274.カディアンの相談
よろしくお願いします!
「わかった、あとで話を聞くね。じゃあ行こうか」
「あ、あぁ……」
カルと二人でエレベーターを降りると、耳に飛びこんできたのはまず水のせせらぎの音だった。魔道具ギルドの一階では樹々が赤く染まり、スロープになっている通路は渓谷を模しており、そこにヒラヒラと木の葉が舞い散っている。
水の中を進んでも足は濡れず、さらに一階のロビーは壁一面の紅葉を映しだす、鏡のような湖面となっていた。季節のせいかクラゲ型捕虫器はみあたらず、わたしはなんとなくホッとする。
カルも珍しそうにあちこち見まわしていた。
「来るときも見たが、こうしてみると圧巻だな……」
「うん、これだけでもすごい技術だよね」
リスやウサギがメモをくわえて走りまわっている。大きめの書類はシカがゆったりと運んでいる。食べてしまわないところを見ると、やっぱり魔道具なんだろうなぁ……。
「検査部門はどこかしら……あっ、あった!」
検査部門ではサージ・バニスという魔道具師がわたしたちを迎えてくれた。サージ・バニスは明るいオレンジの髪がバクハツしていて、わたしは頭から髪が生えてくる人形をちょっと思いだしてしまう。
「よろしくお願いします。メロディの助手をしてます、ネリィです。こちらは実習生のカル・ドラビス」
「やぁよろしく、僕はメロディの同期のサージ・バニス。ここは魔道具の検査部門……仕事の内容は実際にやりながら説明した方が早いかな。きみたち魔道具にはくわしいの?」
「そこそこは……けれど、知らない魔道具もたくさんあります」
「俺もあんまり……街中で売られているものは、手にしたことがないかも……」
それを聞いたサージは、いい笑顔になった。
「そりゃいいな。ここはね……魔道具にくわしくないほうが役にたつんだ」
「くわしくないほうが役にたつ……?」
「そういうこと、じゃあ試しにこの魔道具、使ってみて」
サージはおもむろに取りだした魔道具をわたしに渡すと、使うようにうながす。
けれどわたしは手渡されたものが、どんな魔道具か知らない。手でもてるほどの大きさでイボイボとした突起がでていて、穴が開いているけれど……初めて見るものだ。
「あの……?」
説明をもとめるようにサージの顔を見たけれど、サージはニコッと笑って「説明はなしだよ。さあ使ってみて」と言うだけだ。
うーん?
しげしげと眺めてみても、道具の表面には魔導回路も見当たらない。
どうすればいいんだろう……。
魔道具というからには、魔素を注いでみればいいのかしら……。
イボイボの魔道具になるべくそっと魔素を注いだとたん、ピイイイーッと鋭い笛のような音をたてて、魔道具がボンッと破裂した。
「ひゃあ!」
「おお、見事に破裂したね」
サージがのぞきこんだわたしの手の中には、粉々になった魔道具のカケラがあるだけだ。
「ご、ごめんなさいぃ~~」
配属そうそうにやらかした……と焦っていると、サージはカケラをささっと回収して袋にいれ、〝不良品〟のタグをつけた。
「だいじょうぶ、いまのは魔道具の使いかたをしらない人間がいじったときの、安全性を調べる検査なんだ。きみいいねぇ才能あるよ」
才能……あるっていわれても。
「やー助かるなぁ。この仕事ながいことやってると、初見の魔道具でもなんとなく使いかたの予想がついちゃって、うまいこと壊せなくなるんだよねぇ。次はこれを試してみようか」
サージはのってきたのか、わたしとカルに次々に魔道具をわたすと、使わせてはその結果を書き留めていく。
そしてわたしたちは不本意ながら、見事に〝魔道具クラッシャー〟の称号を獲得した。
「すごいねきみたち、魔道具をぶっ壊す天才だよ!」
サージはうれしそうにほめるけれど、わたしもカルもとても複雑な気分でそれを受けとめた。
「ほめられてもあまりうれしくないんですが……」
「俺も……あんまり役にたっている気はしないのだが」
「そんなことないよ、きみたち魔力が結構あるだろ。一日中魔道具を無茶な使いかたをして壊しつづけるのも、かなり疲れる仕事なんだ。きみらが壊してくれるから僕は結果をまとめるだけだし、本当に助かるよ!」
そういわれてサージの手元の報告書らしきものを見ると、びっしりと書きこみがしてある。わたしが興味をもったのに気づいたのか、サージがにっこり笑った。
「あ、あとでちゃんと結果のまとめ方も教えるね。それと仕事の手伝いばかりさせちゃ悪いから、これは宿題ね」
サージが近くにいるシカに合図をすると、シカが二つの袋を持ってくる。その袋をわたしとカルにそれぞれ渡してサージは言った。
「この魔道具が壊れた原因をしらべて、修理してくること」
げ。わたしたちが青くなっていると、サージが説明する。
「魔道具の故障の原因が魔道具にあるのか、使いかたにあるのか……検査するのも大事な仕事なんだ。これからやりかたをひととおり教えるから、聞きもらさないでね?」
鮮やかな紅葉に彩られた渓谷で、水のせせらぎを聞きながら……ゆったりと行き交うシカや走りまわるリスたちが視界をよぎる。
まるで野点でもしているようなおだやかな環境で、わたしたちは必死にサージの解説を聞きながらノートを書きとめた。
「ありがとうございました!」
検査部門での実習を終えたわたしたちはヘロヘロだった。魔力も頭もつかったし、しかも宿題という名のお土産つきだ。
袋をかかえて一度研修室にもどろうとしたところで、カルに呼びとめられる。
「まってくれネリィさん、あの、さっき話そうとしたことなんだが……実は聞きたいことがあって」
「うん?」
そうしてカルが顔を赤くしながら口にだしたのは、意外な人物の名前で。
「その……イグネルさんのことなんだが」
……イグネルさん?
わたしはなんとなく耳を疑って首をかしげた。イグネルさん……いや、よーく知っている人物のような気はするけれども。
「何か好きなものはあるかな。食べものとか飲みものとか、あと何色が好きかとか……ふだんどんな所に行くかとか」
カルは本当にイグネルさんのことが知りたいらしい。
「イグネルさんって……オドゥのこと?オドゥはちっさくも可愛くもないと思うんだけど」
「ちがうっ、可愛いとか好きとかじゃなくて!」
だったら顔を真っ赤にして訴えないでほしい。
「俺……職業体験の時からイグネルさんが気になってたんだけど……」
「はぁ……」
「マウナカイアでしばらく一緒に過ごしてみて……」
「うん……」
「イグネルさんのことは尊敬とか憧れみたいなそんな感じでっ……!」
「オドゥのことを尊敬……?」
わたしの頭の中ではクエスチョンマークがとびかいはじめた。
未来ある青少年にオドゥ・イグネルのことを見習ってほしいかというと、決してそんなことはない。
だって、あいつ怪しいもん!
けれどもカルことカディアンは、わたしにむかって決死の形相で訴える。
「俺、錬金術師になりたくてっ、それでもってイグネルさんの弟子にしてもらいたいんだ!」
……はい?
カディアンが錬金術師……きみ、たしか竜騎士志望じゃなかったっけ……?
それにオドゥの弟子……?
……オドゥの?
念願だったはずだ。
新卒で錬金術師団を希望する志願者が欲しかった。
そのためにわざわざ魔術学園まで、職業体験の説明会にもでかけたのだ。
おかげで今年の職業体験には六名もの参加者があって、大変だったけれど充実していたともいえる夏だった。
ユーリ・ドラビスの成長にも手ごたえを感じたし。ユーリは物理的にも本当におっきくなっちゃったけど!
そんなわけだから。
入団希望者があらわれたのは、とてもうれしいはずなのに。
(カディアンがオドゥの弟子……)
わたしはなぜだか頭痛がしてきた。
ありがとうございました!












