266.レオポルドとの遭遇
本日二話目!
よろしくお願いします!
レオポルドは動けないでいるわたしにはかまわず、わたしが落とした魔道具を拾いあげるとあちこちさわる。
「壊れてはいないようだな……自分を撮りたかったのか?」
「その、こんなにオシャレしたのは初めてなので記念にと……」
なるべく顔をみられないよううつむいて返事をすると、おもむろにレオポルドが魔道具をかまえる。
「……そこに立て」
「はい?」
かまえる間もなくレオポルドが一歩下がり、フォトを撮ると魔道具を返してくれた。
撮ってくれたのはうれしいけれど、フォトのなかでは〝奈々〟が真顔でこちらをみつめかえしている。この世界に『チーズ』とかないのは知ってるけどさぁ、もうちょっとイイ顔で撮りたかったよ!
「せめて笑顔で撮りたかった……」
手にしたフォトをみながらぼやくと、ふっと笑う気配がした。
「笑わずともじゅうぶん美しい」
うそ、レオポルドがほめた⁉
わたしがびっくりして顔をあげると、彼はもうすでに真顔にもどっていた。
「ここで自分を撮るぶんにはいいが会場内での撮影はマナー違反だ、気をつけるんだな」
「あ、はい……そうですよね」
わたしは返してもらった魔道具をあわててドレスにしまう。あたりまえだよね……こんなところでフォトなんて撮れるわけないじゃん。
ヘタしたら魔道具をとりあげられてた。フォトを撮って返してくれるなんて、レオポルドってなんだかんだいってもいいヤツだね。
「あの、レオポルド……さんはどうしてここに?」
おずおずと聞くとレオポルドも淡々と返す。
「私はもともと人を避けてここにいた。きみがあとからやってきてゴソゴソやりだしたのだ。怪しいやつだと困るからしばらく観察していた」
たしかに……はたからみたらめっちゃ挙動不審だったかも。フォトも撮れたしそろそろ会場にもどってレディらしくふるまおう。
「それでは会場に戻りますね、おじゃましました」
背筋をのばしドレスをつまみ、レオポルドの脇を通り過ぎようとしてとめられた。
「まて」
(まだ何かあるのかなあ⁉)
正直めんどくさくなりながら振りかえると、レオポルドはいぶかしげに眉をひそめている。
「連れはいないのか?そもそもきみのような女性が、ひとりでウロウロするような場所じゃないだろう」
(そこ気づかないで欲しかったなぁ……)
「ええと……王城には不慣れなので同じく人を避けて……でももう戻りますから」
なんとかもごもごと言い訳をしてバルコニーの入り口に目をやる。大広間に戻り人に紛れてしまえば、レオポルドもわたしのことなど忘れるだろう。
けれど彼はため息をつくとわたしに手を差しだしてくる。
(ええと……?)
その手をみつめてわたしがとまどっていると、レオポルドは低い声で静かに……けれどハッキリといった。
「お送りしよう……名をうかがっても?レディ」
(いやっ、ほっといてくれないかなあ!)
内心絶叫しているわたしにむかって、レオポルドは無表情に手を差しだしたまま動こうとしない。
いまのわたしにはお偉い魔術師団長サマの手を払いのける勇気はない。
差しだされた大きな手におそるおそる手を重ね、自分の名を口にだした。
「奈々、です」
いつものように「ウソをつくな!」と彼の罵声が、いまにも飛んでくるような気がした。
けれどそんなことは起こらず、なのにレオポルドの低い声に呼びかけられ、わたしの心臓はギュッと止まりそうになる。
「ナナ……」
もう二度とだれかに呼ばれることはないだろうと思っていた……自分の耳がレオポルドの声をくりかえす。もう一度呼んでくれないだろうか……と思ったらひとりごとのように彼がつぶやいた。
「……家名はなしか……まぁいい」
レオポルドのあたたかい大きな手に、ふわりと優しくわたしの手が包まれた。こんなふうに彼の手にふれたことはない……。
『触るな……っ!』
あのとき払いのけられてジンジンと痛んだ指先が、いまは彼の大きな手のひらにある。
わたしをうながして一歩一歩バルコニーからなかへと進んでいく彼の横顔は、いつもどおり無表情で冷淡にすらみえるのに、わたしの歩みにあわせゆっくりとエスコートしてくれる。
(わたしが知ってるレオポルドとちがう……けどわたしもいつもの〝ネリア〟じゃないもんね。いくらレオポルドでもよく知らない淑女をいきなり怒鳴ったりしないか……)
なんとなく不思議な気分でだまって手を引かれていたけれど、大広間が近づくにつれこれはヤバいと思いはじめた。
そこかしこで談笑しさざめいていたひとびとが、わたしたちの姿をみるなりピタリと話をやめ道をあける。そしてそのまま全員の視線がこちらに集まってくる。
このまま大広間まで連行されたらこまる!
「あの……ここまででいいです……」
手を引っこめようとしたわたしをみおろし、「どうかしたのか?」とレオポルドが聞いた。
どうもしてませんけども!
「いえ、あの、もう大広間も近いし……もういいかなって」
そろそろ解放してほしいと目で訴えても、レオポルドには伝わらなかったようだ。
「いきたいところがあればそこまで連れていこう」
あなたに連れていかれるのが一番こまるんですよ!
だいじょうぶ、きっと大広間まで。そこまでいけばこの手を離してくれるはず、だってレオポルドだもん。なんたって有名人だしまた一人になりたがってどこかにいくはず!
レオポルドにエスコートされたまま大広間にたどりつくと、会場に大きなどよめきがあがり、ついでシィン……と静まり返った。もう会場中の視線がぜんぶこちらにむいていた。
ほらほら、レオポルドが有名人だからこんなに注目されちゃったじゃん、横にいるわたしなんてかすむほどの美形だもんね。そろそろ手を離してくれないかな……。
ところが手を離すどころかレオポルドはわたしの手を持ちあげ、優雅に口上を述べたため周囲からさらにどよめきがあがった。
「夜空から舞い降りた精霊のごとき麗しい黒髪をお持ちのレディ、よろしければ一曲お相手を願えるか……ナナ?」
「……っ!」
これ、逃げられないやーつ!わたしは師団長会議でのアーネスト陛下の言葉を思いだした。
『いいか、従妹以外の女性とも一曲はかならず踊れよ!』
(こいつ……わたしでノルマ達成しようとしてやがる!)
わたしはこのまま壁の花になって、運がよければ二〜三人に声をかけてもらって、踊って帰れればじゅうぶんなんだってば。
それなのに人垣が割れエスコートというよりも連行されるように、わたしはレオポルドに大広間のどまんなかに連れだされた。
じつにタイミングよく楽隊が演奏をはじめる。
なんでそんな待ちかまえていたようなタイミングなの⁉
そして内心焦りまくりのわたしのウェストにレオポルドの手がまわされ、ぐっと体が彼に引き寄せられたとたんわたしははげしく後悔した。
(ひうっ⁉ダ、ダンス……って、こんなに相手にちかいの⁉)
視界いっぱいが彼の顔で占領される。あいかわらずニキビのひとつもない綺麗なお顔ですこと!
レオポルドはいつものように眉間にシワを寄せることもなく、わたしを静かにみおろしていた。そんなにみつめられても何もでませんけど!
そうだ……ダンスのときは相手に集中するのが礼儀だよね……すこし力を緩めて彼のリードにゆだねれば、〝はくだけで華麗にステップが踏めるヒール〟が脚を動かしてくれる。
転んだりする心配はないけれど、いつもけわしい表情の彼からこんなふうにじっとみつめられるのははじめてで緊張する。
奈々はパニックですが、たぶんみんな待ってた(笑









