270.いつのまにか消えやがったあいつ
誤字報告ありがとうございます!
そんなに耳ばかり注目しないでえええ!
想像して欲しい。
わたしの人生史上最高にめっちゃオシャレして着飾ってるのに、ものすごくカッコいい竜騎士団長からひたすら耳の形を観察される居心地の悪さを。
「耳も……似ているような気がする。だがあなたは変装されているわけではないようだ」
いまは全身が〝奈々〟なんで……ベースはおなじですけど!
「ど、どなたかとお間違えでは……?」
かろうじて返事をする声がうわずる。ライアスの蒼玉の瞳はずっと細められたままだ。わたしが内心汗をかきながら踊っていると、やがて彼はため息をついた。
「……ミストレイを連れてくればよかったな」
「え?」
ミストレイなんか連れてきたら舞踏会が大混乱だよ。けれどライアスは真面目な顔だ。
「ミストレイなら彼女がどんな姿でも気づくだろうに……俺だけでは確信がもてない。それにさっきはこぼれるような笑顔でとても楽しそうに踊っていたのに……どうやら俺はあなたを緊張させてしまったようだ」
「そ……そんなことは……」
泣きそうになりながら返事をするとライアスが眉をさげた。
「どうかもう少し力をぬいて。涙目のあなたも可愛らしいがそんなに緊張せず、俺とのダンスを楽しんでほしい」
ライアスはそういうと、いつものとろりと甘いくやさしい笑顔をみせてくれた。わたしがほっとして力をぬくと、ライアスもそれ以上追求はせずリードしてくれる。
「夜会は楽しめている?」
「えぇ……」
「それならよかった」
ライアスはやさしくうなずいてくるりと回った。
「……そのドレス、とても綺麗だ」
「ありがとう……ございます」
つっかえながらお礼をいうとライアスはくしゃりと笑った。
「レオポルドには嫉妬したが、おかげできみをみつけられた」
(やっぱあいつのせいじゃん、あのすっとこ魔術師……とにかくこのまま逃げきろう……!)
けれど曲が終わりに近づくとライアスは身をかがめ、わたしの耳元にささやく。
「ユーティリスは俺のように優しくないだろうが……きょうの主役だからな。相手をしてやってくれ」
「……⁉︎」
みればいつのまにかライアスに踊りながら誘導された先には、きらびやかな正装に身をつつんだユーティリス王太子が、まるで仁王立ちするかのように待ちかまえている。
(ユーリ……めっちゃ怒ってる⁉︎)
わたしの右手は流れるようにライアスから彼に渡された。それはもう逃げる隙などまったくなく。
「名はいただけませんでした……〝夜闇のレディ〟とお呼びしてます」
「そう、ようこそ僕の夜会へ……〝夜闇のレディ〟」
左手をとったユーティリスはとても優雅にわたしを優しくエスコートしながら、にっこりとキラキラ王子様スマイルをみせた。会場のあちこちから黄色い悲鳴があがる。
みんなだまされてるよ……にっこり笑っているようにみえるけど、この人いまめっちゃ怒ってるからね!
そしてダンスがはじまるなりユーリは斬りこんでくる。
「その真珠、マウナカイアで採れたものですよね。つい最近……カイ・ストローム・カナイニラウという男から真珠を贈られた女性を知っています」
「グ、グウゼンデスネ……」
「そうですか……僕はその女性にダンスを申しこむつもりでした。彼女に会えると思いますか?」
「サ、サア……」
目が泳ぐ。泳いでしまう。いま踊ってるからべつにいいじゃん……とは口が裂けてもいえる雰囲気じゃない……。
ユーリがわたしを見おろしながら口元に笑みをうかべた。
「もしかして最初から僕と踊る気はなかったのかな……なぁんて考えすぎですかねぇ?」
ひいいいぃ!
いうまでもなくダンスだから相手との距離がちかい。画面いっぱいにユーリの顔が表示されているようなど迫力だ。
わぁ、臨場感あるね……って、すごい至近距離なんですけど!
ちょっとでも油断すると彼から怒りのバズーカ砲がとんできそうだ。
ユーリの赤い瞳がきらめき、ダンスという名の尋問がつづく。
まわりにはきっと、わたしたちの会話がはずんでいるようにみえるだろう。
「……レオポルドとは踊る約束をしていたんですか?」
プルプルとかぶりをふると「ふぅん……それならまだ僕にもチャンスはあるのかなぁ」と、ユーリはひとりごちる。
「あなたが僕の思うとおりの人物だとして、変身につかった〝本体〟はどこからきたのかとか、謎は多いんですよね。その黒髪はとてもエキゾチックだ……黒曜石の瞳も吸いこまれそうに神秘的だし」
「……ひゃっ⁉」
ユーリはいきなりわたしの体をくるりと回すと、腕を伸ばししっかりと体をホールドする。一瞬あせったけれどミーナの〝はくだけで華麗なステップを踏めるヒール〟は、突然のアレンジにも難なくついていく。
わたしとユーリの距離がぐっと近くなり、周囲からも歓声があがる。
「だけど用心深いくせに詰めが甘いなぁ……もしも僕がここでひざまづいてあなたにプロポーズしたら逃げられませんよ。だってまわりは僕にそれを期待しているんですから」
そういえば〝白鳥の湖〟や〝シンデレラ〟でも、王子様は舞踏会でみつけた相手を「妃にむかえる」と宣言するんだっけ……。思いだしているとユーリの不機嫌そうな声がする。
「またほかのことを考えている……ダンスは目の前にいる相手に集中しなければ。ちゃんと僕をみてください」
「ごっ、ごめ……」
ユーリのステップが激しくなり、わたしはついていくのに必死になる。いくら〝はくだけで華麗なステップを踏めるヒール〟でも、あまり動きがはげしいと息があがってしまう。
ちょっとどうにかして欲しい……そう思って必死にユーリの顔をみあげたら、彼は満足そうに口の端を持ちあげる。
「ふふふ……いいなぁ、あなたのその表情。僕にすがりついて息を乱し瞳を潤ませてる」
ようやくユーリの機嫌がなおってきたらしいけれど、わたしはもう死にそうだよ!
ユーリの動きにあわせ激しく鳴りひびいていた楽曲がフィニッシュを迎えると、満場から割れんばかりの歓声と拍手が送られた。
そうだよね今日の主役だもんね……どうにか踊りきったわたしは、肩で息をしながらユーリの隣でおじぎし喝采をいっしょに浴びた。
奈々になってオシャレしてごちそうを味わったら、二~三人に声かけてもらって踊れればじゅうぶん……そう考えていた。
たしかにそのとおりに声をかけてもらったけれど、その二~三人が豪華すぎる。
しかもこんなにハードなんて聞いてないよ、これってみんなレオポルドのせいじゃん!
ようやくユーリから解放されたわたしは、ムカつくあいつの顔をさがしたけれど銀髪の魔術師はどこにもいない。
となりにいたユーリが察したのか教えてくれる。
「レオポルドなら帰りましたよ。あなたと踊り終えたらさっさと転移しました」
なんですと⁉……それだ!
一瞬で転移して消えた娘に周囲がどよめいた。
王城内で自由に転移できる人物など限られてくるが、姿をみせない〝錬金術師団長〟を話題にするものはだれもいない。
ざわざわと騒めきがおさまらない会場で、ユーティリスはくすりと笑った。
「にげられたか……まぁ、きょうは自由にすごしてほしいといったしね」
簡単には捕まらない。しかも予想外の行動をする。だからこそ彼女と関わるのはおもしろい。
ひと息ついたらまた令嬢たちとのダンスが待っている。ライアスたち竜騎士も各所に散ったようだ。
そう、自分が主役の夜会はまだはじまったばかりだ。
そんな大騒ぎがあった夜会の翌朝、魔術師団の塔にある師団長室をおとずれた一人の人物がいる。
「……朝から何ですか」
不機嫌そのものの顔で応対するレオポルドにはかまわず、エクグラシア国王アーネストはずかずかと師団長室に足を踏みいれた。
「そういうな、お前だって昨日はここへ泊まったんだろう」
レオポルドは銀の髪をかきあげると顔をしかめた。
「きのうは公爵夫人の追及がわずらわしくて……そろそろ公爵邸をでて家を探すつもりです」
「まぁそうだろうな。俺は昨夜から気になって気になって……あの女性はだれだ、いままでどこに隠してた」
アーネストは湧きあがる好奇心をおさえきれずにレオポルドにたずねた。
それぞれのダンスシーン、書くのはめっちゃ楽しかったです。
誤字報告での『ひざまづく』は『ひざまずく』ではないかというご指摘ですが、元々は『ひざま・づく』→現代仮名遣いで『ひざま・ずく』に変更。→現在はどちらも許容されている。……ということなので、『ひざまづく』のままにさせていただきます。でもご指摘ありがとうございました。













