267.わたしの願いごと
おかしいなぁ……そろそろ終わるはずだったのに、まだ終わりません(汗
しばらくおたがい無言で踊っていたけれど聞こえてくる旋律はとても美しくて、魔導シャンデリアの光に照らされたドレスは星屑のように光を散らしながら、すそがひらりと優雅にひるがえる。
ミーナの作った〝はくだけで華麗にステップが踏めるヒール〟のおかげで、わたしの足は華麗なステップを踏む。翌日にはぜったい全身筋肉痛だろうけれど、流れる音楽にのって体を動かすのはとてもたのしい。
ステップを踏むたびにまわりの景色はくるくると変わるのに、目の前にあるのはただレオポルドの顔だけだ。
しばらく踊っているうちに気持ちの余裕がでてきたのか……レオポルドが無言でじっとわたしの顔をみているのがおかしくなってきた。
「ふふっ」
いちど笑いだしたらどうにも止められなくてクスクス笑っていると、レオポルドが不審そうに眉をひそめた。
「何がおかしい」
「え?ダンス……気が進まなかったけれど踊ってみたらたのしくて」
レオポルドは少し意外そうな顔をした。
「たのしいか?」
「ええ、とっても。あなたはたのしくないの?」
彼の瞳をのぞきこみながらそう返して、ターンを決めれば彼もかすかに口の端をあげた。
「……きみと踊るのはたのしいかもな」
きみ呼びだよ、いつもお前呼びのくせに。レディな格好もしてみるもんだね!
人の顔をみればいつも文句しかいわない彼の口もいまは閉じられたままだ。
調子にのったわたしは願いごとを口にしてみる。
「ねぇ魔術師さん……魔法使いならわたしの願いごとを叶えてくれる?」
「なんだ?」
レオポルドが警戒するように眉をひそめた。わたしはそれがおかしくてまた笑ってしまう。
いますぐ指でその眉間のシワを伸ばしてやったら、彼はどんな顔をするだろう。
「そんなに難しいことじゃないわ。わたしの名前を呼んで……そしてあなたが笑ってくれたらうれしいな」
「……それだけでいいのか?」
「ええ、それだけで」
彼の唇がうごき、わたしの名を呼んだ。
「……ナナ」
それだけでわたしはうれしかった。
わたしの名前を呼んでくれる人がいる。
うれしくてたのしくて幸せな気持ちになって、いつも腹立つレオポルドにすら感謝したいような気持になって笑ったら、レオポルドがおどろいたように目をみはった。
「まだよ、あなた笑ってないわ。わたしの名前を呼んで……そして笑って?」
「……ナナ」
そして彼は笑った。
『よぅ笑うかわいい子だったのに』
ウブルグがそういっていたのがわかるような綺麗な笑顔だった。
わたしたちはしっかり手をとって笑いあっているのに、音楽はまだ鳴りやまない。踊りながら彼が首をかしげた。
「そういえば……さっきから気になっているのだがドレスから不思議な力を感じる」
「ふしぎなちから?」
「そうだな……魔力を引きだそうとするような……このドレスの素材は何だ?」
「ヌノツクリグモっていう蜘蛛の巣からとれた糸を紡いだものだけど……」
ウェストにしっかりとまわされた彼の大きな手を意識しながら答えると、彼が納得したようにうなずく。
「それならわかった、このドレスは染める前の布なのだな」
「染める前?ヌノツクリグモの糸は染料では染められないって聞いたけど……」
「……ふつうの染料では染められない。その昔〝月の精霊〟がさびしがりやの〝夜の精霊〟のために地上へ降りて、朝露の雫が光る美しい蜘蛛の巣をみつけた」
「蜘蛛の巣を?」
「そうだ。〝月の精霊〟は〝夜の精霊〟に蜘蛛の糸でできた衣を贈り、蜘蛛の巣についていたきらめく朝露は夜を彩る〝星空〟になったとされている。そうだな……魔法使いから〝夜の精霊〟にもうひとつ贈りものを」
レオポルドが口のなかで小さく呪をつぶやくと、わたしのウエストに回したままの左手から魔法陣が発動した。
(……えっ?)
彼の左手からわたしの全身を吹きぬけるように魔素が流れ、灰色だったドレスがオーロラ色に輝きだす。ドレスの輝きに合わせてクリスタルビーズも、まばゆいばかりの光をきらめかせる。
「ヌノツクリグモの糸は魔力で染める……私からもナナに〝星空〟を贈ろう……とても綺麗だ」
目を丸くしたわたしの顔がおかしかったのかまた彼が笑った。会場全体から悲鳴のようなどよめきがあがり、わたしはようやく自分たちが大広間中の注目を集めていたことを思いだした。
「ほぉ、さきほどの女性はレオポルドと踊っているのか……あいつもなかなか見る目があるな」
アーネストのつぶやきにユーティリスが目をやると、レオポルドが大広間の中央で長い黒髪の女性と踊っていた。
地味すぎるようにみえた灰色のドレスも、ダンスの動きがくわわるとドレスに縫いつけられた細かなビーズが、魔導シャンデリアの灯りをうけてキラキラと輝き、星屑をまき散らしながら踊っているようだ。
装飾の少ないシンプルなデザインが女性のラインをきれいに浮かびあがらせ、ふわりとひるがえるすそからは華奢な足首がのぞいた。
長身のレオポルドの腕にすっぽりとおさまった小柄な女性は、レオポルドにこぼれるような笑みをむけている。
「どなたかしら……わたくしも知らないご令嬢ですわね。長い黒髪がとても印象的ですのに」
リメラ王妃のデータブックにもない女性らしい。
黒髪の女性はくるくると回りながら、とても楽しそうにレオポルドに微笑みかけている。レオポルドもまっすぐに女性をみつめるさまは、いつもの落ち着きはらった師団長然とした姿とはまったく雰囲気がちがっていた。
(あいつだってああやって踊っている……ネリアにこだわっているのは僕だけか?)
そのとき警備へ問い合わせにいっていたテルジオがもどってきた。
「殿下、ちょっとよろしいですか?」
「テルジオか、どうした?」
ユーティリスが返事をすると、テルジオはいいにくそうに報告する。
「ネリアさんはみつかりません……エンツもはじいておられるようです」
「そうか……」
「ただちょっと気になることが」
そういってテルジオは遮音障壁の内側にもかかわらず、ユーティリスに声をひそめて耳うちした。
「……パパロッチェン?」
「はい、部屋に残り香が。ホープ補佐官は何だかわからなかったようですが、パパロッチェンは学園生の……とくに男子にはやる遊びですから」
(……パパロッチェンだって⁉︎)
「クッ……ククク、あははは!」
一瞬ぼうぜんとしたユーティリスは自分の額をおさえ、ついで笑いだした
「やられた、まさかそうくるとはね……こどもだましの手だがそれなら彼女はみつからない。まったく違うものになってしまうのだから」
笑いをようやくおさめた彼は立ちあがり、会場のあちこちに視線を走らせる竜騎士団長のもとへいく。
「ライアス、僕らの〝お姫様〟はそう簡単に捕まってはくれないようだよ」
「王太子殿下……?」
いぶかしげに眉をひそめたライアスの耳元に、ユーティリスは自分の顔を近づけてささやいた。会場の一部から黄色い悲鳴があがったが、そんなことは気にならなかった。
「パパロッチェンだ。ネリアはとっくにこの会場にきているが、僕らにみつかるつもりはないらしい」
「パパロッチェン……そういえばネリアは植物園でパパロスを採りたがった……」
自分が手伝ったのだから間違いない……ライアスも考えこむように眉をひそめた。ユーティリスの赤い瞳が好戦的にキラリと光った。
「どうする、ネリアは僕ら二人ともすっぽかすつもりだ。このまま許せると思うかい?」
ユーティリスがそういったとき、会場全体から悲鳴のようなどよめきがあがり、大広間で魔術師団長と踊る女性のドレスがオーロラ色に輝く。その様子をみていたアーネストが感心したようにつぶやく。
「ほぉ……あのドレスは魔力に反応するのか、もしかして稀少なヌノツクリグモの糸で織られたものか?」
「ヌノツクリグモ……だと?まさか!」
ライアスがその言葉に反応し大広間に目をむけた。












