273.七人の魔術学園五年生たち
よろしくお願いします!
メロディも一緒に魔道具ギルドについてきたら、話はサクッときまった。ギルド長のアイシャ・レベロはにこやかにうなずいた。
「あら、いいじゃない。新人魔道具師は研修とかもあるのよ。錬金術師団のあなたたちは名誉職みたいなものだから、案内はしていなかったのだけれど……せっかくだからこの機会に魔道具ギルドのことも知ってもらいたいわ」
「でしょ?ネリィには私のお手伝いがてら、魔道具ギルドで過ごしてもらえばいいし。全国から面白い魔道具も集まってくるのよ」
「それは興味ありますね……」
わたしも立太子の儀のパレードで魔道具ギルドに協力してもらった恩もあるし、そういわれてしまえば断りにくい。
それに助手をつとめるのは学園生たちが実習にきているあいだだけだし、魔道具ギルドであつかっているさまざまな種類の生活用魔道具にも興味がある。
考えてみればたしかにこれはいい機会かもしれない。
「やらせていただきます」
わたしの返事に、ビルがあごに手をあて、ひとつうなずいた。
「ふむ……だったら会員証のほかに〝ネリィ〟の身分証もいるな。あくまで臨時講師助手のだが」
そうして〝ネリィ〟の身分証とネームプレートを用意してもらい、むかえた実習初日。
準備を済ませて魔道具ギルド五階の研修室にむかいながら、わたしの前を歩くメロディが胸に手をあてて大きく深呼吸をした。
「あー緊張する!学生たちの相手は毎年、若手の魔道具師が持ち回りでやるの。私は今年はじめてなんだけど……ネリィのことは頼りにしてるからね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!魔道具のことが学べるのでわたしもありがたいです!」
メロディのあとに続いて研修室にはいると、魔術学園生たちはすでに着席していた。私語など交わす子はさすがにいない。アイリ・ヒルシュタッフが退学したため、現在の五年生は七名で、職業体験にもきていたメンバーがほとんどだ。
カディアン・エクグラシア第二王子は今回カル・ドラビスと名のり、髪と瞳を茶色くかえている。おにいちゃんと一緒だ!
あとはカディアンとおなじく竜騎士志望だった男子二名……職業体験では初日にソラにとりおさえられていた体が大きいグラコス・ロゲン、風魔法が得意でよくメレッタに注意をしていたニック・ミメット。
それとパロウ魔道具の御曹司でいまは魔道具師の修行もはじめている、銀縁眼鏡をかけたレナード・パロウ。
女子はカーター副団長の娘でマウナカイアにもいっしょにきていたメレッタ・カーターに、錬金術師団にはきていなかったため、今回はじめて顔を合わせるベラ・イードとディア・メイビスだ。
「では今回の実習では魔道具の修理や検査、分類……といった実地研修のほかに、ギルドのおもな業務を体験していくわ。新しい魔道具の書類審査、それから魔道具の性能を確かめる検査部門、持ちこまれる魔道具の苦情処理といった仕事ね」
挨拶をおえたメロディは、「緊張する」といっていたわりに、ハキハキと説明をつづけていく。それによると研修室で講義を受けたあとは、二人一組になって各部門で実習していくらしい。
「じゃあ実際にやってみましょう。魔道具師はイチから魔道具を作ることもあるけれど、市販の魔道具だって最後のしあげをするの。たとえばこの〝噛みつく財布〟ならお客様の求めに応じて、魔道具師が術式で噛みつく金額や用途を設定するのよ」
わたしが一人一人に設定前の財布がはいった箱をくばり、みんなで設定の練習をはじめた。
グラコスが箱にほどこされた封印のリボンをといてはずすと、すかさず財布が歯をガチガチいわせながら、噛みついてこようとする。グラコスがぎょっとしてとびすさった。
「うわっ、こんなに暴れるのかよ!」
「ちゃんと術式で〝用途〟を固定できないと、噛みつきまくってまったくお金を取りだせないのよ」
皮肉屋のニックが眉をひそめた。
「こんなの欲しがるヤツいるのか?」
「それがそうでもないのよね……ほら」
メロディがポケットからコインを取りだすと、〝噛みつく財布〟の動きがピタリととまり、甘えるようにメロディの手にすり寄ってくる。グラコスが目をまるくした。
「マジかよ……こいつ現金だな!」
「このしぐさが意外とハマるのよ。ちゃんと設定しておけばそう噛みつくこともないし。マスコットがわりに持ちあるく人が多いわ」
コインを見せておとなしくなった財布に、みんなで大騒ぎしながら術式を刻む。
グラコスはすっかり〝噛みつく財布〟の魅力にとりつかれた。うれしそうに甘えてくる財布にコインをあたえながら、メロディにたのみこむ。
「やべぇ、これハマる……なんか可愛くてコイツもうてばなせない。なぁ、これ持って帰ってもいいか?」
「ちゃんと代金を払ってくれればかまわないわよ」
メロディの返事にグラコスは巨体を揺らしてよろこんだ。
「ほんとか、じゃあ名前をつけてやらないとな……お前の名は〝マリー〟だ!」
財布にデレデレと話しかけているグラコスを見る女子たちの目が、若干冷たくなったのはしかたがない……。
つぎに配るのはどんなに眠くなくても、きっちり眠りたい時間だけ眠らせてくれる便利グッズ、未使用の〝眠らせ時計〟だ。
眠らないと明日の仕事に差しつかえる……なのに眠れない、という責任ある仕事をしている悩める大人たちに大好評らしい。
「とりあえず二人一組になって互いを設定しましょう。じゃあ……グラコス・ロゲンとベラ・イード、ニック・ミメットとディア・メイビス、レナード・パロウとメレッタ・カーター、そしてカル・ドラビスとネリィでやってくれる?」
メレッタが首をかしげる。
「〝眠らせ時計〟って……使う人が眠りたい時間を設定するんじゃ?」
「そうなんだけど、その前に……」
メロディの話がおわる前に、わたしは時計を手にもってうっかり術式に魔力をこめてしまった。
……すやっ。
研修室にいた全員が静かに眠りにつき、しばらくたってからメロディがヨロヨロと立ちあがった。
「……時間設定が短くて助かったわね。〝眠らせ時計〟は売るときに、使う人や効果の範囲指定をするの。基本、本人しか眠らせないようになっているのよ。犯罪にでも使われたら困るでしょ?」
机につっぷしていたレナードも、顔をあげるとズレた銀縁眼鏡の位置をなおし髪を整え、真面目な顔でつぶやく。
「いがいと危険だな……〝眠らせ時計〟」
メロディが苦笑した。
「魔道具は便利だけど、使いかたを間違えると大変なことになるからね」
「……兄上……あれは術式をわざわざ書きかえたのか……?」
みんなの会話を聞きながらカルが難しい顔をして、手に持った〝眠らせ時計〟をにらみつけている。うん……きみはおにいちゃんを疑うことを、少しは覚えたほうがいいかもしれない。
魔道具に本人を認識させるための術式をメロディが黒板に書きだし、わたしたちはそれを参考に〝眠らせ時計〟のしあげをした。
まず時計に使用者を覚えさせる。といっても〝精霊契約〟のような契約ではないので、いくらでも術式の書き直しはできる。わたしは術式でカルを設定すると、効果の範囲を指定するために彼に質問した。
「カルの部屋ってどれぐらいの広さ?」
「そうだな……広さでいえば研究棟のワンフロアぐらいあるが、寝室だけならこの研修室の四倍程度だな」
……王子様めが!
「……ベッドの周囲ぐらいでいいかな」
「ああ」
できあがったものをメロディがひとつひとつチェックし、グラコスとディアがやり直したりしたけれど、なんとか全員時間内に終わらせることができた。
「みんな魔道具のしあげは大丈夫そうね。じゃあ次の時間はいま組んだ二人で各部門にむかってもらうわ」
「え、待ってください!」
声をあげて立ちあがったのはディア・メイビスだ。十六歳ともなると背丈は大人とほとんど変わらないし、小柄なわたしよりも背が高い。
「何かしら、ディア・メイビス」
ディアはわたしをちらりと見おろしてから、メロディに質問する。
「カディ……いえ、カルとなぜ助手の……ネリィさんが組むんですか?」
メロディはにっこり笑って答えた。
「ネリィは今年魔道具ギルドにはいったばかりの新人なの。一緒にギルドの研修を受けるのがちょうどいいのよ。それにあなたたちは七人で、二人一組で組んだら一人余るでしょ?」
「だからって……」
不満そうなディアをみて、レナードが口をはさんだ。
「だったら俺がネリィさんと組もう、たかだか組みわけで時間を浪費するなんてムダだ」
「それならいいけど……」
ディアが納得しかけたところで、それを聞いたカディアンことカルが、あわてて立ちあがった。
「待ってくれ、俺がネリィさんと組む。ネリィさんよろしくお願いします!」
「あ、はい……よろしく……」
正直、わたしはどちらでもいいのだけれど……女子生徒二人からギンッとにらみつけるような視線が飛んできて、わたしは内心汗をかく。そして休み時間、さっそくわたしはベラとディアに囲まれた。
ディアはさっと遮音障壁を展開すると、わたしにたずねてくる。
「ねぇ、魔道具師助手のネリィさん……あなたおいくつ?」
「ハタチです」
ディアがわたしを見おろして、くすりと笑う。
「あら、そうなの。魔術学園にいらしたら覚えているはずだから、地方で魔道具師の資格をとったのかしら?」
「まぁ……そんなところですね」
てきとうに相手にあわせたら、ベラがわたしに注意をしてきた。
「ふーん。ネリィさんは知らないでしょうけど、うちの学年にはやんごとなき身分のかたたちがそろっているから、あまり気安くしないでちょうだいね」
「やんごとなき……?」
カディアンのことだろうか……そう考えつつ返事をしたら、ベラは得意そうにうなずく。
「そうよ。私もそこそこの家の出だけど、ディアはメイビス侯爵家の令嬢だし、カルだって……ともかく、あなたではふだん口もきけないようなかたなんだから」
「はぁ……わたしはみなさんがきちんと実習をやってくださればそれでいいです」
メイビス侯爵の令嬢だというディアは、長い髪を肩の後ろにはらうと肩をすくめた。
「魔道具ギルドの実習なんて単位がとれればそれでいいのよ。私たち魔術師になるんだから」
「魔術師……もしかして魔術師団に?」
思わず聞き返すと、ディアとベラはほほを染めた。
「そうよ……とても美しい魔術師団長様がいらっしゃるの!」
「入団したらお声をかけていただけるのよ……素敵よねぇ」
うわ……めっちゃしごかれそうだけどな……。
ディアが遮音障壁をといたところで、カルが眉をひそめてたずねてきた。
「こんなところで遮音障壁なんて、いったいどうした?」
ディアは楚々としたほほえみを浮かべた。
「なんでもないの、ネリィさんとは初対面だからごあいさつをしてたのよ」
「ね、仲良くしていただけたらうれしいわ」
ベラもにっこりと笑う。うわ、これは……なんというか……。すこし離れたところで見守っていたメレッタがため息をついた。
「カル、次の時間はネリィさんと一緒に一階の検査部門でしょ。ここ五階だし早めにいったほうがいいんじゃない?」
「あっ、そうだな……じゃあネリィさんいこう」
なんとなく背中に突きささる視線を感じながら、わたしはカルとともに研修室をあとにした。
一階は秋の紅葉が美しい渓谷の景色になっているはずだ。ちょっとそれを楽しみに二人でエレベーターに乗りこむと、カルが話しかけてくる。
「さっきディアたちに話しかけられていたとき、何かいわれたか?」
「うーん、助手の心がまえ……みたいなものかな」
彼女たちが見たらこういうやりとりも、「気安くするな」と文句をいうんだろうか。そんなことを考えていると、カルは顔を赤くしてもじもじと言葉を続ける。
「その……ネ、ネリィ……さんに相談があって……あとで時間をとってもらえないだろうか」
なんだかハッキリせず、カルがごにょごにょと口ごもるので、わたしは首をかしげた。
「相談てなぁに?」
「あの……その……ここではちょっと……」
結局カルが何をいいたいのかよくわからないうちに、わたしたちは一階に着いた。
なるべく登場人物を増やしたくなくて、職業体験のときのメンバーに再登場してもらいました。
それでもひさしぶりすぎて誰が誰かわからないという意見をいただいたので、各生徒の描写を増やしました。
新たに登場する女生徒の数を絞ろうかとおもいましたが、発売中の一巻にしっかり「五年生は八名」と書いてました……アイリが抜けたからいまは七名ですね。












