269.ダンスという名の尋問がはじまる
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大広間の中央に注目していた会場全体から悲鳴のようなどよめきがあがり、レオポルドと踊っていた黒髪の女性は戸惑うように周囲をみまわしている。
しばらくそれを凝視していたライアスは「……陛下」と、アーネストが思わずビクッと身をすくませるほど低い声で呼びかけた。
「ヒッ!な、なんだ?」
金の髪を輝かせた竜騎士団長はアーネストをみおろし、蒼玉の瞳をギラリと光らせる。
「……たしか私にも警備の合間をぬって夜会に参加し、令嬢がたの相手をするよう仰せでしたね?」
おびえてコクコクとうなずくアーネストに、ライアスは表情をかえずに告げた。
「では私も会場に降り、つとめを果たしてまいります!」
「ライアス」
動きだそうとしたライアスの腕をユーティリスがグッとつかんでとめ、貴婦人たちから黄色い悲鳴があがる。彼の青い瞳をのぞきこむようにした王太子の瞳が赤く光った。
輝かしい竜騎士団長と凛々しい王太子の視線が交差する……それを貴婦人たちはかたずをのんで見守る。
「お前が先にいけ……終わったら彼女をかならず僕の元へ連れてこい。確信がなくともかまわない」
「……承知」
ライアスはユーティリスにつられたのか、ニヤリと悪い顔をした。
その瞬間、見守っていた貴婦人たちの興奮が最高潮に達した。
「いまのっ……いまのライアス様をご覧になりましてっ⁉」
「ええ、わたくしこの目でしかと見届けましたわ。あぁ……なんてこと!」
会場全体が大広間の中央で踊るレオポルドと黒髪の令嬢に注目しているとき、一部の貴婦人たちはほかのことが気になった。
(レオポルド様のあんな姿……もしライアス様がご覧になったら……)
竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンは、王族たちとともに壇上にいるからその姿はよくみえた。そしてライアスに注意をむけた貴婦人たちは息をのむ。
「眼福ですわ……」
「なんて麗しい……」
きょう立太子の儀を終えたばかりの、燃えるような赤い髪と瞳をもつ凛々しさあふれるエクグラシアの若獅子、ユーティリス王太子がライアスのすぐそばにいる。
ユーティリスがライアスの耳元に顔をよせ何事かをささやくと、彼もそれにこたえている。
なんとも鮮やかでかつ麗しい……ライアスとレオポルドの組みあわせとはまたちがう趣きがある。
そしてライアスは令嬢と踊るレオポルドにショックを受けた(ようにみえた)。
「ああっ、やはりライアス様……おいたわしいっ!」
ライアスはしばらくレオポルドを凝視していた(ようにみえた)が、たまらず動こうとしたそのとき、彼の腕をユーティリスがグッとつかんでとめた。
輝かしい竜騎士団長と凛々しい王太子の視線が交差する瞬間、みまもる貴婦人たちの心臓がわしづかみにされた。
ライアスに何かを訴えた王太子殿下の瞳が赤く光る。するとさわやかで生真面目な好男子……とされていたライアスが、じつに男くさい悪そうな笑みを浮かべた。
会場のごく一部にかぎりボルテージが最高潮に達した。
「いまのっ……いまのライアス様をご覧になりましてっ⁉」
「ええ、わたくしこの目でしかと見届けましたわ。あぁ……なんてこと!」
「ライアス様……王太子殿下にはあんなお顔をなさるのね」
年上の余裕だろうか……ライアスが王太子にむけた笑みは、レオポルドと談笑するときとはちがっていた。
「あああ……傷心のライアス様に、凛々しく成長なさった王太子殿下がお声をかけられてっ!」
「金と銀ではなく……金と赤の組みあわせもよろしいですわねぇ……」
「いいえ、わたくしはやはりレオポルド様を推しますわっ」
大広間にいた貴婦人たちのごく一部に何かのスイッチがはいった。
「どうしましょう、わたくし創作意欲が湧いてたまりませんの。どうしてここに紙とペンがないのかしらっ!」
「夫人もですのね、今夜わたくしは眠れそうにありませんわ……徹夜してでも書きあげてしまいそう!」
「んまっ、ではこんど持ち寄りませんこと?わたくしも夫人の書かれたものを読ませていただきたいわ!」
「いいですわねっ!」
脳内劇場の構築にいそがしくなった一団は、大広間に駆けおりたライアスが、レオポルドではなく黒髪の女性のほうに話しかけたのは気にもとめなかった。
「ネリアはいまごろ楽しんでるかなぁ?」
花火の片づけも終えて研究棟の中庭では、錬金術師たちがのんびりと祝杯をあげていた。
オドゥが眼鏡をはずして髪をかきあげグラスを傾けていると、ウブルグも赤ら顔で彼に話しかける。
「オドゥ、お前はいかんでよかったのか?」
オドゥは軽く肩をすくめた。
「ええ?僕はただの平民だし……ネリアをお城の舞踏会になんてとても連れていけないよ」
ウブルグはほむほむとうなずきながら、あごひげをなでる。
「ほむ……その気になれば身分などなくとも、お前なら招待状ぐらい手にいれられそうじゃが。お前は目立ちたがらんからのぅ」
「そういうわけじゃないんだけど……」
オドゥは苦笑した。
『日のあたる場所にいけ』
オドゥの父はそういい、魔術学園への進学を勧めた。
『こんな山間の集落に息をひそめるようにして暮らさなくてもすむよう、ちゃんとした学校をでてきちんとした仕事につき、地位と身分を手にいれろ』
自分はそのいいつけを守ったが、ほめてくれるはずの父も喜んでくれるはずの家族ももういない。
日のあたる場所などより……父の遺した黒縁眼鏡をかけた生活のほうが息もしやすく、自分には合っていると思える。
「そう……だね。僕にそんな華やかな場所は似合わないよ」
オドゥは深緑色をした目で、研究棟の暗がりをみつめた。
会場全体から悲鳴のようなどよめきがあがり、わたしが大広間中の注目を集めていたことを思いだしたときようやく音楽がおわった。
レオポルドの腕から解放されたわたしは、笑顔でお辞儀をするとそのまま人垣に逃げこもうとした。
(逃げなきゃ!もしもバレたらまちがいなく殺される……!)
ところがそうはいかなかった。
「つぎはぜひ私と……」
「どうか僕と……」
ここまだ大広間の中央だったよ!
何人かの男性に囲まれてしまいどうしよう……と思った瞬間、ごうと風が吹いてわたしの前に金の髪と蒼玉の瞳をもつ竜騎士団長、ライアス・ゴールディホーンがあらわれた。
「失礼、竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンと申します。魔術師団長の次はぜひ私と踊っていただきたい……〝夜闇のレディ〟」
(ライアスいつのまに……ていうか、いま男の人たち吹き飛ばされてなかった⁉)
間髪いれずに演奏がはじまり、わたしはライアスに手をとられる……あなたたちタイミング良すぎだよ!
踊りながらもライアスはじっとわたしをみている。何だろう……ライアスが無言ってこわいんだけど。そう思っていたらライアスが口をひらいた。
「〝夜闇のレディ〟……名をうかがっても?」
「……な、名のるほどの者では……」
そう答えたとたん、ライアスがすっと目を細めた。
「声は……似ているような気がする」
「……!」
あかん、声もだせない。どうしよう……あやしまれてる。
「今宵はどちらから……まさか本当に夜空から舞い降りられたとか?」
ライガには乗ってきてないです……わたしは声をださずにブンブンとかぶりをふった。
とにかく素知らぬふりをしよう、きょうのわたしは〝ネリア・ネリス〟じゃないんだから。けれどライアスはじっとわたしを観察しながらこう続けた。
「私は警備の関係上、変装をみやぶる訓練もしているが……顔形を変えても耳でみわけられると学んだ。耳の形も人さまざま……ひとりとしておなじ形の耳はない」
「……!」
ライアスの視線がわたしの耳に注がれる。ひいいいぃ!
ライアスが無言になると圧が……『奈々』は逃げのびることができるか?












