝レブラの秘術〟は昔の記憶をのぞこうとすると、よりたくさんの魔力が必要です。術者の体に負担がかかりますし、ネリアは魔力が強いからかえって心配なんです」
「わかった!気をつけるね」
ヌーメリアはさらにつけくわえた。
「それにどんな記憶を知ったとしても、それはもう変えることができない過去のこと……ネリアにはどうすることもできないことです」
わたしは自分の部屋にもどって、サージ・バニスに提出するための報告書を書きあげた。〝レブラの秘術〟というぐらいだ……男の子が見えたことは書かないほうがいいだろう。
「故障の原因はシュルンの腕に負荷がかかったことによる外的要因と考えられる……よし、こんなものかな」
でも〝レブラの秘術〟を使ったのはシュルンをなおしたあとだったから、いまひとつ便利さがよくわからなかった。
「魔道具の記憶かぁ……ほかにもなにか……そうだ!」
わたしは思いついて自分の寝室につづく小部屋のドアを開けた。デーダス荒野にあるグレンの家への転移陣が敷かれた部屋だ。
もともと倉庫として使っていたのか、部屋にはいくつもの箱が雑然と積み重なっている。
「なにか古く壊れている魔道具はないかしら……」
箱をいくつかゴソゴソさがしていたら、部屋のすみに転がっていた小さな魔道具をけとばした。不思議な形のそれが魔道具だとわかったのは、表面に手で刻まれた魔導回路が目にとまったからだ。
「なんだろこれ……グレンが作った魔道具かな?」
ちょうど手ごろな大きさだったので、わたしは自分の部屋にもどりベッドにあがると座りこんで、小部屋でみつけた魔道具をしげしげとながめた。
魔道回路は見えているのに魔素を流してもなんの反応もない……わたしはさっきヌーメリアに教わった魔法陣を、魔道具のまわりに慎重に展開した。
その魔道具を手に取ったのは偶然だった。ちょうどわたしの小さな手にもすっぽりとおさまる大きさだったのだ。
おぼえたばかりの術式を試したくてほんの出来心みたいなかるい気持ちでわたしはそれにふれた。
(時を……さかのぼり、魔道具の〝記憶〟を……)
魔道具がこわれたのはずいぶん昔のようだ。人がふれないまま打ち捨てられていたらしい。
(だれか……人の手にふれた〝記憶〟を……)
わたしは魔道具が覚えている〝手〟の記憶をさがした。
カチリ。
なにかパズルのピースがはまるような感覚とともに、わたしの意識はぐん……とひっぱられた。
ありがとうございました!









